06《四人の決意》
「だけどよマサ、ホントに世話んなって良いのか? 長期に為るかも知れねぇんだぞ?」
「そうっすよね……、飲み水は魔法でなんとかなるとしても、食べ物なんかの消費は……」
バイクを押しながら帰路に付いていると獅冬達が訊いてくる。この状況下でも他人への配慮、気遣いを失念しないというのは、やはり日本人らしい素晴らしい心がけで好感が持てる。が、厳つい獅冬と軽薄そうな晴彦には全く似合わない。
「どんな家を想像してるかは知らんが部屋も空いているし、水や食料の備蓄も問題ない。それに妙なことをすれば力ずくで排除させてもらうだけだ。」
そこでニヤリと笑みを浮かべながら振り返り、釘を刺す。
「恩人にそんなことしないっすよ!!」
「そうだな、恩に後ろ足で砂をかける程腐ってねぇ。それにさっきの動き見て勝てるとは思えん」
「それならいいんだ。 まぁ……既に一人拾った……というか押しかけてきたのがいるからな。もう一人二人増えてもあまり変わらん」
「俺達みたいな迷ってたヤツか?」
「そうだ。だから気にするな。そいつも少し変わった奴だが、気も利くし根は真面目そうだ、仲良くしてやってくれ」
「そうか、マサがそう言うならいいんだがよ」
それから十分程で自宅に到着した。門の前で二人が立ち止まる。
「コイツは…………またすげぇな。家ごとってのは敷地ごとそのままって意味だったんだな。 これ……上モノだけで幾ら掛かった?」
「ん? 見ただけで地下施設の有無が分かるのか」
地下施設は一定以上大きくなると大気を取り込む為の換気塔や緊急時の脱出口となる部分がどうしても地表部に出てしまう。だからこそ一目では解らないように倉庫を建て、偽装させていたが獅冬には一瞬で見破られたようだ。
「俺は本職だからな。あの小屋はただのプレハブじゃねぇ。もっと頑丈なやつだ。母屋から不自然に離した建築位置と生コン敷きの表面から考えて地下施設が有って、その付帯施設を覆うためのハコ物と考えるのが妥当だろ。外塀もありゃ……擁壁だな、アレならダンプが突っ込んでも全壊はしねぇだろうな。ウチの事務所で建てるとなると上モノと外構工事……ガレージで三億、地下は……まだ分からんが二億はくだらんだろ。土地代合わせると……うーん……とんでもねぇな」
「そこまで分かるのか。さすがにいい線いってるな。だが地下に関してはその三倍は掛かっている」
「うわぁ……ちょっとした公共建築物ッスね」
金額を聞いた晴彦の顔が引きつっている。
「さっきの猿人が来るかも知れんし、ここじゃ落ち着いて話もできん。続きは中だ」
外壁門に近づくとポケットのスマートキーが反応し、ガーッと自動で開く。バイクを玄関ポーチの横に止め、二人を伴って扉を開けると、
「おかえりなさーい」
と、わざわざ夏美が出迎えてくれた。
朝と同じく制服にエプロンの組み合わせだが、地下で見つけてきたのかエプロンが赤いタータンチェック柄の物に変わっている。
「コイツがさっき話に出た、拾い子一号だ。」
「ちょ、拾ったって人をモノみたいに…………真明さーん、今日はただいまのキスしないんですか? お風呂も沸いてますよ?」
「「!!?」」
「マサよ……いくらこの状況でも高校生を無理やり手篭めにするのは頂けねぇ……」
「うわ、可愛い女子高生掴まえて、若妻にしてたんッスね! ロマンっすね!」
「待て待て待て。二人共頼むから落ち着け。 夏美も拾ったなどと言って悪かったから二人に誤解を招くような事を言うのはやめろ。それより夏美、食事の用意を頼む。二人は交代で風呂に入ってくれ」
まだニヤニヤしている三人を促す。確信犯かコイツら。こういう扱いには慣れていないので困る。
夏美は二人分の着替えも男女各サイズを洗面室に揃えておいてくれていたようだ。やはりこういう所はとても気が利く。
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「あー旨かった……、ごちそうさん! 腹いっぱい食えるってのは人間幸せだな!」
「そうっすよねー。昨日はもうこんな風呂に入れる事なんて無いんだと思ってたっすから……」
晴彦は少し涙ぐんでいる。まだ若いし、思う所もあるのだろう。
空気清浄機を付け、タバコに火をつける。獅冬にもとテーブルの上をを滑らすと、受け取った獅冬は指先に小さな炎を出し火を付けた。夏美は驚いて居たが何も言わない。先に俺と夏美が簡単に自己紹介を済ませ、獅冬と晴彦がそれに続く。
獅冬は若く見えるが御年55歳。日焼けした逞しい体に白髪の混じった角刈りで壮年の格闘家か武闘派のヤクザの様な見た目をしているが、これでも建築士三十名を抱える中堅建築事務所を一人で支える敏腕社長だったのだそうだ。出身は北海道の片田舎でバツ二、子供は一人も出来無かったと。建設現場に視察に向かう際に大きな揺れを感じ車ごと転移。愛車だというランドローバーは聞く状況からしておしゃかだろう。フィールドワークが趣味だという獅冬によるとこの辺りの木々の植生は見たことも無い物ばかりだと云うことだ。
