<前> 叫び、戸惑う
職場で同期と話していた時のこと、
「クールビューティーだけどテンパリストな先輩ってすごい良くね?」
「いや、年上なのに子供っぽい幼馴染の先輩なんて最高だぞ」
「えっ?」
「えっ?」
となったので書きました。――――――反省はしません。
「成海先輩はどこにいるんだ」
小声で呟く。
卒業式が終わり、先輩方にとっての最後のホームルームが終わると、騒がしさは校舎から外に移ったようだ。微かなざわめきが窓越しに聞こえてくる。
幸助は校舎中を駆け巡り、一人の卒業生を探していた。クールなのに少し意地っ張りで、明日香と絡むとすぐ調子に乗るのに、追い込まれるとすぐにテンパって泣いてしまう。
一言で言うとほっとけない人。
「先輩にこの小説を読んで貰わないと、俺は先に進めない!」
右手に持っている原稿を皺が付かないように持ち直す。
思い出が寄り添う校舎を何度も駆け廻った。最後に残ったのは、屋上だけ。息を飲み、重たい鉄の扉をゆっくりと開けた。
途端に舞い込んでくる暖かい風と花の香り。その中に探していた姿があった。
――――――三月七日。快晴の空の下、各々の想いが交差する。
*
寒風吹きすさぶ二月最終日、文芸部の活動を終えて下校中のときのこと。
「成海先輩のために、小説書こうよ!」
と言い始めたのは幼馴染の明日香だった。幸助の一つ上であるが、子どもっぽく身長が小さい。クラス平均の身長を持つ幸助の胸のあたりに明日香の頭があるほどだ。
高い位置で結われた黒髪によって全長はぎりぎり肩にかかる程度になっているが、それも「身長で幸助に負けるなんて絶対嫌だ」という年上と思えない理由からだった。幸助にとっては先輩というよりも面倒のかかる妹という印象がぬぐえない。
この提案をした時も、右手を大きく伸ばし、つま先立ちでなるべく大きく見せようとしてくる。その仕草もまた子供っぽく、幸助は思わずため息をついた。
「メッセージカードとか、寄せ書きとかじゃ駄目なのか?」
「こら! 先輩には敬語を使いなさいって一年間みっちり教えたでしょ?」
いや、無理だから。今更変えられない。何年一緒にいたと思っているんだ。
明日香は頬を膨らませながらこちらを睨みつけてくる。しばらく間近で目線を合わせて……イラッ! そのあざとい姿を見て幸助はこめかみをぴくつかせた。
――――パン!
「ぶうはぁ! いったあああああああああああ!!」
左右からおもいっきり挟み撃ちにしてやった。はっはっは! ざまーみろ! と思ったら明日香の口から唾が飛んできて、幸助の顔に大量に被弾―――!
「ぎぃゃあああああああああああああああああ!!」
お互いに顔を抑えながらその場に蹲ることになった。
お互いのダメージから回復するまでしばらく蹲り、どちらからともなくまた歩きはじめる。歩きはじめるタイミングは全く同じ、最早、阿吽の呼吸である。
明日香は不満げな顔を幸助に向けた。
「まだヒリヒリする。ってか幸助は別にダメージ受けてないじゃん」
「精神的ダメージ受けてたの! 唾めっちゃ飛んできたからな!」
「えーそんなに嫌がることかな? むしろご褒美でしょ!」
こいつ何言ってんだ。 一転して恐怖を覚える。
首を大きく振り、話を戻す。幸助は肝心の内容を未だに聞けていない。
「それで、結局どうすんだ?」
「だから敬語を……まあいいや、幸助だし」
明日香は肩を竦めた。
そして、幸助から視線を逸らし、話し始める。
「成海先輩が今年で卒業じゃない? だから文芸部らしく、小説で送り出そうよっていう話」
「なるほど、文芸部らしいっちゃらしいかもな」
私立である幸助たちの学校は、三月になると一気に閑散としはじめる。ほとんどの人の受験が終わり、新生活に向けて準備をし始めるからだ。
今年文芸部の卒業生は一名。文芸部の部員は幸助と明日香だけになってしまう。
明日香にとっては二年間、幸助にとっては一年間、みっちりお世話になった先輩だ。幸助にとってももちろんお礼はしたい相手だ、それ以上に……。
幸助から見た成海はとにかく頼もしい人。長身で艶のある長い黒髪をストレートに下し、立ち歩くその姿はまさしく威風堂々。元文芸部部長兼生徒会長で、鋭く切れる瞳は迷うことなく物事の本質を見抜く。いかにも将来はキャリアウーマンとしてバリバリ仕事をしていきそうな人だ。
もちろん人には硬い部分があれば、柔らかいところもある。実は本を参考書以外で読んだことがないとか、お笑いが大好きなところとか、実は恥ずかしがり屋なところとか(全校集会の会長挨拶のとき、舞台ではしっかりしてたのに、舞台袖ではテンパりまくっていた。挙句に泣いていた)、挙げればキリがない。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるその体型と冷たい視線から一部熱狂的なファンがいるらしいと聞いたことまである。
成海先輩が卒業してしまうなんて、今まであんまり考えなかったけれど、実はもう目の前だ。
……寂しく……なる…………。
「どうかした?」
明日香に覗きこまれていた。なんでもないというふうに首を振る。
「もう残りの日にちも少ないし、掌編ぐらいでいいか?」
「うん」
「ジャンルは?」
「ラブストーリーで」
「ぶぅはあぁ」
今度は幸助が唾を吹く番だった。見事、その唾は、今度は明日香の顔面に跳び、
