第54話「紅蓮に燃えた復讐(side リリーナ)」
車内の窓から、私は流れていく夜の街並みを眺めていた。
運転席には普段通り黒のスーツで身を包んだ赤坂の姿。私は彼より「目立たない服装にしろ」と指示を受けていたから、映司宅にあったネイビーのダッフルコートを羽織って後部座席に座っている。
映司宅には一度、荷物を取りに戻っただけで、いまだ映司とは別居状態だ。相変わらず私は「クラシオン」の二階に居候していた。
家に帰らないのは映司と問題があったわけじゃない。以前、あの言葉で会うのに戸惑ったが、今は修復していると思っている。
むしろ私としては帰りたいくらいだ。だが現在、私や赤坂が置かれている状況を考えれば、映司を巻き込む可能性を考慮して別居が最も適切だと判断した。
敵は死神だけじゃない。
奴らは映司を狙ってはいない。あくまで狙いはティナだ。そして彼女を保護する私を含む銀狼は排除対象にある。施設の襲撃によりティナを奪取することには失敗し撤退したが、いつ再び攻め込んでくるとも限らない。
そして、裏に潜む「蟲使い」の存在。
アグレスとかいうあの注射器野郎も蟲使いもアフトクラトラスの人間だ。そして、蟲を使ってこの世界の人間を操作している。襲撃してきた兵隊もその犠牲者だ。
アフトクラトラスの人間がこの世界の闇に根付いている。私としては反吐が出る案件だ。同郷のよしみで私自ら引導を渡してやろうとベレッタを手に取った。
その発端となったのが退院後、赤坂から来た連絡だ。
菅原が突き止めた相手は、同じ公安の相羽課長。だが赤坂いわく「彼が黒幕ではない」とのこと。その判断の材料となるのが「出動記録」だ。
施設が襲撃されたあの日。公安内で部隊の出動記録はなかった。つまり連中は「非正規部隊」だ。課長というポストにいる人間に用意できる代物ではないという。
その点、銀狼もいわば「非正規部隊」だが、赤坂の場合は後ろ盾によって実現可能としている。決して個人の力によるものではない。それを考えれば相羽課長はあくまで使われているだけの存在で、黒幕はさらに上の人間という事になる。さらに死神の事、施設の事を知っている人間を赤坂は絞り込んでいった。
その結果、彼は結論を出し、こうして私と二人で夜のデートを始めた。蟲にまみれた人間をもてなす復讐と血に塗れた大人の饗宴だ。
赤坂が運転する車は郊外へ抜け、人気のない場所でエンジンを止めた。「ここから徒歩で向かう」と短く言う彼に私はうなずくと車から出る。
寒気を覚える冬の夜風を感じながら遊歩道を静かに歩く。大きな荷物を引きずり先導する赤坂の背中を眺めながら一言。
「……赤坂。自分の上司が黒幕だとわかった時の気分はどうだった?」
「やっと尻尾を掴んだと思ったよ。あの襲撃から三週間ほど経っている。その間、ずっと復讐の炎を燃やし続けてきた。それがやっと叶うんだ。相手が上司であれど何も関係はない」
「死神に対するものとはまた違う復讐か」
「奴への怒りは私自身によるものだ。だが今回は違う。仲間を殺された恨み。私の肩には無残に散っていった狼達の無念が圧し掛かっているのだよ。……リリーナ。復讐心を糧に動く人間など正常だと思うか?」
「……いや」
赤坂と私の足が止まる。
暗闇の中、浮かび上がるのは一軒の豪邸。表札に刻まれている文字は「柳」だ。
「実に人間らしい」
透明な体発動。
言葉の余韻を残して空気に溶け込んだ私は、素早く門の前に立つ黒ずくめのスーツ姿の男へ接近。彼らが赤坂の姿に気が付いた瞬間、コンバットナイフで首を掻き切る。
