第14話「銀の銃身」
「さぁリリーナちゃん。これが自慢のショコラシュークリームよぉん! だけどこれを食べるには条件があるわぁ! アタシに……」
「だが断る」
「話の最中に断らないでぇぇぇ! アタシにその綺麗な銀髪を……ナデナデさせてぇぇぇ!」
「はぁ? キモ……」
「ナデナデしたいアタシの欲望があぁぁぁぁ暴走するのよぉぉぉん! アアアアアァッ!」
「身の危険を感じる! 赤坂! 何をぼさっとしている! この変態を撃ち殺せ!」
「アアアアアァッ! 不思議パワァァアに押されるわ! だけどこれは試練! 愛に試練は付き物なのよッ! こんなものアタシの筋肉パワーで弾き返してあげるんだからッ! 力こそパワァァよッ!」
俺の横でリリーナと天城さんの熾烈な戦いが繰り広げられていた。
リリーナの念動力を単純な筋力だけで抑え込む天城さんは、いろんな意味で化け物だと思う。
目に見えないけどリリーナの念動力は物質だけでなく、空気にも干渉するらしい。圧縮して鈍器みたいに相手を殴ることもできるとか。たぶん横で繰り広げられている戦いは、念動力で壁を作ってるリリーナに対して、天城さんが力こそパワーとやらで突破を試みているのだと俺は読んだ。
もっともリリーナは本気を出せば人間も叩き潰せるとか言ってたから、たぶん手抜いているんだとは思う。
天城さんのカフェには実はよく行ってて。ここのコーヒーは美味しいし、デザートはうちの高校の女子にも人気あるけど、ランチとディナーも美味しいから。
今日は学校が午前中で終わり、遅い昼飯に「クラシオン」に来てみたらそこにリリーナがいて。誰かと話しているから思わず隠れてしまった。
そして彼女と話していた張本人が目の前にいる。黒いオールバックの髪に眼鏡、紺のスーツ。パッと見ればただのイケメンサラリーマンだ。だけど雰囲気というかオーラというか、何か他の人と違うものを感じた。
「佐久間映司さんですね。はじめまして。私は赤坂といいます」
「あ、佐久間です」
「リリーナさんとは数か月前に知り合いまして。彼女の生活面の保護や協力を条件に情報提供をしてもらっています」
生活面の保護。それならいつの間にか手に入れていたスマートフォンも説明がつく。
もしかして彼女が前に言っていた「イケおじ」って赤坂さんのことなのだろうか。
「もしかしてイケおじって……」
「イケ……なんですか?」
「いえ。なんでもないです。すみません。……あの情報って?」
「あなたが遭遇した死神の件です。あれは危険です。なのでリリーナさんに協力してもらい排除する動きがあります」
「あの……俺も何か情報提供は必要なんですか?」
「いえ。現状、その必要はないでしょう。あなたは高校生だ。普段通り生活していてください。決して我々はあなたに危害は加えませんし生活を脅かしたりはしません」
笑顔で語る赤坂さんの瞳の奥が冷たく感じた。詳しくはわからないけど、少なからず警察なら手帳をまず見せるはず。目の前にいるこの人はそれとは別の……おそらく一般人では関わることがない世界の人間なのだろうか。
深読みしすぎかもしれないけど、あのバイク圧死事件ももしかしたらこの人が裏で絡んでいたのかもしれない。リリーナの意味ありげな言葉もそれなら理解できる。
もしそうなら赤坂さんという人は「黒を白にできる」人なんだ。
その時、ふと気になった。
この人はどこまで知っているのだろうか。刻印のこと。リリーナのことを。
「あの変なこと聞くようですけど、リリーナのことをその……知っているんですか?」
我ながらおかしな質問だ。彼女が隣にいるのに「知っているのか」なんて。だけどこの言葉しか浮かんでこなかった。
俺の真意を読み取ったのか、赤坂さんはゆっくりうなずく。
「えぇ。知っています。リリーナさんがこことは違う世界からきたことも。魔法という力も。そして佐久間さんにつけられた刻印のこともです」
刻印ときいて体が一瞬、硬直したのを感じる。俺の頭の上に浮かぶ数値は三百五まで減っていた。
