08《閑話:木村の困惑》
木村は困惑していた。
手を変え品を変え、用意周到に安全策を取りつつ、長年に渡って築き上げたネットワークを駆使して金次第でどんな物でも買い付けるのが一流のブローカーだと木村は考えている。この仕事を初めてもう長いが個人のブローカーとしては十分に名前も売れ、成功していると言える。
端山という男と直接話した事はない。初回の取引の前に信用調査を行い、事業の成功により膨大な財と地位を持つ男だと云う事が判明し取引に至った。
初めての取引からは五年以上経つが、毎回金払いもよく、意外と人間味に溢れ、無駄なことを訊いてこない男で木村も好感を抱いていた。
そんな男からのメールの文面は、
『俺は少し前から異世界らしき所に飛ばされている。現状連絡を取れたのは木村だけ。恐らく荷物の受け渡しに使用できるのは宅配ボックスのみ。信じる信じないは任せるが、出来るならこれまで通り注文を受けて欲しい』
依頼してきたのは、米や酒、大工道具に銃器と多岐に渡っていたが、理解に苦しんだのが日本製生理用品だった。
確かに注文されれば何でも揃えるが、別に普通の通販会社で買える商品ばかりだ。
不審に感じつつ、しかし疑う素振りは見せずに、宅配ボックスに予定通り荷物を入れてから近くに停めた車内で一睡もせず監視する。
翌日確認すると、中身が消えていた。
誰も開けていない事は反対側から見張らせていた部下の証言からも明らかで、ボックス内部に隠せるようなスペースは無い。
後日、ボックスを埋め込んでいる外壁とその地下を超音波検査したものの不審な点は一切見当たらない。
入れたものがいつの間にか消えてゆき、その後確かに受け取ったというメールがいつも通り来るのだ。
こうなってはもう、勿論全てでは無いが信じる他に無い。
端山の話では自宅ごと何処かに移動したらしいが、こちらにも依然立派な家は建っている。
部下に記録を調べさせたが地震はそれほど大きなモノではなかった。
ただし人の気配は全く無いので、この家を木村は抜け殻のようなものだと勝手に理解している。
その後も多方面に渡って大量の物資を発注されたが、如何せんボックスのサイズ的に一度に送れる量が少ない。
相談の結果、端山の金で自宅近くに新たに空き地を借り、大きめの農業倉庫に偽装したプレハブを建てて物資を仮置きして、木村の信用できる部下に一日数度に分けて納入させる事になった。
木村自身もしばらくは日本に留まる事になるだろうが、それもいいと思っている。
「それにしても妙なことになった……まったく人生何が起こるか分からんなぁ」
一日で組み立てられたプレハブ倉庫に偽装トラックから荷物を運びこむ部下の姿を横目に見つつ、薄く笑うと田舎道には似合わない高級車に乗り込んでいった。