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<後> 想い、響け

「ぐぬぬぬ……」

 幸助は奥歯をギリギリと鳴らしながら、パソコンと対面していた。画面にはワープロソフトが表示してあるが、何も書かれておらず、真っ白だった。小説を新たに書き始めるときに起こる、どうやっても一文字目が書きはじめられない現象。幸助はこの現象を『白色の悪魔』と呼んでいる。こうなってしまうと何も進まない。


 『白色の悪魔』と対面し、過去には何度も打ち破ったこともある。ただ今回の敵はかなり強い。先輩の卒業式に向けて書き始めてからというもの、毎日のようにこいつと戦っている。

 本来ならなんでもない敵なのだと思う。臆する必要すらなく、ほんの少しきっかけ、例えば黒い点があるだけ、それだけで解決しそうだ。しかし幸助の目の前にいる『白色の悪魔』はちょっとやそっとじゃ動いてくれないようだ。

 俺はその先に向かわなければならない。この悪魔をぶっ潰して、先に進まねばならない。

 そうしないと何も始まらないことは幸助が一番理解している。

 だから何とかしなくちゃと、焦りばかりが募っていく。


 幸助はガリガリと頭を掻きむしった。

「こいつっぅふううううううううう、マジで勘弁してくれ……」

 とうとう幸助は『白色の悪魔』相手に跪くことになった。睨み合い、考えて、考えて、睨み合い、また考えて。なんてことを続けて早五日。戦績は零勝五敗、ボコボコである。いたずらに消費されていくコーヒーと共に、今日もまたその悪魔に敗戦する。


 ちらりと視線を外すと会社の名前が書かれたカレンダーが貼ってある。この間明日香が書いていった期日と熊と脅し文句。再び見て、思わずため息をつく。

「はーもう。どうしよう」

 白色の天井を仰ぎ、「ここも白かよ」とツッコミを入れた。

 もう、白いものは見たくない。


 ……案がないわけではない。そう、ないわけではないのだ。

 ただそれが、どうにも、メッセージと小説の中間になりえてしまいそうで……頭を抱える。

 そうこうしている内に日数はどんどん消費されていてしまい、ついにあと二日となってしまった。

「もう、駄目かもしれん……」

 吐き出した言葉は今まで一度も口にしたことがない、降伏の予兆。白旗を上げる寸前、タオルを投げる直前、「参りました」を言う目前。

 幸助は初めて、『白色の悪魔』との戦いから自らの身を引こうとしている。

 

―――わざわざアイツが言うやり方に合わせなくてもいいんじゃないか?


 心の声が聞こえてくる。


「そうかなぁ」

 ―――そうだよ、いいじゃんかわざわざ小説じゃなくても、メッセージカードでいいじゃないか。

「でも、アイツに怒られそうだよなぁ」

 ―――構うもんか、「有難う御座いました、大学でも頑張って下さい」とか書いてさくっと渡して終わりでいいだろ? お前も気持ちは隠し通すつもりでいたんだろ。

「確かに、書いたら確実にばれる」

 ―――だろ? だからさ


 脳内に響く声に耳を傾けていたら、今度は現実でスマートフォンが激しく鳴いた。

 慌てて取り、画面を見たら「成海先輩」の文字。逸る気持ちを抑えて、通話ボタンを押した。

「後輩君、今大丈夫か?」

 澄みわたる、よく通る声。

「はい、珍しいですね。先輩から電話なんて」

「ああ、まあな。ちょっと出て来てくれないか? 学校の屋上にいるから」

「わかりました。すぐに行きます」

 一言告げ、通話を切った。すぐにコートを羽織、外へ飛び出す。

 見慣れた通学路を駆け抜けていく。


 一体どうしたんだろう? 幸助は考える。

 もしかして、明日香がうっかり口を滑らして、俺たちが小説を書いていることがばれたとか? いやだったら別に呼び出さなくてもいいか。それとも、部活のことだろうか、来年二人しかいないからこのままだと廃部になりそうだし。でもそれなら頑張れと言われるだけのような気もする。呼び出される理由がさっぱりわからない。


――――ここここここ告白されるんじゃ……?