「リリーナさんの目的があなたのその刻印というものを排除することであることも知っています。そのためにはあの死神を何とかしなければならない。その点、私達とリリーナさんは目的が一致しています。ですが私達は基本、あなたの刻印には関与しません。それはご理解ください」
あくまでリリーナと目的が一緒なだけで、赤坂さん達が俺のために何かしてくれるわけではないらしい。
いくら死神に関係があるとはいえ、対抗する組織が俺という一個人に対応はしてはくれないだろう。考えてみれば当然の話だった。
「はぁぁぁ。やっと静まったか。この変態め」
店内に響き渡るような大きなため息を出して、リリーナがドカッと椅子に座った。乱暴な動きだったせいか俺に密着する位置だ。衣服から伝わる温かさと花のようないい匂いが漂う。
一緒に暮らすようになって二か月。喧嘩した時と比べたらずいぶんお互いの距離も縮まったなと思う。
ふと身を乗り出して天城さんの様子を伺う。
彼の巨体は大の字になって床に寝そべっていた。何故か顔は気持ち悪いくらい晴れやかな笑顔だった。すべてを出し切って憔悴したどころか恍惚しているみたいな。
見なかったことにして視線をリリーナへ移すと、こちらは幸せそうにシュークリームを頬張っていた。
「話は以上です。天城さんも満足したようですし私はこれにて失礼します。ではリリーナ。また後日に」
席を立ち店の外へと出ていく赤坂さんの後ろ姿を目で追う。
悪い人には見えない。だけどどこか氷のように冷たいというか、刃物のような切れ味のある雰囲気を纏っているように思えた。
視線を戻すとフォークを口に含んだまま俺を見つめるリリーナと目が合った。
「どうした?」
「いやあの赤坂さんって人。怖いなって思ってさ」
「怖いか。確かに普通ではないな」
「あの人と手を組んでリリーナは何をするの?」
「特殊部隊へと編入する」
特殊部隊。赤坂さんが言ってた「排除する動き」っておそらくこれのことか。
それに参加することでリリーナが武器を手に入れる。死神に対抗できるかもしれないこの世界の武器である「銃」を。だけどそれは彼女が今よりもっと危険な目に遭うことでもある。
俺も刻印は消したい。リリーナが協力してくれることで実現できるかもしれない。だけどそのために彼女は死神に立ち向かうことになる。
俺の本心ではリリーナに危険なことはさせたくなかった。人も殺して欲しくないし、何より傷ついてほしくない。
そんな複雑な心境が顔に出たのだろうか。どこか心配そうな表情でリリーナが俺の顔を覗き込む。
「なんだ。不安か?」
「俺はあんたを信用している。不安じゃないって言ったら嘘になるけど、何とかなると思ってる。それよりあんたが危険な目に遭わないか心配してるんだよ」
「ふん。自分の身より別な人間の身を案じるか。本当にお人よしだな」
「仕方ないだろ。そういう性分なんだよ俺は。ティナのことだってこれから先どうなるか心配だしさ。それに京子だって」
「あの幼馴染か」
「いつまでもこのままでいいのかなって思ってさ。俺はあいつのことを親友だと思ってるしずっとそうしてきた。だけどあいつはどうなのかなって」
「そういうのは本人に聞くのが一番いいと思うが。……だそうだ。おっぱい女」
リリーナが後ろへ振り向いた。俺も釣られて首をまわす。
その時、椅子の背からひょっこり顔を出している黒髪の少女が見えた。京子、お前はちょっと前の俺か。
「……バレてた?」
「とっくの昔にバレてる」
セリフまで一緒な彼女に俺は思わず苦笑して。京子は微笑むと俺達の向かいに座った。途中、大の字になってる天城さんをチラ見してたけど、全力で無視したらしい。
「天城さんがそこで寝てるのはスルーして。ええと。映司はあたしのこと親友だと思ってるんでしょ? それならいいじゃん。あたしだってそう思ってるんだからさ。今までと何も変わらないよ」
「まぁそうなんだけどさ」