流血が闇夜に飛び散る中、もう一人の男の首を念動力で締め上げる。声をあげることもなく、ゴキンと鈍い音と共にその男は地面に倒れた。
二人を瞬く間に殺したその時、チラリと赤坂へ視線を移す。そこにいたのは、月の光により眼鏡を光らせた復讐者の姿。
「そうか。それはよかった」
◇ ◇ ◇
建物の中に侵入と同時に向けられたのは銃口。
灯りが消された暗闇の中、暗視カメラをつけた四人の兵隊が視界に入る。だが、私の索敵の目は建物に入る前からすでにその動きを捉えていた。
即座に相手の頭部をサーチ。それとリンクした自動照準の補助魔法が私の腕を動かす。
闇を切り裂く四発の銃声。二つのベレッタから撃ち出された銃弾は精密に頭部を貫き、引き金を引くことすらなく男達は崩れ落ちていく。
「階段の上に二人」
目で見る事なく上部へ発砲。その後、階段から転がってくるのは額に銃創が刻まれた男の死体だ。
それを足でどかしながら、先に広がる暗闇を見据える。
「ここにいた武装勢力はあらかた片づけた。……二階に男の反応がある。一人だ」
「彼だ。間違いない」
階段を上り私が先行する。
索敵の目に反応した男がいる場所は通路の先。そこは広い部屋で照明もなにもついていない暗闇に包まれていた。
だが、私の目にもはっきり映っていた。奥に一人の小柄な初老の男が椅子に座っている。まるで私達がここに来るのを知っていたかのように堂々と。
彼を見るなり赤坂が前に出た。突然、敬礼の姿勢をした彼に思わず苦笑。それは彼なりの組織の上司に対する最後のけじめなのだろう。
「……住居不法侵入だぞ? 赤坂。それでも公安の人間か?」
「夜分遅くに失礼します。柳参事官」
「土足で上がりこんでその挨拶はないな」
「ええ。本来ならばこんな失礼な真似はしません。ですが、蟲使いとなると話は別です」
その時、月の光だけが差し込む室内で男の姿が揺らいだ。どうやら笑っているようだった。
柳は含み笑いを響かせて。
「しかし、お前の執念深さにはまいったよ。相羽で止まると思ったが俺の下までたどり着くとはな。やはりあの襲撃で失敗したのが痛かったな」
「疑わしきものは、たとえそれが上司であれ、部下であれ、仲間であれ調べろ。それが私の方針です」
「お前らしいな。自らの目的のために冷徹に徹するのも実にお前らしい。使えそうなものはなんでも使うのもな。俺は驚いたよ。まさか銀狼発足の件で集まったその時、お前が異世界の人間を連れてくるとはなぁ。しかも創生の女神に瓜二つの魔法使用者を」
「女神ですか。確かに相応しい表現でしょう。少なからず我々にとっては勝利の女神でした。だからこそ彼女を殺そうとし、ましてや死神を確保しようとするあなたを許すわけにはいきません」
「赤坂ぁ。お前、あの死神の力を欲しくないか? 俺は欲しい! ぜひとも欲しい! 俺の蟲を使えばもしかしたらあの死神を支配できるかもしれない! 今のこの地位を手に入れたように、あの力があれば……なんでも叶うぞ? ぞくぞくしないか? なぁ?」
「……お前の目的はそれか」
素早く銃口を向ける赤坂。
私はいつでも撃てるがあえてそうしなかった。これは赤坂が締めくくらなければならない戦いだ。
だからこそ私はすべてを見守っていた。
「答えなど言うまでもない」
その瞬間、部屋に響き渡る銃声。
だが発射された銃弾は、柳の額を貫くことなく目の前で何かに弾かれ床に突き刺さった。そこにあるのは、うっすらと月夜に煌めく透明な壁。どうやら柳は、自分の前に防弾ガラスを張り巡らせているようだ。
赤坂もそれを悟ったか、ゆっくりと銃を下ろす。