晴彦は本名、高村・アーバ・晴彦で十六歳。父親がドイツ系だそうだ。幼い頃に事故で両親と兄二人、自身の右膝から下を無くしてからは、施設に暮らしていたそうだ。
自分の様な欠損部位を持つ人の為に技術確立の手段として自ら人工義体の開発者を目指していたらしい。軽いようでしっかりしている。共同開発を行なっていた研究所から施設に帰る途中やはり揺れを感じ、気がつくと倒れてたとの事。
その後はこの家の不思議な特性、魔法や金属を操る力や気配察知、猿人の特徴など各自で気付いた部分も情報を共有する。
話を総合すると、恐らく転移してきた全員が魔法を使えるであろう事、魔法以外にも特殊な能力が認められる事、単純な筋力や持久力も含め総合的に身体能力に向上がみられる事などが上げられた。
「ここが元いた世界では無いという認識は共有出来たと思う。ここに居れば飢えることもなく、衣食住問題なく過ごせるだろう。しかし、それが可能かどうかは別として皆に訊きたい。今、元の世界に戻りたい者は?」
三人ともハッとした顔で考え始める。
「では先に俺の意見を言おう。俺はこの家を建ててから殆ど世捨て人に近い生活をしていた。当然俺に未練は無い。ここに居たければ無期限で居て構わない、衣食住は提供できるだろう。ただしだ。ここが晴彦や夏美の言うようなファンタジーな世界なら、昼間の猿人とは比較にならん獰猛な何かが出るかも知れないし、そもそもまともな文明が存在するのかも怪しい。もっと予想外の事態、はっきり言えば命の危険もあるかも知れん。その危険を考えた上で答えて欲しい。勿論、どちらに選ぶにせよ協力は約束しよう」
「……まだ周りがどうなってるかとかも分かんないし、いつ迄ここでやって行けるかはも分かんないですけど……。正直あたしは……帰りたくは無い……です。あの家に帰ったら予定通り家の決めた婿養子取らされて終わりです」
「んー同意見ス。研究を途中で放り出すことになるのはちょっとアレっすけど、こっちでも研究対象は沢山見つかりそうだし。それに正直な話、友達も少なかったし……帰りたいとは思わないッス」
「んー? 俺の番か。まぁ俺も大して未練はねぇんだよな。俺がいなくても育てた事務所の連中がしっかりやるだろうしよ。それに魔法だ獣だってこんな面白そうな所で体力も全盛期並みだぜ。これを逃す気はねぇな……それによマサ。正直誰も都合よく帰れるなんざ思っちゃいねぇだろうよ」
三人共、真剣な顔で頷いた。
「なら残留決定だな。俺達は自分たちの意思でここに残る。これから宜しく頼む」
「マサよ、おめぇが頼んでどうするよ。おめぇは俺達のリーダーだろうが。これでも感謝してんだ。迎えに来てくれた時の恩は忘れねぇ。しゃんとしてろ」
「自分もあの化け物に襲われた時の事は忘れないッス。出来る事はなんでも手伝うッス」
「私も手伝います。個人目標は半年以内に妻の座確保です!」
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「では早速明日からだが……獅冬はここで建物は建てれそうか?」
「おいおい、これでも現役の建築士だぜ、若い時は現場仕事も長かったからな。金物さえ晴彦に作ってもらえば……ログハウス程度で良いなら十分出来るぜ」
「なら二人で協力して敷地内に倉庫を建てて欲しい、今は増やせるだけ物資を増やして確保しておきたい。夏美は周辺に近づく生き物の警戒と、自衛のために魔法の練習だ。」
「はーい、お留守はしっかり守ります!」
「俺はこの家の検証と物資のリスト化、手が空いたら周辺の調査をするつもりだ」
「そうだ真明さん、部屋割りはどうするの?」
「晴彦は二階西側の左の部屋を使え、獅冬さんは二階東の右側の部屋を使ってくれ。」
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皆が部屋に向かった後、長風呂から上がるとリビングには夏美が居た。冷蔵庫から缶ビールを出し、ソファーに座る俺に手渡すと隣に座る。
「なんだか一気に賑やかになりましたねー」
「そうだな。……俺が言うのもなんだがな、家に見知らぬ男が増えて不安になったりはしないのか?」
「んー、まぁ真明さんが太鼓判押してますし? 自分でも信用して大丈夫そうだと思ってるので。あ、もしかして不安で怖がってたら添い寝とかアリですか?」
「それだけ元気なら問題ない。」
拗ねているが放っておく。潰した缶をキッチンのゴミ箱に捨てると取り出していたトランシーバーを夏美に一つ投げる。
「……一応持っとけ。片方は俺が持っておく。」
にへらーと笑みを浮かべる夏美を残して部屋に戻る。明日からは忙しい、早めに寝ておこう。