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Act.10 正ヒーロー(クズ)です




 リナリーめ…いい笑顔で、なんとかなるよ!とか言ってサムズアップしてくれたけど、多分大して何も考えてなかったな…。

 後ろから何の用だ?って目線めっちゃ感じるんですけど!気まずい!特に目的地なく彷徨いてるだけに余計に気まずい!後ろ見れない!


 どうしようか…えーと…とりあえず校舎に用事らしい用事なんてなさそうだから中庭にでも出ようかな…。


 なんて考えながら中庭への扉を潜り、歩いていれば、遠目に緑の頭が見えてしまった。



 あ、まずい。

 そういえばディリアスのイベント中庭だった…!

 ディリアスルートを適当にすっ飛ばした弊害が…!細かいイベント発生場所とか一々覚えてないし!


 どうしよう、今更引き返したら明らかにおかしいし、そうなったら確実にフィリップに結局何の用ですかって絶対責められる!

 かと言ってこのままいけばイベント中のディリアスとリナリーにぶち当たってしまう!

 この辺で、用事、用事!なんかないのか!重いもの運ぶとか!重いもの運ぶとか!重いもの運ぶとか!!



「ん?あれは…ディルか?」



 あーーー!見つけてしまったぁぁぁああああ!!

 どうしよう、どうしよう、ディリアスに用事なんてないし、見付かりたくないし、話したくない!

 無駄にしっかり周りを見渡しやがって!

 私の護衛でもなんでもないんだから周りなんか気にしなくていいのに!なんで見つけちゃうかなあ!ねえフィリップさんよお!!



「ディルに何かありましたか?」

「えっ…あ、いえ、ええ…そうね、何か…何、か…あった、んじゃないかしら、ええ。」



 脳内で焦り過ぎて受け答え物凄いしどろもどろになっちゃいましたが何か?!

 つーかディリアスに何かあったって何よ!何かあろうとなかろうとあんな奴の為に私がわざわざフィリップを呼びに行く訳ないでしょうが!

 でも今それに気付かれたら確実に怪しまれるからもうとりあえずその話に乗るしかないんだけど!


 あー、もうリナリーには後でめちゃくちゃ謝ろう…これはもう、どうにもなりません。私には無理です。助けてリナリーさん。



「ルシル嬢?どうされました?」

「何もないわよ?それより、ディリアス殿下の所へ。」

「そうですか?わかりました。」



 ここからはフィリップを前にして、私が後ろからついて行く体でいこう。

 リナリーさんや、私は悪くないんだよ。

 うん、多分、きっと、恐らく、もしかしたら、万が一、悪い所があったかもしれなくもないけど、私は悪くない。



「ディル!」

「フィル?!お前何してるんだ、こんな所で!」

「ふっ…?!…っ、…!」



 ベンチに並んで座っていたディリアスとリナリーへフィリップが声を掛けると、ぱっと顔を向けたディリアスは、フィリップの姿を見てこちらに歩み寄ってきた。

 そして、フィリップの姿を見たリナリーは叫び掛けて、必死に声を堪えたようだ。

 高速で周りを見回し、フィリップになるべく隠れるようにしていた私を見つけたリナリーは目で語る。


 なんで、ここに、フィル様連れて来てくれてんのよ?!


 …うん、ほんと、ごめんなさい。



「いや、ちょっと…ルシル嬢が…。」

「ルーシー?」



 あああああフィリップ空気!空気読め!

 私の名前を出すんじゃない!!


