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第13話「背水の陣(side リリーナ)」

 私はその日、赤坂に連れられてとあるカフェに足を運んでいた。

 店名は「クラシオン」という。なんでも「安息」を意味する言葉らしい。赤坂が扉を開けると同時に来客を示すカランとした鈴の音が鳴った。


 ここに来た経緯は私達と同行する「桐生京介」が「負けたらシュークリームをおごる」という賭けに敗れたからだ。

 彼は見るからに筋肉質の体格に白髪の混じった短髪の男で四十五歳だという。どうやら赤坂と古い知り合いのようで、今回の特殊部隊の隊長を務めることになっている。

 賭けというのはもちろん私に絡んだことだ。私が赤坂の設立した特殊部隊に入ることに桐生は不思議と疑問を投げなかったが、一つだけ提案をした。


「君の実力を見てみたい」


 そして「負けたら好きな食べ物をおごる」と豪語。私はその提案に「腕相撲で決める」ことを条件に承諾し、華麗に彼を吹き飛ばしてここ「クラシオン」に来ていた。

 なんでもこの店のスイーツは美味しいらしく女子にも人気なのだという。何故、四十も過ぎた男がそれを知っているのか、甚だ疑問だが聞かないでおこう。


 店内は女性に人気ということで華やかなイメージがあったが、思ったよりシックな内装だ。昼過ぎの平日ともあって中に客はいない。

 三人が入ると同時にカウンターにいた男がこちらに振り向く。

 黒のウェイターベストにエプロンをした彼は桐生に負けず劣らず筋骨隆々で、白いシャツからは筋肉の束が主張している。ウェイターより迷彩服のほうが似合いそうな大男だ。

 先頭を歩く赤坂を見るなり彼は拭いていたグラスを置き、口を開いた。それはきっと図太く芯に響くような声を響かせるだろう。


「あら~ん。赤坂さん。お久しぶりだわ~ん! 桐生ちゃんも久しぶりね」


「は?」


 確かに図太く芯に響く声だ。口調は別として。

 だがなんだこの「珍獣」は。見た目は明らかに男なのに口調は女のようだ。というより無理矢理、女言葉を使っているといったほうが正しい。アフトクラトラス広しといえどこんな変態じみた人間に会ったことがない。


「あら? 今日は女の子連れてるの? っていうか何!? ちょーーーーー可愛いじゃない! 誰!? 誰よ!? アタシに黙ってこっそり超絶美少女、作るなんて赤坂さんも隅に置けないわねぇ~ん!」


「赤坂。なんだこの珍獣は」


「珍獣なんて失礼ねん! アタシは心は乙女よ! 花の乙女!」


「やかましい珍獣。ぶち殺すぞ」


「イヤァァァン! 天城、コワァァイ! ていうかイイワ! すごくイイワ! その殺気! その冷酷さ! たまらないわぁ!」


 殺気に怯むどころがそれを吸収しさらにテンションをあげる化け物に、私は思わず後ずさりする。対処の仕方が思いつかない。攻めれば攻めるほどテンションを上げる怪物など経験がない。

 そんな私を察してか赤坂が庇うように前に出た。


「天城さん。彼女がいたくお気に入りのようだが、まずは席へ案内してくれないかな?」


「あら。そうだったわね。どうぞこちらに」


 変態が離れたことで内心、ほっと安堵した。

 赤坂の機転により珍獣の難を逃れ席についた私はメニューを見る。なるほど、確かにスイーツの類はかなり種類が多く、どれも美味しそうだ。あの珍獣が作るというのが少し気がかりだが、まぁ不味ければ捻り潰せばいいだろう。


 赤坂と桐生はコーヒーを。私は「フレッシュストロベリーシュークリーム」を選んだ。当然、桐生のおごりだ。春といえばイチゴが旬の時期。狙わないわけがない。

 ただ二人が注文したコーヒーという飲み物。映司もたまに飲んでいるのだが私にはどうも好かない。匂いどうこうではなく単純に見た目だ。黒い液体というものはどうしても抵抗感がある。


