第15話「思わぬ再会」
暑い日差しが肌を刺す中、俺は家への道のりを歩いていた。
時は七月。都心部にある椋見市は例年通り猛暑に見舞われる。じっとりとした汗がシャツに絡みついて気持ち悪い。
暑さも問題だがそれよりも俺は再び苦難を迎えそうな予感をしていた。それは隣を歩く少女の動き次第と言える。
半袖になった白い制服は「佐久間高等学校」の夏服。それを着て黒髪を揺らしているのは栗林京子。俺の幼馴染だ。
世の中の大半の女性が薄着になる夏。当然、学校の女子も例外ではなく、横を歩く京子も光の具合でブラジャーの紐が見えたりして、健全な男子高校生の俺は妙にどぎまぎしてしまう。彼女はスタイルが良いから余計にそうなる。
もっとも当の本人はまったく気にしていない様子だけど、すごく男子からの視線は熱いぞと言いたい。
苦難というのはこの幼馴染を家に招待し、一緒にご飯を食べようというミッションだ。
提案者はティナ。彼女は数か月前の沈黙の晩餐会をかなり気にしていたらしく、「今度こそ笑顔で食事をしたいです!」と攻め寄られた。
揺れる綺麗な金髪に宝石のようなエメラルドの瞳を前に、俺は断ることなどできなかった。
ご飯を食べるくらいなら別に難しくもなんともない。だけど京子はうちに住んでいる魔法少女と恐ろしく仲が悪い。あの仲直りのフレッシュジュースはいったいなんだったのか。
魔法少女ことリリーナ・シルフィリアはあの沈黙の晩餐会以降、険悪ムードを保っている。なんでも「胸がでかい女は嫌い」らしいがそれだけじゃない。
俺につけられた刻印。残り二百三十四日を示しているそれは死神からの死の宣告だ。
刻印があるかぎり死神シオンは俺のもとに来る。警察官も一般人さえも斬殺したあの女がいるかぎり俺には常に危険が付きまとう。だからこそリリーナは京子を近づけようとしたくないんだ。
だけどそんな彼女の考えとは裏腹に、京子は今でも俺と一緒に行動していることが多い。ただ家事手伝いにくることはなくなった。
理由はわからないが、死神は銃器展示会でリリーナに頭を吹き飛ばされて以来、姿を見せていない。それもあり俺の生活は徐々に正常に戻りつつあった。
ただリリーナは見えないところで赤坂さんという人物と死神対策を続けているらしい。その証拠に彼女は家に銀色の拳銃を持ち込んでいる。
いつかそれが火を吹く時がくるのかもしれない。
「なぁに? 考えごと?」
突然、話しかけられ俺は京子へ目線を移した。覗き込むように見つめる彼女の瞳と目が合う。
「いや、あの恐怖の晩餐会を思い出してた……」
「あぁ……あれ……」
「あの重苦しい空気はちょっと……な」
「あの時はそりゃあたしも悪かったけど。また同じはさすがに嫌だよ? あのリリーナって子によく言っておいてよね? あたしも善処するから」
「が……がんばるよ」
頭の中で綺麗な銀髪が揺れる。魅惑的なサファイアの輝きを俺に向けて。
ペロッと舌を出している可愛らしくも小悪魔的なリリーナの顔を思い浮かべた。
俺は、「今日はおとなしくしていてください!」と心の中で念じた。
◇ ◇ ◇
家の扉を開けた時、まず飛び込んでくるものがある。
金髪を揺らしキッチンから顔を出すティナの「おかえりなさい」の笑顔。そして決まってこの時間に鼻をくすぐる美味しそうな料理の匂い。この二つだ。
帰宅した俺を温かく迎えてくれる彼女は本当に天使で。そんなことをしてもらえる俺は幸せ者だ。
ジーンと幸せを噛みしめている時、背中を京子に突かれた。「ちょっと、何止まってんの。急に」という慌てた彼女の声に現実に戻された。
ふと違和感に気が付く。これはあの沈黙の晩餐会の時と同じ感覚だ。
案の定、靴が一つ多い。けどあの時と違うのは大きさ。明らかにサイズが大きいそれは男性物の革靴だった。
「誰か他にいる?」
靴を脱ぎ食卓へ。そこにいたのは大柄な白髪の混じった男の人だった。
イメージする歳に似合わない筋肉質な体で白いTシャツを着ている。真ん中には「一射入魂」とプリントされていた。
料理に勤しむティナはいつも通り。白いワンピースにエプロンをつけている。
男の人と向かい合うのはリリーナだ。普段着としてよく着ている桃色のジャージ姿で今回はナイフを持っていない。持っていたら困るけど。
場の雰囲気は刺々しいものではなく普段通りの我が家だ。そこは一安心だった。
男の人と目が合う。彼は微笑んで見せると俺に軽く会釈した。
「おじゃましています。佐久間映司君かな? オレは桐生京介。リリーちゃんの仕事仲間だ。よろしく」
「あ、どうも」
「帰ったか映司。こいつの事は気にしなくていい。なんなら今すぐに忘れてもいい。追い出すから待っていろ。それとリリーちゃんはやめろと何度も言っている」
「つれないねぇ。まぁ元々、長居はするつもりなかったけどね」
「まさか例の物を届けるのに直接、ここにくるとは聞いてなかったぞ」
「近くに用事あったからそのついでってやつだよ」
「そう言いながらティナを一目見てみたかっただけだろう?」
「あ、バレてる? いやぁ赤坂から可愛い子だとは聞いてたからね。エプロン姿も似合ってるしいいなぁ映司君は。オレもそういう高校生活したかった」
「桐生の高校生活などどうでもいい。早く帰れ」
「リリーちゃんもこう言ってるし、オレはそろそろ失礼するよ」
「えぇ!? もう帰るんですか!? みんなでご飯食べるんじゃないんですか!?」
ティナの流れを読まない素っ頓狂な声に俺は微笑んで。「いや、ゆっくりしていてください」と桐生という人に声をかけるとまた背中を肘で突かれた。
そう言えば今日は京子もいるんだった。
「また止まって! ちょっと何やって……」
振り向く俺の体からひょっこり京子は顔を出して。その時、彼女の体が固まった。
カタンという乾いた音が響いたと同時に、京子は持っているカバンを床に落としていた。
「……京子?」
自失茫然と立っている彼女にそう声をかけたのは俺じゃない。
見ると椅子に座っていた桐生さんも驚いた様子で京子を見つめていた。
「……父さん。なんで……ここで……」
父さん?
確かに京子は片親だ。母親一人に育てられたって聞いた。だけど父親については何も聞いていない。
苗字が違うということは、もしかしたら京子は母親の姓を名乗っているのかもしれない。偶然、俺の家で離婚した父親と会ってしまったのか。
京子の体はすごく震えていて。その様子から感動的な再会とはいかなそうだけど、話したいことは山ほどあるんだと思う。
彼女がなんて言うのか俺どころかリリーナすら固唾を呑んで見守る中、京子の足が一歩前に出た。
「こんなところで……父さんが……幽霊に化けて出るなんて!」
はい?
え、俺。もしかして幽霊見てる?