「防弾ガラスか。どうりで暗くしているわけだ」
柳は彼の行動に満足気に微笑むと席を立った。
「お前やそこの小娘が持つ銃ではこのガラス、撃ち抜けんぞ。その間に俺はこの場を立ち去るだけだ。赤坂。お前は正義感が強すぎる。そんな奴は早死にするぞ?」
「御忠告、痛み入る。だが私は私自身を裏切るつもりはない」
直後、部屋の窓を砕き細長いケースが中へ飛び込んできた。もちろん私の念動力によって運ばれてきたものだ。
驚きで目を見開いた柳の前で赤坂はそのケースを開ける。中に入っているのはPGMヘカートⅡ。映司がシオン・デスサイズを吹き飛ばしたあの対物ライフルだ。
その銃口が向けられた瞬間、柳の顔に貼りついていた微笑みが消え去った。
「柳参事官……いや蟲使い。お前はここで終わりだ」
銃声と共に弾頭が暗闇を切り裂く。
マッハで突き刺さる銃弾は防弾ガラスを突き破り柳の右足に着弾。膝の骨を砕いたと同時に響き渡る悲鳴。
赤坂は薬莢が飛ぶと今度は左足を破壊。柳は床をだらしなく這いずっていた。
どうやら彼は「簡単に殺す」気はないらしい。立て続けに撃ちこまれる三発は右足、左足と腹部を掠めていった。
そして四発目の銃弾の狙いを定めた時、私は赤坂の意図を理解した。彼は柳に地獄の苦しみを与えるためにわざと外しているわけではない。いや多少はあるかもしれないが本来の狙いは違う。
あの襲撃で桐生を含む銀狼メンバーの死者は四名。
『私の肩には無残に散っていった狼達の無念が圧し掛かっているのだよ』
そういう事か。
ならばその最後の銃弾で無念を晴らせ。赤坂。
柳が起き上がる。その蒼白とした表情に組み込まれた瞳には恐怖が支配していた。
彼の口が何か動いている。私はその唇の動きを追った。このクズが最後に何を言うのか、少し気になったからだ。
『助けてくれ』
この期に及んで命乞いか。
私は役目を終えたベレッタをショルダーホルスターへとしまいこんだ。
「……無駄だな」
闇夜に鳴り響く四発目の銃声。
それは恐怖に染まった柳の頭部を破壊し、壁にべっとりと鮮血をぶちまけた。
赤坂はライフルをケースに入れると、無残な柳の死体を一瞥して。
「撤収」
そう言い振り返る彼の表情は冷徹鉄仮面そのものだった。
無念は晴れたのだろうか。いや人の恨みが対象を殺すだけで終わるはずがない。一生、彼の肩には重く圧し掛かるのだろう。私が以前の世界で虐殺の限りを尽くした事実が消えないのと同じように。
それでもなお、こうして自らの上司を手にかけるのは、理由がなんであれ生かしておけない。ただそれだけだ。
私はいつもの鉄仮面の表情に、血に濡れた現場にふさわしくないウィンクを飛ばしてみせた。
「帰りに温かい飲み物が欲しいな。コーヒー以外でね」
その後、車の中に乗り込む私の手には温かい紅茶が握られていた。
赤坂が無言で運転する中、車は柳の家から離れていく。その時、背後で爆発音が響いた。
「……爆弾は持ち込んでいないな。せいぜい手榴弾くらいだったはずだ。その手榴弾も何故か無くなっているがな。それで家は吹き飛ばない」
「さぁな。柳の奴がガスの元栓でも閉め忘れたんじゃないか」
バックミラー越しに感じる彼の視線に私はちょこんと舌を出した。
◇ ◇ ◇
二日後。
桐生のいないガランとした隊長室に私は呼ばれた。
中央に座す長方形のテーブル。そのいつも私が座っている席の前に赤坂がそっと差し出したのは、一つのケースだった。
開けてみると中に入っていたのは、二つ並んで収められた九ミリの弾薬。
「……これが君に託す死神を殺せる弾丸だ」