 しばらくすると天城とかいうあの珍獣がコーヒーを二つテーブルの上に置いた。桐生が揺れる黒い液体を一瞥した後、私の顔を見る。


「そういえばリリーちゃん」


「リリーちゃんってなんだ。気安く呼ぶな」


「コーヒーという飲み物は飲んだことある?」


「なんだ? 試しに私にそのドブ水を飲めというのか? お断りだ」


「ドブ水とは失礼しちゃうわぁん! きちんと豆から挽いて淹れているのよぉぉ!」


「おい。誰かあの変態を黙らせろ」


「リリーナ。天城さんは古い知り合いでね。今は現役を退いているがかつて軍人だった人だ。またこの建物の二階は一般人には非公開の宿舎となっている。必要最低限の設備が揃っていて、彼に言えば鍵を貸してくれる。もし匿ってもらいたい状況が生まれたら利用するといい」


「赤坂さん。彼じゃないわ。乙女よ! 乙女!」


「あぁ。そうだったな。失礼」


 赤坂が半分、呆れたような苦笑を浮かべずれた眼鏡を上げた。

 はじめて会った時の敬語はもはやない。私のほうから「君の仲間になるのならば、そんな言葉遣いは不要だろう」と提案した結果だ。

 テーブルの上にコトンと小さな音が鳴る。目の前に置かれたのは、白い皿に乗ったイチゴがまるごと一つ入っている大きめのシュークリーム。周りを果物とソースでデコレーションされた美しさが目を引いた。


「リリーナちゃんのために丹精込めて作ったわよ。当店自慢のフレッシュストロベリーシュークリーム。ぜひご賞味あれ!」


「お前の姿が近くになければもっと美味そうに見えただろうな」


「あらぁん。そういう冷たいところも素敵ねぇん」


 笑顔を浮かべる天城を一瞥して。

 私はナイフとフォークを手に取りシュークリームに切れ目を入れる。サクッと割れた中には桜色のクリーム。よく見ると生地もほんのりピンク色だ。

 口に運ぶ直前にイチゴの香りが鼻腔をくすぐる。舌の上で広がるのはフレッシュなイチゴの甘味と酸味。イチゴのつぶつぶ感が少し残るクリームはおそらく果実そのものを練りこんでいるのだろう。かなり手が込んでいる美味しい一品だ。

 天城は見た目と口調は珍獣だが腕は確かなようだ。女子に人気なのも納得する。


 彼……彼女か? この際どうでもいいが珍獣の評価が少しあがったところで。赤坂が眼鏡をクイッと上げた。

 その仕草は彼が何か話はじめる合図だ。


「さて。本題に入ろう。リリーナにここへ来てもらったのは他でもない。死神の情報の入手と我々がどうやって奴の対処をするか。その話をするためだ」


「それなら本部でもよかったんじゃないか?」


 私はシュークリームを頬張りながらそう口にした。

 赤坂が設立する特殊部隊の本部は椋見市にある。もっとも今はここにいる三人しかいない。


「オレが賭けで負けたからね。まぁ落ち着いて話できるならどこでもよかったし、ここなら天城いるし」


「そういうことだ。そこでリリーナ。具体的に死神に対抗する術を教えてくれないか?」


 じっくり咀嚼してイチゴの味を楽しんで。ごくんと飲み込むとフォークとナイフを皿の上に置く。


「基本、銃撃になるだろう。というか奴に近づいてはいけない」


「近づくってどれくらいの距離だ?」


「そうだな。目の前に立たれたらまず死んだと思っていい。距離的にも数百メートルは離れていないと安心できない」


「数百メートル!? リリーちゃんの話だと狙撃銃でないと対抗できないな。赤坂」


「そうなるな。部隊の編制にスナイパーを重視する必要が出てきた」


「それと仮に数百メートル離れた位置から銃撃できたとしてもそれで奴は殺せない。死神の体は強力な再生能力がある。胴体が半分消し飛んでも再生して襲いかかってくる。貫通力のある銃撃だと動きすら止まらないだろう」


「なぁリリーちゃん。あの銃器展示会で奴の頭を吹き飛ばしたアレ。レミントンM870なのは確認したが普通の実包のはずだ。だが奴は再生せずしばらく倒れていた。アレの仕組みはどうなってるの?」


「あれはたまたま落ちていた聖書の切れ端から精霊を呼び出して神聖付与したものだ。それにより奴の再生能力を阻害する。当然、そこが頭部といった急所だった場合、完全に死にはしないがしばらく奴は行動不能になるというわけだ」


