第32話「系譜」
リリーナが大変なことになった。至急、来てほしい。
赤坂さんからの連絡でそれを聞かされた俺はティナを連れて家を飛び出した。
あの公園での死神襲撃。そこでリリーナは意識を失って病院に搬送されていた。丸一日、寝込んでからのこの連絡。心配していた俺が慌てないわけがなかった。きっと何かあったに違いない。そんな不安感が頭の中を駆け巡っていた。
リリーナが搬送された先は「聖隷病院」だ。
三階にある一室に「リリーナ・シルフィリア」と書かれた名札を見つけると、俺は急いで扉を開けた。最初に目に飛び込んできたのは黒いスーツを着た長身の男性、赤坂さんだ。
そしてその奥、白いベッドの上でリリーナが……上半身を毛布に投げ出し大の字で伸びていた。よくあるソーシャルゲームでいう「床ペロ」みたいな。
微妙に銀髪ショートボブの頭が動いている。「もうマヂ無理、死にたい」とかぼそぼそと呟いていた。
「……お前、何ペロってんの?」
「起きてからこの様子でね。私としてはいろいろと話をしたいのだがうんともすんとも動かない。困り果ててね。映司君を呼んだというわけだ。君ならば会話が成り立つと思ってね」
「傷はなんともないんですか?」
「体力はまだ完全には回復してはいないが傷の方は問題はないよ。まったく無茶をしたものだ。炸薬徹甲弾を間近で食らうとは自殺行為だよ。彼女の魔法の力でなんとかなっているがね」
赤坂さんは眼鏡をクイッとあげると、いまだペロっているリリーナへ視線を移した。
知性的でどこか鋭い表情をする彼だけど、その眼鏡の奥にある瞳はどこか優しさが込められているように俺には見えた。
その時、コツンとドアをノックする音が響く。少し間を置いて入って来たのは、白髪が混じった小柄な初老の男性だった。紺のスーツを着ている彼を見るなり突然、赤坂さんが会釈した。その瞬間に俺は彼と赤坂さんの上下関係を垣間見た気がした。
「これは柳参事官。わざわざお越し下さるとは」
「例の魔法少女が怪我をしたとの話を聞いてね。具合はどうかね?」
チラッとリリーナへ視線を移す赤坂さん。なお彼女はいまだペロり中。
「寝ていますが怪我の方は問題はありません。じきに復帰できます」
「それはよかった。しかし今回の件は頭を悩ませるな。あの部隊でも仕留められなかったか」
「想像以上に相手は狡猾です。それについては私の認識不足です。申し訳ございません」
「未知の相手だ。この程度の被害で済んだのはむしろ幸運だよ。ところで赤坂、少し話がある。本部まで戻るとするか」
柳という人は俺をチラ見して。当然、内密な話だろうから俺やティナがいる前でできるはずがない。
赤坂さんの返事を聞くと柳さんは部屋を出ていった。赤坂さんはその背中を見送った後、リリーナのほうへ向き直す。
「リリーナ。あとは映司君に任せて私は本部に戻るとする。君の体力の回復も兼ねてしばらく休暇を与える。返事はできなくても手くらいは上がるだろう? わかったなら、はいなら右手、いいえなら左手を上げたまえ」
音もなく素早くスッと上がる右手。コイツ、休暇と聞いたら速攻で反応したな。
その光景に頷くと赤坂さんは俺を見つめて、「では後はよろしく」と短く言うと病室を後にした。彼の背中を一目みてリリーナへ視線を戻す。相変わらずペロったままの彼女だが、もぞもぞと頭が動いているのが見えた。
「……ティナ、ティナ」
「な……なんですか? リリーナさん。苦しいんですか!? 大丈夫ですか!?」
「み、水。水が飲みたい。天然水。自販機から買ってきて。でないと私、死ぬ」
「わ、わかりました! 今すぐ買ってきます!」
パタパタと急いで病室から出ていくティナ。あれ、ティナって金、持ってたかな?