「それにね。実は映司の様子が少しおかしいことも気づいてる。だけど聞かないでおこうと思う。もしあんたが話したくなったら話していいからね。でもこちらからは詮索しないから。理由はわからないけど、そっちのほうがいいんでしょ?」
「ありがとう。助かる」
「うんうん。だけどいい? 絶対、一人で背負い込まないでね」
京子の言葉に心が温かくなった。
シオンとかいう死神に会って刻印をつけられて。自分の残り寿命が毎日減っていく状況で、本当は気が狂っていたかもしれない。だけどティナの笑顔に救われている。
リリーナも俺を助けるために動いてくれている。現に銃器展示会では一度、俺を死神から助けてくれた。
そして京子も複雑な事情を察して協力してくれている。
刻印をつけられて俺は最大の不幸に見舞われたかもしれない。だけど助けてくれる人のおかげでこうして絶望せず生きていられるんだと思った。
「サンキューな。京子」
心の奥底から出た言葉に京子は微笑みを見せた。そしてメニューを持つとリリーナへ視線を送る。
「あんたにもこの前、酷いこといったからお詫びにフレッシュジュースおごる。ここのジュース、美味しいんだよ」
「別に気にしていないが。まぁせっかくの好意だ。いただいておくか」
「なんか素直じゃないなぁ。まぁいいけど。……天城さん。注文!」
カツンとなる靴の音。
京子の声に反応して大の字に寝ていた天城さんが光の速さでビシッと敬礼した。というか何故、敬礼したのか。
「あたし、フレッシュイチゴジュース」
「珍獣、フレッシュオレンジジュースだ」
「かしこまりッ!」
敬礼を解いてキッチンへと姿を消す天城さんの背中を一目みて。俺はいまだメニューを見ている京子に声をかけた。
「ところで京子。いつからここにいたの?」
「うーんとね。店の外であんたが盗み聞きしてたのを見かけて。脅かそうとひっそり侵入したら入れ違いになったの。それでそこのリリーナさんだっけ? 話してるの盗み聞きしようとしてたらあたしの話してたってわけ」
赤坂さんとの話は聞いていないようだ。そこは一安心。
その後、少し雑談している間にジュースが運ばれてきて。仲直りの品かと思いきやそれでも京子とリリーナの間にはなんか険悪な雰囲気が漂っている。顔には出てないけど、こうピリピリと肌を刺す感覚というか空気というかそんな感じ。
少し居心地が悪い。
二人がジュースを飲み終わったあたりで店を出た俺達は、三人揃って帰路についた。
その間、ずっとリリーナと京子の間にビリビリと電流が流れているみたいに見えて、俺は思わず苦笑した。
◇ ◇ ◇
椋見市内「銀狼」本部。
私の目の前にいくつかの実銃が置かれている。大きなテーブルを占領しているそれをまるで品定めするかのように、桐生は一つ一つ手に取っていた。
「ライフルは豊和か?」
「そうだ。SATから分けてもらった。弾薬は.300ウィンチェスターを使用する」
「ウィンチェスターだと有効射程は1000メートルを超えるが、まぁ動き回る人の頭に当てるのはまず無理だな。実質は100~600ってとこか」
赤坂と桐生の会話を聞きながら。私はとあるテーブルの上を眺めていた。
そこにあるのは赤坂が私のために用意したハンドガンの数々。銃に対する知識は到底、彼らには及ばないのでそれぞれの特徴についてはわからない。
ただその中で一つだけ私の視線を離さない子がいた。流麗なフォルムと輝く銀色の銃身。その銃は何故か私に「手に取って」と訴えているように思えてならなかった。
「リリーナ。興味があるものはあるか?」
私が熱心に見つめているのに気が付いたのか赤坂が語り掛けてくる。
迷わず銀色の子を手に取った。まるで喜ぶかのようにその子はより一層、輝いてみせた。
「センスがいいな。それはベレッタm92f自動拳銃だ。装填数は十五発。使用弾薬は9x19mmパラベラム弾だ。ダブルアクションを採用しているのもあり扱いやすい」
「この子にする」
「いいだろう。でも何故ベレッタを?」
赤坂の問いに私は自然に笑みがこぼれた。
「ある人が『綺麗だ』と言ってくれたこの髪と同じ色だからだ」