「それを弾薬につけることができたら蜂の巣にできるわけか」


「理論上はな。だが数百発撃つ弾薬一つ一つに付与すると私が過労死する。神聖付与するならその一発で奴に壊滅的被害を与えられる何かでないとだめだ」


「そうなると大変だぞ赤坂。リリーちゃんの話を聞く分には爆弾は微妙だし、となると炸薬弾……それも対物ライフルで遠距離から吹き飛ばすことになる。手に入れるのに一苦労するぞ?」


「そうだな。だがやるしかない。それで死神を殺せるのなら私はなんでもするよ。桐生さん」


「……あぁ、そうだった。お前はそうだったな(・・・・・・)


 一瞬、訪れる沈黙。おそらく桐生も赤坂の妻子のことは知っているのだろう。未だ彼の心の中では復讐の炎が燃え上がっている。それも時間と共に徐々に黒煙を上げ巨大化している。


「話を戻そう。遠距離はそれでいいとして前線はどうする? 遠くからちまちま撃つだけなら駄目なんだろ? かといってオレらだと目の前に立たれたらもうアウトなんだっけ?」


「そうだ。だから前衛は私がやる」


「ちょちょちょ。ちょっとまった。いやリリーちゃんの強さはオレもわかったよ? だけど一人はいくらなんでも無理じゃないの?」


「というより私しか務まらない。これは赤坂にすでに言ってあるが私には魔法障壁がある。君達の目には見えないがわかりやすくいえば……奴の大鎌を防ぐことができる壁と思っていい。それで身を守れる私だけがこの世界で唯一、奴の目の前に立てるというわけだ」


 そこまで口にすると驚きで目を丸くしている桐生に口をほころばせ、残りのシュークリームを口へと運ぶ。チラリと赤坂を見ると眉一つ動かしてはいない。

 彼はすでに理解している。この作戦は私がいてはじめて成り立つものであり、私が死ねばそれですべてが終わる崖っぷちに立たされているということを。

 はじめから私達と死神には大きなハンディキャップがある。それを乗り越えて奴を仕留めなければならない。それも常に死と隣り合わせで。

 まさに背水の陣だ。


「本当なのか? 赤坂」


「承知している。だから私達は彼女を全面的にバックアップしていく。死なれたらもう成す術がない」


「史上最悪の作戦だな」


 大きなため息を吐き出し、桐生は頭を抱えた。

 かつて軍人だったという彼は今まで幾多の困難も乗り越えてきたのだろう。はじめて桐生に会った時の自信に溢れた顔は、それの表れだ。

 そんな彼でさえ頭を抱える難題を前に、私は平然とシュークリームの残った生地でソースを綺麗に絡めとり完食するとフォークとナイフを置いた。


「まぁ私はこの若さで死ぬつもりはないし、まだまだやりたいことはたくさんある。あんな頭のイカれた女に殺されてたまるか。ぶち殺してこの世界を謳歌するさ」


 その言葉に桐生は微笑みを浮かべると天城を呼び、別なシュークリームを頼んだ。


「ショコラのシュークリームだ。あいつの自信作らしい。食べてくれや」


「なんだ。おごりは一個じゃなかったのか?」


「最前線に立つメンバーには力をつけてもらわないとだからな」


 先程とは打って変わって屈託のない笑顔を浮かべる桐生に、私は微笑みで返した。

 するとおもむろに彼は立ち上がる。


「対物ライフルはオレのほうでも伝手を辿ってみるよ。メンバーはオレも確認するけど基本的に赤坂に一任する。それじゃオレはこれで失礼するよ。代金は払っておく」


 桐生はそう言い、椅子にかけてあった茶色のスプリングコートを羽織るとカウンターへと向かう。天城と軽く会話をした後、外へと出ていった。


「希望的観測に過ぎないが、我々にも対抗する術はありそうだ」


「……だそうだ。よかったな。映司(・・)


 私はゆっくり後ろを振り向いた。それと同時に見えるのは、ひょっこりと椅子の背から顔を出す映司の姿。


「……バレてた?」


「とっくの昔にバレてる」


 苦笑を浮かべる彼のその表情に、私は口元をほころばすと椅子から立ち上がり映司に手招きした。


「隣に座れ。いい機会だ。赤坂も話があるだろうからな」

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