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第50話「狂信者」

 俺はティナを連れて長い通路を走っていた。

 あれだけ鳴り響いていた銃声がピタリと止んで。まるで嵐の前の静けさのような静寂が恐怖をかきたてた。

 照明が消えているのか奥は真っ暗で、壁際にほんのりと非常灯がついている程度だ。なんて事ないただの通路なのに、なぜか途方もなく遠く長く感じてしまう。まるで移動することなくずっと同じ場所を走っているような感覚が襲った。

 

 突然、俺の背筋に寒気が走る。

 死神に遭遇した時のような強烈な殺気を感じて。走る足が鈍ったその時、手に伝わるティナの温かみが消えた。


「映司君!」


 俺を呼ぶ声と共に聞こえたのは一発の銃声。振り向いた先で金髪が揺れていた。

 目の前でティナが手を広げて立っていた。そのか弱い背中がゆっくりと俺に倒れ掛かる。咄嗟に抱きかかえたその時、彼女の白いワンピースが血に濡れていることに気が付いた。


「ティナ!」


「……おや? これはこれは。想定外だ。まさか器の少女が身を挺するとは思わなかった。だが、どうやら息はあるようだ。我が敬愛する死神が大切にする器。死なれては困るのでね」


 暗闇の中、わずかなライトがさすその場所に茶髪の男が立っていた。

 左手には、ティナを撃ったと拳銃と右肩からサブマシンガンをぶら下げて。桐生さんのような筋骨隆々な体格ではなく、長身でスラリとした体型の優男だった。だけど、その濁ったような黒い瞳からは、死神がそこにいるかのような猛烈な殺気と狂気を感じた。

 俺は激しい怒りと刺し貫く恐怖に震えながらもその男を睨みつけた。


「なんでティナを狙うんだ!?」


「何でって、その器は死神を内包している。あの冷酷で残虐で人をゴミとしか見ていない美しき彼女を。まさにそれは闇の聖母だ。私は常に願っていた。一目、会いたいと。その美しい脚に、その美しい手の甲に接吻をし、忠誠を誓うと。彼女の為ならば私は生ごみの命だろうと、たとえそれが自らの命であろうと捧げると」


 まるで自分に陶酔するかのように男は仰々しく両手を広げた。


「この世界は彼女さえいればいい! それ以外の者など所詮、ゴミだ。生ゴミだ! 私は彼女を迎え入れ、この腐った世の中に終止符を打つ!」


「……大層な演説だけどよ。気づいてるか? あの死神にとってあんたもゴミなんだって。用が済んだらあんた、殺されるよ?」


 笑い声がピタリと止まる。

 瞬きすらせず目を見開いた男は、じっと俺を見据えた。まるで麻薬中毒者……いや、俺が遭遇したあのアンデッドドッグのように生気が感じられない瞳だった。

 俺はティナの体でちょうど相手から見えない位置にある拳銃のグリップを握る。俺が助かるためなら、ティナが助かるためなら、引き金を引かなければ!


「それが……何か? 殺される? あの方に? それこそ本望ですよ。私の人生に終焉を与える手が彼女のものだなんて、それこそ素晴らしい事ではないですか」


 死神に対する歪な愛。何がここまでこの男を駆り立てるのか俺にはわからないし、わかりたくもない。

 そんな拒絶感と、銃を人に向ける事に対する拒否感が脳裏で交錯する中、ざわっと背筋に戦慄が走った。

 まるで金縛りにかかっているかのように動けない。俺を見据える男の瞳が、目の前にいる男をゴミとしか見ていない目が死神の物と一緒に思えて。

 恐怖で足がすくんでしまった。


「やはりゴミに私の至高な考えなど理解できるはずがない。あの方の器からその薄汚い手を離してもらえますか。そして死になさい。血と肉だけの生ごみなどいらない。美しくない」


 銃口を向けられた瞬間、俺は死を覚悟した。

 ティナの命どころか自分の身すら守れない。武器を与えられても使えない。せっかく桐生さんが切り開いてくれた道を進むどころか、足がすくんで動けない。

 俺は死ぬ恐怖と絶望感の狭間で、どこまでも深く落ちていくような無力感を感じていた。

 男の指がゆっくりと引き金に触れる……その時。


「死神のクソッタレ女を敬愛だって? とんだ変態がいたものだな」


 聞き覚えのある声。会いたいと、会って謝りたいと思っていた「彼女」の声。

 それと同時に耳に響くのは銃声。振り向いた男の頭部から血しぶきが飛び散ったと同時に頭上を「彼女」が飛び越えてくる。

 目の前に着地した勝利の女神の姿に、俺は思わず涙が出そうになって。だけど彼女にそれを知られたくなくて、素早く目をこする俺はやっぱり素直じゃないなって思う。

 チラリと後ろにいる俺を見たサファイアの瞳は優しく、それでいて力強く輝いていて。だけど男を見据えた瞬間、まるでリリーナの背中がざわつくようにチリチリと肌が焼けるような感触が走った。

 そこにいたのは、怒れる女神の姿だ。


自然治癒力(リジェネレート)。それもかなり強力なもの。この世界の技術にアフトクラトラスの魔法を組み合わせたのか。お前、アフトクラトラスの人間だな?」


 リリーナの言う通り、頭部を撃ち抜かれたにもかかわらず男は平然と立っていた。

 よく見ると額に刻まれた銃創がみるみるうちに元に戻っていく。


「これはこれは。銀の賢者にお会いできるとは。私はアグレスと申します。実はあなたにもぜひ会いたいと思っていたのですよ。冷徹な思考。手段を選ばない冷酷無比な行動。あのプロエリウム軍でさえ全滅させる規格外の戦闘能力。そしてあの死神と唯一、渡り合ったただ一人の女性。死神とあなたが手を組めばそれこそ全てが手に入る。世界さえも。いかがですか? 私はそのお手伝いをしたいので……」


 アグレスという男が喋りながら手を差し出したその時、即座にベレッタが火を吹いた。

 銃弾は男の掌を突き破り穴をあける。血しぶきが散るのを男はただ黙って見つめていた。カランと薬莢が地面に落ちる。

 リリーナの容赦のない銃撃に、彼女らしさを感じると同時に溜飲が下がる思いがした。


「話の最中に悪いがお前なんぞに興味などない。死神のくそったれ女なんぞと手を組むなどお断りだ。次にあったらそのデカい胸を切り取って口に詰め込んでやる」


「……貴女も……理解できないのですか」


「理解? 笑わせるな。お前のイカれた思想を理解できる方がおかしい。私の頭脳明晰で至ってまともな頭をもってしても無理なんだ。仲間を増やすのは諦めてアンデッドでも連れて歩けばどうだ? お前はあの世で死神とのラブラブな幻想でも抱いていろ」


 リリーナの言葉を皮切りに突然、男が発狂した。

 金切り声を響かせ喉を掻きむしり、指も首回りも血だらけになりながら、狂気に濡れた瞳を彼女に向ける。


「貴女も……貴女も生ごみか! 冷酷で美しい貴女でさえ理解できないのかぁぁぁぁ! 殺さなければならない! 殺してその首を死神に捧げなければならない!」


「ゴミはお前のほうだ。何人、殺した? 少なくとも私の仲間が三人、死んだ」


 アグレスの叫び声が通路に反響する中、ゆっくりとリリーナの両手が上がる。

 そこに握られていたのは、二つの銀色に輝くベレッタ。


「……決まりだ。お前を三等分にして殺す」

 

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