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第31話「弾丸に想いを込めて(side リリーナ)」

 私の目の前に絶望が広がっていた。

 大鎌から発せられた死者の叫びにより銀狼は動きを封じられた。そして私は魔力を消費し奴の斬撃を防ぐだけで精一杯の満身創痍。

 いずれは枯渇し死神の刃が到達するのは時間の問題だ。さらに悶え苦しむ銀狼のメンバーは、ゾンビの胃袋に収まることになるだろう。


 敗北。それは絶対的な死。


 それが脳裏をよぎった。

 この世界に来て人の優しさを享受して、映司やティナと出会って。殺人者だった私は一人の女として生きていけるのかと淡い希望を抱いた。

 だがそれは、ただの幻想にすぎなかった。そして私が敗北する事はすなわち映司の死も意味する。もう彼の声も聴くことはできないのか……。


『……え、あれ、みんなどうしたの!? なんで倒れてんのってこの無線、勝手に使っていいのかな……? え、誰か応答してくれない?』


 目を見開いた。心の奥底で「聴きたい」と思った声がそこにあったから。

 彼は無事だ。声を聴いた瞬間、そう確信した。抜け始めていた力が自分の中心に集まってくるのを感じる。まだ魔力は尽きていない。まだ私は……戦える。

 

 闇に包まれつつあった世界に光が戻ったその時、私の目に映るのは迫るシオンの姿。咄嗟に左手で魔法障壁を発動。

 弾かれるのは承知の上だ。斬られなければいい!


 硬質な響きと火花をまき散らし私の体が宙を舞った。衝撃による痛みを耐えながら「浮揚(レビテーション)」の魔法により、地面に体をつけずに体勢を立て直す。

 私は空中を滑るようにシオンから距離を取るとそっと無線に唇を近づけた。


「映司。君は無事なのか?」


『リリーナか!? さっき耳鳴りがしたけど今はなんともないんだよ。無線が転がってたから会話してんだけど、俺どうしたらいいかな?』


 元気な声だ。いつも通りの優しい声音に私は思わず口元をほころばした。

 彼があの死者の叫びをくらっても効果がないのは気にはなる。だが今はそれを思考している余裕なんてない。

 今、この場で動けるのは私と映司だけだ。いや死神を抑えなければならない事を考えると、映司しかいない。この状況を打破する事、私達が勝利する事、それら全てを彼が握っている。そう思えてならなかった。


 ゆっくりと私に歩み寄るシオン・デスサイズを見据える。

 追撃してこないのは用心深い奴のことだ。私の目に力が宿ったのを見抜いて、まだ策があると警戒しているのだろう。

 狡猾なシオンへ致命的な一撃を与えることは容易じゃない。だが映司は別だ。彼は完全に奴の意識から外れている。彼だけが死神へ起死回生の弾丸を浴びせられるんだ。

 私はシオンに悟られないように小さく、それでいて正確に言葉を紡ぐ。


「赤坂。映司をPGMヘカートⅡの場所へ案内してくれ」


『リリーナ……君は何を考えている!?』


「映司にシオンへの最後の狙撃を託す」


『一般人だぞ!? 無茶だ!』


「私は映司を信じるよ」


 一瞬、沈黙が流れた。

 赤坂は無線でしか今の状況を知り得ない。だが私が一般人である映司に助けを請わなければならないほど、緊迫した戦闘状態なのは理解できるはずだ。

 銃撃に関してまったく何も知らない素人ではシオンへ当てるなど不可能。赤坂は当然、そう考えるはずだ。だが何故か私には映司が奴を吹き飛ばすイメージが明確に頭の中に浮かんでいた。

 そして私はそれを信じた。


 ゴクリと息を呑む音が耳に響く。その後、一呼吸おいて。少し震えているけど、それでいて力強い映司の言葉に私の心と彼の心が繋がったような気がした。


『俺、やりますよ。赤坂さん。教えてください』



 ◇ ◇ ◇



『……今までのがPGMヘカートⅡの操作方法だ。実際にやってみてくれたまえ』


『解除、終わりました』


『よろしい。あとは引き金を引くだけだ』


「映司。そのヘカートに込められているRaufoss Mk211多目的弾頭には神聖付与を施している。あの銃器展示会で死神を吹き飛ばしたものと同じだ。狙いは奴の頭部かもしくは胸から上。そこを正確に射抜け。チャンスは一回だけだ」