俺は彼女の金髪が揺れる背中を見ながらそう思ったが、まぁいいやと椅子に座った。「でも元気そうでよかった」と素直な気持ちを銀髪の頭に投げかけると、リリーナの両手がゆっくりと上がる。
そして突然、毛布をポカポカと殴り始めた。その姿はまさにドラムの奏者。
「え、え? リリーナさん!?」
「悔しい!!!!!」
たぶんあの死神戦のことを言っているのだろう。俺の覗き込むスコープの先でも見えた。死神シオン・デスサイズが吹き飛ぶのを。
その時、リリーナが地面を這いながら何かをしようとしていた。死神が消え去った場所にゆっくりと手を伸ばして。何かを掴もうとしていた。
俺には詳しくはわからないけど、たぶん彼女には何かが見えていたんだ。それを掴めなかったからリリーナは今、布団をポカポカ殴って悔しがっているんだと思う。
「でも俺はこうして助かってるし京子だって無事だ。リリーナだってちょっとした怪我で済んだ。結果的にはよかったと俺は思うよ?」
そう。彼女は結果には不満っぽいけど俺は感謝していた。だってリリーナは俺を死神から守ってくれたんだ。
あんなボロボロになりながらもそれでも諦めずに。周りの部隊の人が倒れてもたった一人、まさに命を投げ出す覚悟で死神を撃退したんだ。リリーナは本当に俺にとって勝利の女神だった。
だが当の本人は俺の言葉にキッと鋭い瞳を向ける。
「何を呑気なことを言っているんだ! もう少しだった! あそこで魂縛できれば事態が収まったかもしれないんだ! 最初で最後のチャンスだったかもしれない。そんな局面で気を失うなんて……もうマヂ無理。死にたい」
「なんとかなるって。死神に会心の一撃を与えたのは確かなんだろ? 進展してんじゃん」
「与えたのは君だがな。私は何もしていない」
「そんなことねぇよ。お前がいなきゃ……俺もみんなも死んでる。助けてくれてありがとな」
俺のその言葉にリリーナは顔を赤らめて。再び毛布に頭を埋めてしまった。
沈黙が流れる。静かで、だけどどこか優しい時間。俺は彼女が起き上がるまでじっと見つめながら待っていた。
しばらくしてゆっくりとリリーナは上半身を起こす。そしてため息をつくと少し潤んだサファイアの瞳を俺に向けた。
「映司。残り日数は百六十九日か」
「そうだな」
「次こそは捕らえてやる。今度こそあの牛ババァを魂縛アンドゲットしてやる」
「いい意気込みだぜ。でも息抜きは必要だと思う。赤坂さんが休暇だって言ってたし、どこか行くか?」
俺がそういうとリリーナは考え込んで。いつもの顎に手を添える仕草だ。久しぶりに見た。
ふと何かひらめいたのか銀髪が揺れる。そして俺をじっと見つめた。
「私、君の実家に行きたい」
「実家!?」
「だめ?」
「いや、いいけど。おばあちゃんに会ってどうするんだよ?」
「ちょっと確かめたいことがある」
「わかった。今度の休みに行くか。連絡しておくよ」
俺が承諾すると彼女はふわりと優しい笑顔を見せて。
実家に行きたいって言われた時、おばあちゃんに彼女達の説明をどうしようか悩んでいたけど、可愛らしい微笑みで吹き飛んだ。
その時、病室の扉がバタンと開く。少し驚いて振り返ると肩でハァハァと息をするティナの姿。
「ティナ。どうしたの?」
「大変です!」
「何が?」
「じはんきって何ですか!?」
彼女のその言葉で空気が一瞬で固まった。リリーナが醸し出していた優しい雰囲気もいいムードも全てがひび割れて砕け散っていった。
俺は思い出した。そうだ。この子、天然だった。まぁそこもすごい可愛くて好きな部分ではあるんだけど。