 やめよう、自分の欲求から考えたいところではあるけど、たぶん違う。成海先輩は俺に好感はあれど好意は持っていなかった。俺に対する態度は他の人と変わらないし、特別なことなんてなかったはず。第一俺自身が動いていない。俺が努力していないのに、先輩が振り向いてくれるなんておこがましい。


 学校は徒歩圏内なので、走ればすぐに着く。重苦しい鉄の扉を開けると、三月に入ったのにまだ冷たい風が幸助の頬を撫でた。屋上にはフェンス越しに外を見ている成海の姿があった。

 声をかけようとして思わず踏みとどまる。いつもの制服で、いつもの髪形で、いつもの……でも何かが違う気がした。

 フェンス越しに通いなれた校舎を見ているのだろうか、成海の後ろ姿は、どこか寂しさを孕んだ雰囲気に包まれている。なんだか、いけないものを見たような、触れては駄目なような気がして、幸助は思わず開けた扉を閉めようとしてしまった。しかし、扉を閉めようとする手を、自分の手で押し鎮めた。


―――何やってんだ俺は……。逃げちゃダメだろ。


 ぐっとこらえて、屋上へ踏み込んだ。そして、いつもの自分を装い、話しかける。

「先輩、来ましたよ」

 幸助が声を掛けると、成海はゆっくりとこちらを振り返る。

「おお、来てくれたか。ありがとう」

 その顔は至っていつも通りだった。無理していつも通りを装っているようにも見えた。

 だから、率直に聞いてみることにした。

「どうかしたんですか? なんか悩んでいるみたいに見えます」

 成海は面食らったような顔で振り向いた。そしてまた表情に暗い影が差す。

「そうか。わかってしまうんだな」

「一年も一緒にいたんで、わかりますよ。話くらい聞かせてください」

「ありがとう、私は本当にいい後輩に恵まれた」

 そう言ってもらえるのは素直にうれしいことだ。

 幸助はフェンスの近くにいる成海の横に立つ。


「後輩君は文芸部の活動、好きか?」

幸助にとってその質問は予想外だった。「え、なんでですか?」としか返せない。

「君は明日香に無理やり連れてこられていただろう? 当初は入りたい部活も有ったと聞いているし、後悔していないのかなと聞きたかったんだ」

なんだ、そんなこと……

「後悔なんてしてるわけないじゃないですか。そりゃあ最初はなんてこったって思いましたけど、一年通してみて、やっぱりこの部活にはいってよかったって、思うようになりましたよ」

「そうか、それならいいんだ」

 それでも成海の笑顔は戻らない。明日香と遊んでいるときの、弾けるような笑顔をもう一度見たい。


「先輩覚えてますか? 春の新歓のとき。俺が一生懸命書いている横で、明日香と一緒にボードゲームで遊んでいたこと」

「覚えているが、それは悪かったと言っているだろう!」

怒った。ようやく変化を見ることができた。

「夏は合宿に行きましたね。俺、今まで音楽を聴きながらだと、小説は書けなかったんですが、波の音を聞きながら小説を書くと、予想以上に筆が進んで楽しかったです」

「予算がないからって三人でテント張ったんだよな。あれは楽しかった」

「俺はテントなしで寝袋だけでしたけどね、蚊に刺されまくって死にそうでしたよ。秋には……」

 他愛のない思い出話で盛り上がった。

 こうやって話していると、幸助にとって大変なこともあったけれど、それが全て楽しい思い出に変わっているから不思議だ。成海はぎゅっとフェンスを握り締める。


「一年間という月日は人生で見たらほんの一握りの時間かもしれない。でも、この一年は本当に楽しかった。ずっと続いてもいいと思えるほどだ。君たちに会えてよかったと心の底から思っている」

だけど、と成海は続ける。

「私は君たちに何か残せたのだろうか」

 成海の不安そうな顔見て、幸助は心の奥底に炎が灯っていくのを感じた。その炎は瞬く間に全身に広がり、己の体を焼き尽くすように燃え上っていく。

 ――こんな顔させたままで、先輩を卒業させていいはずがないだろ。

 俺の心の中にある感情は一言では説明できない。そしてその気持ちを全部とまで言わないけれども少しでもわかってほしい。この言葉にできない感情はメッセージカード程度では伝えきれるものではない。 