『へへっ。一発だけってとんだ無理ゲーじゃねぇかよ。俺、FPSあんまりやった事ないんだぜ……』


 映司の声が震えている。そんな彼の声音に私は微笑んだ。


「大丈夫だよ。映司。君ならできる」


 大きく息を吸って精神を集中する。私の中に残る魔力を左手へと収束させる流れをイメージ。キィンと硬質な響きを奏で左手が青白く光る。

 これが私の最後の盾。おそらくこれが砕かれたらもう奴の鎌を防ぐ手段はない。しかしそれより先に映司が死神を撃つだろう。彼自身が自らの力で生を勝ち取るだろう。私はそれの踏み台になればいい。


 シオンの動きが止まる。大鎌を構えたまま私を……魔力が集約している左手を見据えていた。

 目線こそは私を見ているが明らかに周囲を探索している。音、気配、空気の流れ。目の前のシオンはまさに猛獣だ。それら全てのわずかな差異を感じ取るだろう。


「どうした? シオン。来ないのか?」


「呆れているのよ。周りのゴミも封じられた。あなたの魔力も枯渇寸前。それでもまだ戦おうとするあなたに心底、呆れているわ」


「諦めが悪い性格でな」


「そう。諦めが悪い。そして困難な状況であってもあらゆるものを駆使して勝利を勝ち取ろうとする」


 その瞬間、シオンの紅玉が見開いた。全身から荒れ狂うほどの暴虐に満ちた殺気を放出し、一歩前に出る。


「だからこそ私は手を抜かない」


 鋭く全身に突き刺さる殺意の奔流を受けて。私は左手に全ての魔力を注ぎ込んだ。

 シオンの足が大地を蹴る。まるで猛獣が獲物の喉元へ食らいつくかのように、大鎌という牙を私へ振るう。

 

 そうだ。来い。そして私を斬れ。死神!


 空気を揺さぶる振動を伴って剣閃が迫る。

 私はそれに呼応し渾身の障壁を展開。飛び散る火花と硬質な響きを奏で、ぶつかり合った斬撃が全身を揺さぶった。

 骨が軋む衝撃を私は浴びながら、ゆっくりと障壁内部へ浸食していく漆黒の刃を見た。

 障壁が切り裂かれるのはもはや確定。対するシオンはそう悟ったのか、火花の向こうでほんのわずかに口元へ笑みを浮かべた。

 勝者が勝利を知り得た時に感じる優越感、達成感。戦の達人でさえ隙を見せるそれは最大の好機!


「映司!」


 無線に叫んだ私の言葉が響いたその時、映司と私の心がリンクしたような気がした。

 彼がシオンの頭部へ狙いを定め、引き金を引く。その動きが私に明確に伝わってきた。


 空気を裂き弾丸が加速する。ライフリングによってらせん状に回転し一直線にシオンの頭部へ。

 極限状態の中、全てがスローモーションに見える世界で映司の放った弾丸がシオンへ迫る。刹那。死神の紅玉が弾丸を捉えた。

 斬撃を止め、シオンは大鎌で弾丸を防ごうとする。しかしその瞬間、死神の目の前に煌めくのは漆黒の破片。映司と私の想いがこもった弾丸は、大鎌を砕きシオンへ炸裂した。


 一瞬の閃光と爆発。血と肉片をばら撒き、シオンの上半身が四散すると同時に紫の粒子が舞う(・・・・・・・)

 衝撃で吹き飛んだ私はよろよろと地べたを這った。強烈な耳鳴りで何も聞こえず、視界もまるで大地震のように揺らぎよく見えない。ただゆっくりと倒れたシオンの下半身が黒い霧のように霧散し、そこに空間の揺らぎがあるのを感じた。

 シオンの魂が浮かんでいた。それを魂縛すれば……奴を封じ込められる。


 私はゆっくりと魂に手を伸ばす。だがそこで瞼が閉じ視界が真っ黒になった。

 闇へ沈んでいく意識のどこかで、映司の声が聞こえたような気がした。

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