 私の名前を聞いたディリアスは目敏くフィリップの後ろにいる私を見つけ、下品に嗤ってみせる。

 ねっとりと絡み付くような嘲笑の視線で私を眺め、口元を歪めながら、ディリアスは吐き捨てた。



「貴様のような傷モノ女が、この俺に何の用だ?自分がAクラスに選ばれたと、わざわざ自慢でもしに来たのか?本当に貴様は自己顕示欲しかない醜い女だな。」



 よくもまあすらすらとここまで人を貶める台詞を吐けるものだ。

 怒りを通り越して最早尊敬すら覚えるレベルだよ。しねーけど。お前を尊敬する位なら道端の石ころでも尊敬しとくけど。


 開口一番にきっちり罵られた私は、今更感情など一欠片も動かないのをいい事に、表情を一切消してディリアスと向かい合う。



「ご挨拶が遅れました事をお詫び致しますわ、ディリアス=ティル=アリエスハイム王太子殿下。本日もとてもお加減がよろしそうで…喜ばしい事ですわ。」



 完璧なカーテシーを行い、何か言われました?貴方の発言なんて毛程も興味ありませんの、という思いを込めて、凡そ婚約者という間柄には相応しくない大仰な挨拶をした。


 その横では表情を強ばらせたフィリップが、口を固く引き結んで立っている。


 彼はディリアスのこういう発言をよしとしない。

 恐らく今私が少しでも傷付いたように見えようものならば、相手が王太子殿下とはいえ、掴みかかっていたに違いない。

 フィリップはディリアスの護衛騎士予定の者であると同時に、ディリアスを窘める事も仕事の内なのだから。


 お陰様でここの所ディリアスと共にいる時は罵倒は減っていたのだけど…自分がAクラスになれなかったからって八つ当たりでもしてるのだろうか。



「フン!こんな女が私の婚約者で将来の国母とはな…お情けでやる地位にしては過ぎるとは思わんか?フィル。」

「…ディル。女性に、しかも己の婚約者に対してそんな物言いは止せと何度も言っているだろう。」

「そりゃあ、か弱いご令嬢相手なら俺だってそうするがな!見ろ、このルーシーの顔を!傷付いてるように見えるか?」

「…ディリアス。」

「っ…わかった、わかったからそう睨むなよ、フィル。」



 どうやら収まったらしい。


 と、そこでようやくヘドロでも見てるのかと言うような視線をディリアスに送っていたリナリーが、令嬢の笑顔を貼り付けながら近寄ってきた。



「ディリアス殿下、如何なさいました?」

「ああ、リナリー。」



 ぱっと王太子の顔に戻ったディリアスは、寄ってきたリナリーを振り返り、自身の隣に立たせた。

 今の構図的に、ディリアスの婚約者がリナリーで、フィリップの婚約者が私であるかのようだ。


 それに気付いたのか、フィリップとリナリーがそっと一歩ずつ下がった。



「!…誰かとは違って気遣いの出来る方は素敵だな。」

「えっ?あ、いえ、そんな…勿体ないお言葉です、ディリアス殿下。」

「俺の事は是非ディルと呼んでほしい。」

「え…そ、そんな、私なんかが殿下を愛称でお呼びするのは…えーと…ねえ、ルシル様!」

「えっ。」



 フィリップは騎士見習いだし、その配慮は当たり前のものと看做してるのだが、リナリーが下がったのは単純にディリアスの横に並ぶのが嫌だったからだ。

 それは手に取るようにわかる。


 だがその嫌がられている当の本人はそれを気遣いととったようだ。

 そして、どうやらリナリーを気に入ったらしい。


 …愛称呼びって初対面イベントであったっけ…?

 覚えてない…。

 リナリーに確認したくとも、今はディリアスもフィリップもいるから何も言えない。

 しかも当のリナリーはなんとか愛称呼びを回避しようと必死で、私の目線の意図には全く気付いていない。



「なんだ、ルーシー。お前に俺の交友関係まで口出しされる謂れはないぞ。」

「…まだ何も言っておりませんわ、ディリアス殿下。」

「ならリナリーが俺をディルと呼んでも文句はないな?」

「……殿下が仰るのでしたら。ですが、リナリー様がそれを望んでらっしゃるかは別問題かと思いますけれど。」

「なんだと?」



 一つ言わせてもらうとするなら、私はこいつに愛称呼びを許した覚えはない。

 あくまで国の為に婚約者になり、そして婚約者である以上愛称で呼ぶ事もあるし、耐えてはいるが、愛称で呼んで下さいなどと戯けた事を抜かした覚えは微塵もない。

 だが勝手にそう呼んでいる。初対面からだ。貴族というより人としてのマナーすら持ってないのかこの男は。


 仕方なくリナリーに出来得る限りの助け舟を出す。

 まあ、辺境伯令嬢が王太子の発言を断れる筈がないので、答えは火を見るより明らかなのだが。



「リナリー、俺の名を呼ぶのは嫌か?」

「い、いえっ、そんな事はっ…!」

「なら、ディルと呼んでくれるな?」

「…は、はい…ディル殿下…。」

「ほら、見ろ。リナリーはそんな女性ではない。口を慎め、ルーシー。」

「…それはそれは…気を悪くなさらないでね、リナリー様。」

「気を悪くするだなんて、滅相もありませんよ。」



 そう言いながらふるふると頭を振ってはいるが、リナリーの目は明らかに文句を言っている。

 完全に「呼びたくない」と言っている。

 まあもう決まってしまった事なのでそれは今更どうしようもない事と諦めてもらう他ない。



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