 ――伝えるのなら……。

 幸助は成海の両肩をがっしりと掴んで、無理やりにでもこちらを向かせる。


「先輩、約束しますよ」

 その切れ長の目を力強く見つめた。

「先輩がいかに大きな存在だったか、小説で証明して見せます」

 最初は驚いた表情が先行した成海も、最後は小さくはにかんでいた。



 それからの二日間、幸助は怒涛の追い上げだった。『白色の悪魔』はいたかもしれないが、いつの間にか打ち負かしていた。自分にとって一番大切なものが分かった今、心の中に灯る炎は留まることを知らない。

 寝る間も、場合によっては食事する間も惜しみ、書き上げたのはたった原稿用紙十枚のラブストーリー。普段ならもっと多くの言葉で紡いだであろうストーリーを幸助はあえてこの枚数に収めた。

 もがいて、足掻いて、苦しんで、導き出した文字たちが今、幸助の手の上にある。


―――これが今の俺の全て。そして俺が先輩からもらったものの全てだ。


 走り回って、何とか成海を見つけることができた。汗を拭って顔を上げる。

 学校の屋上、フェンスの近く、成海はこちらを見て申し訳なさそうに佇んでいた。暖かい春風がどこかの花の香りを纏い、成海の髪を、幸助の頬を撫でる。成海の胸ポケットの近くには卒業生の証であるピンクの造花が付けられていて、本当に卒業するんだと実感させられた。

 卒業するなんて、本当に遠いことだと思っていたのに。

 三人で過ごしてきたあの日々が、ずっと続けばいいなんて考えていたことを思い出し、幸助は静かに動揺する。けれど、今日が最後なのだ。これでもしかしたらもう会えないかもしれないのだ。

 決心して歩みを進める。


「先輩、約束していた俺の小説です」

歩みを進めるごとに心臓が送られてくる熱量が増していく。それは緊張か高揚にも感じられるものだ。自分の顔が熱くなっていることは重々わかっている。これを読まれたら自分の気持ちが伝わってしまうのもわかりきっている。それでも、読んでもらいたい。

他でもない、この小説は成海先輩のために書いたものだから。

「読んでください」

 目の前まで近寄り、印刷した原稿を差し出す。

「もちろんだ、後輩君。私が君の小説を読まないわけないだろ」

 成海は原稿を受け取ると、すぐに読み始めた。


成海が読んでいる時間は、一秒が十分に感じられるほど、長く感じた。思わず手を動かしたり、たたらを踏んだりしそうになるが、待っている間はしゃんとしようと足に力を入れる。

