26年1月16日号『邪推、そして邪推』
貴重なお時間を割いて、
無駄文に目を通してくださいまして、
誠にありがとうございます。
今年の直木賞と芥川賞の
受賞作が発表されました。
去年は生成AIの一部利用も含んで
話題になったのが
記憶に新しい所ですが、
常に斬新な話題がなければ
ただ歴史と伝統の中に埋没して
忘れ去られていくのが
トレンドの悲しき性。
悪目立ち……とまでは言いませんが、
記憶に残るようなインパクトが
あればいいんですけどね……
閑話休題……
邪推。
大辞泉先生によりますと
『他の人の行為を 悪い意味に
僻んで推量すること』
と明記されています。
40代の後半へと差し掛かっている
現状で、何方かに僻みの
感情を向けるのは
流石に少なくなってきましたが、
悟りを開いたかのように
全てを赦せるような心理状態に
なることはありません。
何せ、人間ですから。
今回はそんな逸般人の狭量たる
所以をご紹介しましょう。
めくるめく「知らんがな!」の
世界をお楽しみください。
改めまして、何時も無駄文を
御贔屓にしてくださって
感謝の言葉もございません。
無駄文の広告用に利用している
SNSも開設してから
10年近くになっているのか、
様々な方から
フォローをいただいておりまして、
どうやら3,000名近い
フォロワーさんがいらっしゃるとか。
類は友を呼ぶとは言われるように、
基本的にSNSのフォロワーさんは
作家・ライトノベル作家を夢見て
日々研鑽を重ねておられたり、
そうでなくても
ライフワークとして
日々更新されている方も
数多くいらっしゃいます。
その定義も曖昧な「面白い」を
求めて苦心を積み重ねる様子は
すっかり放棄している
逸般人にとっては
尊敬の念を積み重ねるばかりです。
しかし、SNSは基本ドライで
挨拶や固定ポストの引用と
交流をくださる方が稀有で、
大体はアクションのみ。
それならまだいい方でして、
フォローくださるのは有難いですが、
交流もなければ挨拶もない。
これは何なんだろうと考えますと
そこにあるのが
アカウントの下に書かれている
フォロワーの数=拡散力があると
思われ、数を増やすためには
このアカウントはうってつけである。
アカウント本人を見るワケではなく、
その後ろに控えている
数千アカウントを見ている。
承認欲求と利己主義が渦巻くのがSNS。
来る者拒まず去る者追わずの
スタンスを貫いていると主張しても
無視されている感が
ひしひしと感じられて
憤懣やる方ない思いに駆られる。
すっかり慣れていますから
流すこともできはしますが、
人間ができているわけではなく、
重めの溜め息を落とすのです。