「うっはあああああああああ!」
と明日香が顔面を抑えて蹲ることになる。
一方の幸助は顔面に熱が集まっていくのを感じていた。それこそ火が出る勢いで。
ラブ? よりもよってラブ? だと、そんなの卒業式の日に渡されたら先輩が困るじゃないか、俺は別に書くことは構わないが先輩の迷惑になることを考えるとさすがに書きづらいというか卒業式の日じゃなくてもいいというか、後輩から卒業式の日に第二ボタン下さいって言ってもらえるのは俺だったら嬉しいけど、でも後輩から卒業式の日にラブレター貰うだなんて先輩はやっぱり迷惑に思うだろうしおおおおおおおおおお……。
「なななな、なんで? よよよよよりもよってラブレターなんだ?」
「誰もラブレターなんて言ってないけど」
「あっ……」
墓穴を掘った。掘って掘って、深く掘れたら、もういっそその穴に入って埋まってしまいたいとさえ思う。
「あああああああああああああああああ」
どこから出したかわからない悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。この失態は最早膝をつくレベルではない。そのままゴロゴロと転がって逃げたくなる。
この想いは誰にも話さず、静かに終わらせるつもりだったのに。こんなしょうもないところでもらしてしまうなんて。しかも相手がよりによって明日香とはこれはヤバい。おしゃべりな明日香のことだ。リツイートと同じ勢いで地元に拡散していくに違いない。通学路では近所の奥様のネタとして使われ、そして夕食で母さんに笑われるのだ。「アンタそういう人いたんだってね、プププ、青春じゃない」とか言われるのだ。
絶望のバッドエンドまで見えてもはや悲鳴を上げることすらできない。
明日香は項垂れる幸助の傍らにしゃがみ込んだ。
「なんでラブストーリーとラブレター間違えたくらいでそんなに慌ててるの?」
「はっ!」
再び墓穴を掘った。
もはやマントルまで届いているんじゃないか? どこだよ俺の穴早く入れさせてくれよ。なんならそのまま俺を焼き殺して欲しい。
しかし、現実はもちろん簡単ではない。都合よくマントルに続く穴など存在しないのだ。もはや思考がオーバーヒートしかけている幸助は「な、なんでもない」という一言で呟くので精一杯だった。
尋常じゃないほど慌てる幸助に明日香は白い目を向けるものの、「ま、いっか」と納得したように呟いた。腰を手に当て、指をこちらに向け、いつものように告げる。
「とにかく、内容はラブストーリーで、コメディ入れるのナシね。わかった?」
「わ、わかった」
その後明日香はわざわざ家まで来て、パソコン近くのカレンダーに締切日を書いていった。かなりリアルな熊と共に……。『卒業式当日!』とポップな文字、リアルに描かれた熊が話すのは「破ったらしめるぞ♡」という不吉な言葉。
なに? 「破ったらしめるぞ♡」ってかわいく言えばいいと思ってるの? 言ってること唯のヤンキーだからね。
「怖……」
明日香はやるときはやる女だ。幼馴染の幸助には痛いほどそれが分かっていた。
しかし、リアルな熊を見て、幸助はふと首をひねる。
明日香はいつも元気で強引で傍若無人で、こちらのことなんて全然考えていなくて……とにかく無理難題を押し付けることが多い。
例えば今年の春、新入生として心機一転、運動部にでも入るかとポスターを眺めていたら、
「幸助は文芸部入るよね?」
「え? ああ俺……」
「はい決定! 成海先輩一人確保でーす!」
と勝手に入部を決められた挙句、
「じゃあ新歓用に部誌作るから長編一本よこして。うち部員少ないうえに新歓用部誌のページ数は伝統で決められているから、一人あたりのページ数が多くなるんだよね。期限は一週間以内ね」
「はあ!? 無茶言うなよ、ネタもなければ構想も練ってな……」
「……」
「おいどこ行くんだよ! 無視すんなコラ!」
とか無理難題を押し付けられたり、
秋の文化祭では、
「部誌の売れ行きが悪いと、来年の部費が減ってしまいます。なので部誌を売ってきて!」
「はぁ、その辺売り歩けばいいのか?」
「成海先輩! 今一番売上いいのはどこですか?」
「うむ、去年同様アメフト部の屋台『YAKISOBAYA』だな」
「じゃあその真ん前で売ってきて」
「はあ!? 無茶言うなよ! 後で俺がなにされるか……」
「私も去年成海先輩に押し付けられて、実行して、今ここにいるから大丈夫だー、いけー!」
「大丈夫だ後輩君、私も私の上の先輩に言われてやったが、結構楽しかったぞ」
「いやいやいや、女と男じゃ扱いの差が雲泥ですって」
「いいからいけーー!!」
と言われて、物陰から監視され、かつアメフト部に睨まれながら売りに走ったり……。
終わった後に部室に行ったら、明日香がイタズラ成功みたいな顔でにしししと、笑っていたり……。
……今思うとロクなことがない。しかし、今回の一件を見ると、そんな無茶があるように思えないし、何かを仕掛けているようにも思えない。普段とは何かが違う気がするのだ。
カレンダーの前で頭を捻り、ついでに体も捻りながら考えるが、特に何か思い当たる節はない。
「ま、いっか」
とりあえず書かなければ。せっかく、先輩の卒業式に渡す小説なんだ。最高の質で仕上げたい。気合を入れて、パソコンに向かった。
――――しかし、本当の困難はこれからだった……。
もう少しだけ続きます。