 やがて成海は原稿の最後まで読み切り、顔を上げた。

「読み終わったよ。捻くれた後輩と切れ目の先輩が紡ぐ、愚直で、だけど絶対に誤魔化せないラブストーリー……」

 成海は大きく息を吸い込んで、


「――最高だ!」


 このときの成海の笑顔を、幸助は忘れられないだろう。

 突き抜けるような蒼い空とピンクの花びらが舞踊る。その中で成海は、涙で濡れた目を細めて心から嬉しそうに笑っていた。その姿に、また目を奪われる。

「ありがとう、幸助君!」

 ……初めて、名前で、呼んで貰えた。――――でも、まだ終わりじゃない。

小説で伝わってしまっているだろうけど、もう成海も答えを出しているだろうけど、自分の口で、自分の言葉で、自分の心を伝えたい。


「成海先輩。俺は―――」

 幸助の想いは、音と成って、成海へと届くだろう。

 音は成海の心音と重なって響き渡り、


――――まだ見ぬ、新しい世界へと旅立つ勇気になる。



 成海を見送った後、人のいなくなった校庭に出ると、そこに明日香の姿があった。

 砂ばかりの校庭は夕日で赤く染まっている。両手を開いて、バランスを保ちつつ、片足飛びでトラックを進んでいくその姿は、少しおかしかった。

「なにやってんだ?」

「見てわかんない? 片足跳び競争、昔よくやったよね」

「そうだっけ?」

「毎日やってたよ。それで私が毎回勝ってた」

「嘘つくなよ。勝ったのは俺だ」

「覚えてないくせにー」

 にしししと笑う。その笑い方は新歓や文化祭のときの笑い方と同じで。


 ――ああ、そういうことか。俺はまた明日香の策略に嵌ってしまったようだ。


 幸助は明日香と目を合わせないように、その場にしゃがみ込む。

「俺、フラれちゃったよ」

「そっか……」

「でも、いや、だからかな。ちょっとすっきりした。俺、今回のことがなかったら、ずっともやもやした気持ちを抱えたままだっただろうから」

 しゃがみ込んだ幸助の体に、影が掛かる。思わず顔を上げると、やさしい笑顔を向けてくれる明日香の姿があった。次の言葉は決まっている。


「……ありがとう、明日香先輩」

「いいってことよ、後輩君」

「その後輩君って言うのは止めてくれ」

「いいじゃん」

「良くない。唇尖らして拗ねても無駄だ。なに可愛い子アピールしてんだよ」

「えー、私可愛いもん!」

「はいはい」

「真面目に聞けよー!」

 抗議をする明日香を無視して、幸助は立ち上がった。


 やることはいっぱいある。ここで立ち止まってなどいられない。

 天へ向かって大きく伸びをした後に、校舎へと歩きだした。

「明日香先輩、これからやること一杯だぞ。早速だが廃部の危機だ。文芸部に新入生を入れよう。せめて二人、いや三人は欲しいな。そしたら伝統の新歓用部誌の発行があるだろ? 終わったらちょうど夏の執筆合宿のこと考えないといけないし……ってあれ? 明日香先輩? なんでついてこないんだよ」

 振り返ると呆けたように突っ立っている明日香の姿があった。

 幸助は顔を顰める。


「どうした明日香先輩?」

「いや、なんか、幸助変わったなって」

「変わった?」

「なんていうか……」

 明日香は顎に手を当てて、首をぐるぐると動かす。眉間に皺がより、何かを引っ張り出そうとしているようだ。そして出てきたのか手をポンと打つ。指を突きつけて、

「大人になった!」

「大人?」

「うん、なんか『先輩』っていう風格出てきたよ」

そうだろうか? 自分ではよくわからない。常に隣にいて、見ていた明日香が言うのだから間違いないのだろう。


たったったったーと明日香は走り寄ってきて、幸助の目の前で笑顔を見せる。

「これからも宜しくね、後輩君」

「よろしく明日香先輩……だから後輩君はやめてって」

 こうはいく~んこうはいく~んこ~は~いく~ん、と謎の音楽を口ずさみながら、明日香は一人先に校舎へと向かってしまう。

 その様子を見て幸助は苦笑を漏らした。


 それから数時間後。成海は自室に帰っていた。

ベッドと勉強机以外、物の少ない質素な部屋だ。机の上には明日香にもらった小説の原稿と卒業証書、そしてアメリカ行きの航空券が一枚置いてある。

成海は早速ベッドに横になると、幸助が書いてくれた小説を読み返す。

平凡だけど、心が温まるそのストーリーに思わず没頭する。母親が入ってきたことにすら気づかないぐらい。


「成海、ご飯よ」

「わっ、お母さん。……びっくりさせないでよ」

「声掛けたじゃない、ニヤニヤしてばっかで反応しないし……。何読んでたの?」

「わあああああああああああああああああああああ!!」

 覗き込もうとする母親を阻止するように、大声を上げて両手を振り回す。

「なんでもない。なんでもない……から」

「そう?」

 顔を真っ赤にして取り乱す娘を、詰問するようにじっと見つめる。その視線に耐えかねて、成海は母の背中を無理やり押した。

「ほら、速く行かないとご飯冷めちゃうんでしょ」

「あ、ちょっと気になる! お母さん気にな」

 バタンと扉が強く締められ、電気がつけっぱなしの自室は静寂に包まれる。


 ベッドの上に置かれた原稿、見えているのは小説の一頁目。

 右下端に小さく書かれている願いごとのような一言。


 ――――――想い、響け


投稿日である3月19日は、後輩の卒業式でした。そして1年前は自分の卒業式で、あれから何か変わったかな? と自問自答したら、……社会の不条理と理不尽によって自分がひん曲がったような気がします。そんなもんだー(☝ ՞ਊ ՞)☝


 さてここまでお読みいただいて、ありがとうございました。駄文乱れ飛ぶ中、よくここまでお読みいただいたと、心の底から感謝いたします。皆さんが楽しんでくだされば作者冥利に尽きます。₍₍ (ง ˙ω˙)ว ⁾⁾ 踊らずにはいられない。


 最後になってしまいましたが定番の……。卒業生のみなさん、おめでとうございます! 在校生のみなさん、これからも頑張って下さい! 

 それでは、また次の作品で ٩( 'ω' )و ガンバルぞい


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