「わたしがそれを見つけて『てんねんすい』を買わないとリリーナさんが……死んでしまいます!」
超がつくほど素直なティナはエメラルドの瞳が潤んでいて、本当に困っているように見えた。
俺は無言でリリーナを見つめる。偶然か彼女と目があった。
言葉を伴わないアイコンタクトだったがその時、俺とリリーナは目と目で通じ合った気がした。
「なぁ。これお前が悪いからな」
「今、素直に悪かったと反省したよ」
思わずプッと噴き出した俺達に事態を理解していないティナが目を丸くしていた。
◇ ◇ ◇
バスは晴天の中、のどかな田園地帯を駆け抜けていた。
敬老の日が絡む九月の三連休。その土曜日に俺はティナとリリーナを連れて実家へ向かっていた。
バスに揺られながら麦わら帽子を被ったティナは薄ピンクのワンピース姿で景色を眺めている。自然が好きな彼女はこの田園地帯は魅力的に映るのだろうか。
一方、薄い本を読んでいるリリーナは、ライトブルーのオープンショルダーニットワンピースにデニムのショートパンツというコーディネート。すらりと伸びた足はストッキングに覆われていて妙に艶めかしい。彼女はティナとは対照的に外の景色には目もくれないようだ。
俺にはどうしても彼女の読んでいる薄い本が気になった。だってその表紙。イケメン二人が絡んでいるし、チラッと見えたタイトルが「とろけるまで、オレを突き刺して」って。お前どう見てもそれ聖剣乱武のBL本じゃねぇか。しかも推しのグングニルのやつ。
「お前、BLに走ったのか……。まぁその気はあったけど」
「なんだその顔は。馬鹿にするな。BLは芸術だぞ」
「いや別にいいんですけど」
「これだからセンスなし男はだめだな。そんなだから中学時代にくっそ厨二の小説書いてコミケに出店している知り合いに置いてもらったのに、一冊も売れない事態に陥るんだ」
「なんで京子しか知らないような俺の黒歴史、知ってるんだよ!?」
ふふんと悪戯心に塗れた小悪魔な表情をするリリーナを見て。そういえばコイツ、聖剣乱武で京子とフレンド同士だった。
裏表のある彼女のことだ。ゲーム内ではいい人を演じて京子を信頼させ、俺の黒歴史を聞き出している可能性が高い。これは突けばまだまだ出てきそうな予感がする。
迂闊に刺激しないほうがいいと俺は判断。その手の趣味のものは公衆の面前で読むんじゃねぇひっそりと楽しめと言ってやりたかったが、周りの客は俺達しかいないし。ほぼ貸し切り状態だし別にいいかと無視することにした。
そんな中、ティナが一人はしゃいでいた。
「映司君。映司君。テレビ見てもいいですか?」
「それテレビのスイッチじゃない!」
降車のボタンを押そうとするティナを俺は全力で止める。リリーナはそんな俺達を見てクスクスと笑っていた。
そしてバスに揺られること一時間以上。ようやく実家の前に俺達はたどり着いた。
久しぶりに見たそれはとても大きくて。家というより屋敷だ。入り口に立っていると俺が幼い頃、この家の前で遊んでたり京子と待ち合わせしていたり、そんな昔の記憶が蘇ってくる。
懐かしい実家の匂いを感じながら見つめる俺の横にリリーナが並んだ。どこか彼女の瞳は、俺とは違い鋭さが秘められているように思えた。
「映司。私はここで確かめたいことがあるって言ったよね」
「言ってたな。それって何?」
「君の系譜。映司が生まれるまでの家族の歴史を私は知りたい。何故なら……」
リリーナは俺をじっと見つめた。全てを見透かすような澄んだサファイアの瞳で。
「君の家族の中に、異世界の人間がいる」




