Act.7 目指すルートは幻のルート
ザッカリー王誕生ルート。
それはファンブックのみにその結果だけが掲載されたが、作中では消去されていた幻のルート。
作中で消された理由は、『正ヒーロールートよりも膨大な文章量になった為』だ。
どうやらシナリオライターはザック様贔屓だったらしく、正ヒーローはザック様とばかりに無駄にそのルートに力を入れ過ぎた結果、本来の正ヒーローよりも正ヒーローし過ぎているとの事でボツとなったとか。
ちなみにそのせいでディリアスはシナリオライターに嫌われ過ぎたからあそこまでクズに書かれたと言うのがファンの定説である。
その本来の正ヒーロー自体にはもっとダメ出ししてもよかっただろうと思うが、そこは何故か通ってしまったらしい。疑問しかない。
そして、彩花は今現在、そのルートを再現しろと言っているのだ。
幻の、消されたザック様ルートを。
「あれはザック様が王になるルートもあったんですよっていうスタッフさんの発言で明らかになっただけで、それ以外何にも判明してないよ?!それを再現しろっていうの!」
「考察ではザッカリーに掛けられた禁呪をどうにかする事で分岐したルートじゃないかって言われてたじゃん!ザッカリールートはその禁呪をひたすら無視してておかしいって!」
「いや、それはそうだけど、肝心の解呪の仕方なんてどこにもなかったでしょ?!ルシルとしてもそんな禁呪の解呪方法なんて知らないよ!!」
そう、作中でザック様は終ぞ禁呪をどうにかしてくれということはなかった。
彼の全てのルートで彼は禁呪を掛けられたままリナリーと共に在る決意をするのだ。
禁呪はアマテラス帝国の代々皇帝に伝わるもので、過去の記憶を封印したり、人の見た目を変える事が出来るらしい。そしてザック様は現在その二つの禁呪が掛けられている。らしい。設定資料集によると。
ちなみに二つ目の見た目が変わる禁呪は解ける。
ザック様は黒髪黒目のアマテラス帝国人として登場するが、リナリーを愛し、想いが通じ合った時にそれは解け、本来の色彩を取り戻す。
それは人を愛さない事で維持される呪だったからだ。
もう一つの記憶に関する禁呪は、作中解けることは無い。
そしてその禁呪を解く幻のルートが、ザッカリー王誕生ルートだと噂されていたのだ。
まあ、普通に考えればそうだろう。
だが作中でアマテラス皇帝が意味深に話す場面がいくつかあるが、全ルートコンプしても解明しなかった発言がある。
それは「彼奴の禁呪は解けんよ。解けるはずがない。彼奴がその両手の隙間から零してしまった砂の一粒を、砂塵の中から見付ける事が出来たなら、また歴史は変わるのだろうがな…。」という発言。
これは見た目の禁呪が解けたという報告の後、密偵が皇帝に対し、もう一つの禁呪に関して言及した時に話すもので、こんなに意味深に言うくせに、それ以降なんの音沙汰もない。
不自然なくらいない。
だから手掛かりがあるとするならば、その台詞のみ。
「砂塵の中の砂の一粒を見つけ出せたら解ける…て事でしょ?」
「彩花…それがなんの事を示してるのかさっぱりわからないから禁呪を解く事が出来ないって言ってるんでしょ…。」
「うーん、そこは何とか見付けるしかないんじゃない?さすがにディルルート最後までいくのはやだし、ザッカリーの王家復帰が出来たら、ザッカリーは王太子になる訳でしょ?そこで王家にザッカリーの婚約者に戻りたいって言ったら大丈夫なんじゃない?ルシルを王太子妃にっていうのが王家の考え…って設定資料集に書いてたし。」
「ん、んんん…確かにその方法なら婚約破棄は出来るしザック様の婚約者にもなれるけど…。」
「それに私がフィル様を選ぶ事で懸念されるディル更生の為のルシル奴隷の未来も無くなるし。ディルが更生されなくてもザッカリーが王太子になるなら問題ないしね。」
「た、確かに…アリエスハイム王国滅亡の危機にならなくていいって事だもんね…。」
「ほら、ザッカリー王誕生ルート進むしかなくない?」
「……………うう…確かに…。」
ほら見なさいと言わんばかりに彩花はにんまりと笑った。
だけどザック様ルートが完璧とはいえ、さすがにボツになった幻のルートの全容を知らない私には、すぐによし頑張る!とは言えない訳で…。
「そんなの見付からなかったらどうすれば…。」
「見付けるの!私も手伝うし!見付からなかったらとか考えない!黒薔薇の君らしく優雅に!麗しく!高貴に!」
「そんなん無茶振りじゃん…。」
「私だってディルと仲良くしなきゃいけないんだから無茶振りはおあいこだよ。」
いたずらっ子のように彩花はウインクすると、ふと目に入ったらしい時計を指差した。
つられて私も時計を見る。
…え、もうこんな時間?!
「時間やばい!」
「行かなきゃ!寮の門限がー!!」
「と、とりあえず明日は宜しくね!二人きりの時以外はちゃんとルシルとリナリーとして宜しく!」
「うん、こちらこそ!それじゃあまた明日ね!」
わたわたと帰る用意をしながら捲し立て、二人でカフェを出る。
人前ではきちんと黒薔薇姫の仮面を被らなければいけないので、一歩出た瞬間から優雅に歩き、待たせているであろうカインの元へ行く。
道中の学園が出している学生専用馬車を捕まえ、彩花とはそこで別れた。
「お嬢様!」
馬車が見えると、私の姿を認めたカインは酷く焦った様子で近付いて来た。
焦りと不安と怒りを綯い交ぜにしたような表情に、私は足を止める。
「あらカイン。そんなに慌ててどうしたと言うのです?」
「お嬢様がなかなかお戻りにならないので、何かあったのではと…。」
すぐに私を見て何も無かった事を察したのか、彼は安堵の溜息をもらした。
言えない。
ただお喋りに夢中になり過ぎて、時間を忘れたなどと。
なんなら麻里奈として話し過ぎて、時間を気にする事自体を忘れていたなどと言える訳がない。
「そんな心配しなくても大丈夫よ。ロンガート辺境伯令嬢と、ゆっくりとお話していただけだもの。」
「そうでしたか…杞憂ならば、よかったです。」
「ええ。さあカイン、邸へ帰るわ。馬車へ。」
「はい。」
あまり突っ込まれてもボロが出ては大変だと、さっさと話題を変えて話を終わらせ、私は馬車に乗り込んだ。
明日から私とリナリーの最推し攻略戦が始まる。
帰ったら私もノートを取らないと。
攻略ノートではなく、考察ノート。何せ私の進むルートには情報が何一つない。
「アマテラス帝国の禁呪、ね…。」
こうなったら公爵家の娘と王太子の婚約者という権力を思う存分活用してやろうじゃない。
描く未来は愛しい人と玉座に並ぶ事。
その為に明日から気合入れて取り掛からないと。
流れていく景色を見ながら、私は決意を改めた。