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Act.5 乙女ゲームの正ヒーローがクズな件

 



「…ルシルって、ディルと婚約してるよね?」

「え、何言ってんの。してるに決まってる、大前提の話じゃん。」

「あああああああああああああ……!!!」



 今私が立っていたら、まさに膝から崩れ落ちていると思う。


 実際には座ってるのでテーブルに突っ伏しただけだが。



 ディルことディリアス=ティル=アリエスハイム

 名前の通り、アリエスハイム王国の第二王子で、ザック様の弟になる。

 私達とは同じ歳。


 耳より少し長めの明るい緑の髪に王族の証である琥珀色の瞳を持つ。


 SWにおいての正ヒーローで、パッケージにもデカデカと描かれている。


 いるの、だが。



 彼の人気は頗る悪い。


 それと言うのも、彼はルシルと婚約しており、尚且つ王太子である。

 つまり、次期国王なわけで。


 だが、作中の端々に彼のおつむの悪さが顕著に現れ過ぎている上、周りの人間も頭空っぽのピーマン王子なんて陰口を叩いていたりする。

 ファンの間では『ディルルートはアリエスハイムの終わり』とまで言われているレベルだ。


 何故彼をそんな設定にし、その上正ヒーローとしたのか、制作側の悪意しか感じない彼の設定は最早斬新過ぎて、ファンもドン引いた。



 その上彼は作中事ある毎にルシルを侮蔑する。

 それはもう、お前現代日本ならモラハラで百回は訴えられてんぞってレベル。

 ルシルの人気が高かったせいもあり、ファンの間での好感度は堂々のワーストワン。


 最早王太子としてどうよ?ってなる。

 そしてそんなディリアスに恋するリナリー頭大丈夫?ってなる。



 一応彼がそんな性格に育った理由もちゃんとあって、ザック様が幼い頃に誘拐されたせいで、ディリアスは凄く大事に育てられたって話。

 蝶よ花よ、ではないけど、本当にそんな感じ。

 王妃様もザック様がいなくなった穴を埋めようと我儘をききまくり、それに倣って周りも我儘言われ放題。


 なまじ王太子って立場があるものだから、大抵の我儘は通ってしまうし、叶えられる。


 お陰で増長に増長を重ねて現在、という事らしい。



 設定資料集に書かれていた。



 そして私はこの王太子が、物凄く苦手だ。


 もう、イライラしまくり。

 ザック様のルートをやる為には必ずやらなきゃいけないけど、彼のルートだけは耐えかねて攻略情報を見ながらほぼすっ飛ばした。


 それくらい苦手。

 むしろ嫌い。



 だが正ヒーローである以上、全てのルートで奴は絡んでくる。

 本当に鬱陶しい事この上ない。


 だが、何故かディリアスはそのルート以外では、徐々に更生されていき、立派な王となる。



 その謎は、ファンブックにて明かされるのだが、ルシルが懸命にディリアスを更生し、卒業の頃には立派な王太子となっている設定。


 但し、人前ではの注意つき。


 その後のルシルの不遇な人生を思うと、本当に制作陣は何を考えてこんなクズ男を正ヒーローに持ってきたのかと涙するくらいに酷い。



 そんな男が。


 実際に私の婚約者である事実に、私は絶望以外何を抱けというのか。



「あー…やっぱりディルは……ないよねえ。」

「無理無理無理無理!絶対無理!あんなクズが婚約者とか考えたくない!あんなクズと一緒になるくらいなら死んだ方がまし!!」



 嫌だ嫌だと令嬢に、いや『黒薔薇姫』としてはあるまじき醜態で現実に抗おうとしてみるも、確かにルシルとしての記憶に存在する。


 奴が。

 あのクズ男が。


 作中では書かれていなかった、婚約してから今までのこの十数年間、本当に…本っ当によく耐えたと思う、ルシル。



 ルシルとしての記憶を手繰れば、初対面は悪印象ではなかったと思う。


 三歳で婚約者になるかもと言われ、王城のお茶会にて初めて顔を合わせた秋。

 確か一緒に庭園を散策したはず。

 そして、少し肌寒かった私にジャケットを貸してくれた。

 優しい人で良かったなどと世迷い言の様な印象を抱いた覚えがある。



 そして本性が発覚したのは五歳の春。

 切っ掛けは何だったか…庭園の薔薇を奴が手折ろうとした事だったと思う。

 庭師が丹精込めて育ててくれた花を、そんな粗末に扱ってはいけないと私が奴を窘めた時、多分生まれて初めて反抗された事に奴は激昂し、事もあろうに私は薔薇の生垣に向けて突き飛ばされたのだ。


 そこで初めて奴の本性を目の当たりにして、私は絶望した。

 こんな奴を私は一生かけて支えていかなければいけないのか、と。


 幸い顔に傷は付かず、ただドレスと生垣がボロボロになった事と、私の身体中細かな傷が付いた程度だった。

 勿論両親は陛下に即座に抗議したが、王妃に所詮は児戯、傷は跡形もなく消してやるし、ドレスも弁償するのだからいいだろうと高圧的に言い渡されれば、公爵家とは言えど、何も言えなかった。



 そこからは奴と会う回数は格段に減った。

 何かと理由を付けて領地へ引きこもったり、隣国へ遊びに行ったりと逃げ続け、それでも逃げきれなかった日はただひたすらに心を殺して奴と対峙した。


 自分で仕出かした事なのに、事ある毎に奴は私を傷モノ呼ばわり、そんな傷モノを貰ってやるんだから感謝しろと宣っていた。


 王太子って地位以外の部分がドマイナス振り切り過ぎて天元突破ぶちかましてるこんなクズと、国の未来を憂いて添い遂げる覚悟を決めたのは…確か十歳の頃だったろうか。



 本当に腸が煮えくり返る思いだ。

 しかもルシルとしては知らないけど、三上麻里奈は知っている。

 奴はルシルを貰ってやるだの、俺様の婚約者にならせてやっただの、婚約者でい続けられる事に感謝しろだのとほざいていたが、ルシルを婚約者にと願ったのはローズシェット家じゃなく、王家の方なのだ。


 これはルシルは知らない事だが、ルシルが産まれた時に、その風貌からこんな膨大な魔力を保持している者に他国に嫁がれては困ると、王家がどうか王太子の婚約者にとローズシェット家に再三願った結果、ルシルが五歳の時にようやく父様…ローズシェット公爵が首を縦に振った。

 つまり、願ったのは王家であり、ローズシェット家としてはルシルを王太子妃になどとは考えていなかったのだ。


 そんな事は大人の間で交わされた密約であり、作中のルシルは家に迷惑を掛けてはなるものかと必死に奴からの罵詈雑言に心を殺す事で流して生きている。

 勿論今まではルシルとして生きてきた私もそうだった。


 しかし!


 私は三上麻里奈としての記憶を取り戻してしまったが為に、この密約を知ってしまっている。

 つまり、まあ元々嫌いなクズ男だがその上こんな内容まで知っているとなればあんな罵詈雑言に耐えられる気はミジンコ程もない。



 更に言うなれば、ルシルとして初めましてをした三歳。

 ルシルとしてはディリアスとの思い出だが、私は知っている。

 優しかったのはディリアスではない。

 そして、元々婚約者だったのもディリアスではない。


 全て当時五歳だったザック様の事だ。


 ディリアスとの初対面は薔薇の生垣に突き飛ばされたあの日である。

 つまるところ、奴は初対面からただのクズに過ぎない事が作中でも披露されているという事。

 まあこれはザック様ルートで初めて判明する事実なんだけどね。



「…するしかない。」

「ん?なんて?」

「婚約破棄、するしかない…!!」



 そうだ、婚約破棄さえすれば何も問題はない!

 あんなクズと一緒になる事はないし、私は晴れて自由の身でザック様の所へいける!



「彩花!」

「うん?!な、なに?!」

「協力して。私の婚約破棄に!」

「え…………ええええええええ?!!」



 私、ルシルの婚約破棄イベントは、作中ディリアスルートでしか起こらない。


 そして王家から願われた婚約である以上、私の方からの婚約破棄は王家への反逆と取られかねない。

 恐らく父様と母様ならよしとするだろうが、そんな事になったらローズシェットの名に傷が付く。


 なので、平和に、穏便に、王家の方から婚約破棄をしてもらう。誰から見ても王子有責で。


 そうなると、作中のディリアスルートが一番文句無しのストーリーだ。



 そう思い至ったからこそ、ヒロインである彩花に私は協力要請をしたのだ。

 彩花も勿論瞬時に作中のディリアスルートを言っているのだと理解したようだ。



「ちょ、ちょっと待って!私はフィル様ルートに行きたいんだってば!あんなクズのルートなんかやりたくない!」

「リナリーに対しては別にクズな要素無いからいいじゃん!」

「やだよ、国民に対してクズな王太子に愛想振りまくのなんか!」

「というかザック様にも会いたいから結局彩花にはディリアスルートやってもらわなきゃならないの!」

「麻里奈がやりなよ!リナリーの代わりに!」

「ルシルがやれる訳ないでしょ、傷モノ女が視界に入んじゃねえとかって水でも掛けられるのがオチじゃん!」

「うっ…それは確かに…。」



 正ヒロインの役割をライバルキャラが兼任なんて出来るはずがない、元より立ち位置が真逆なのだから。


 そして作中ザック様が登場するのはディリアスルート。

 ディルの部屋に深夜暗殺者として現れるのだ。


 そう、彼は現在王太子だった過去等すっぱりと忘れ去って隣国の皇帝付暗殺者をやっている。

 忘れ去ってという表現は少し語弊があるか。

 隣国の皇帝の禁呪によって、過去の記憶が封印されているのだ。



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