60《晴彦の奮闘》
ActiveSafety for Fantasy Lifeも連載から二ヶ月を迎える事が出来ました。これも応援して下さる皆様のおかげです。
「――で、こっからどうするんスか?」
新旧の城壁がティラミスの様に何層にも重なる王都サイラーク王都。
その南部にへばり付くように東西に広がる貧民街の中腹部。
貧民街で最大の大通り――と言っても幅数メートルだが――には粗末な家具や家財道具で組まれたバリケードが築かれている。バリケードの裏側には怪我を負った者達を同じく逃げ延びてきた者や亜人達が必死で手当を施し、濃い血の匂いと火薬臭が漂う様は、まるで野戦病院の様相を成している。
「君の言う援軍とやらが到着しない事にはな……抑えるだけで精一杯では身動きできない。あの爆発する……”シュリューダン”は残り何個だ?」
「あー、二個。後は渡しただけッス。加えて自分、そろそろ魔力が心許ないんスよ。自分がこの球を操れるのも、あんまり長くは保たないッスね」
話していた二人は顔を見合わせると小さく溜め息を付き……並び立つ数人の衛兵達へ笑いかけた。
約一時間前。
三日月形に広がる貧民街の再奥、ほぼ東端の荒屋。リアマーラが情報収集時の潜伏先として何度も使ってきた小屋だ。晴彦は三つのミスリニウム球を今は手足に張り付かせている。体の周りを周回させているとあまりにも目立つ。インラウスは落ち着かない様子で壁の隙間から外の様子を伺っている。
「……さっきから嫌な感じだ。奇妙な香のせいで鼻も効かねえ。ここいらにしてはどうにも……静か過ぎるんだよ」
「……そうなんスか」
この貧民街は一般地区とは壁一枚を隔てているだけで直線距離としては目と鼻の先で普段なら市井の喧騒が聞こえるのが普通なのだという。一般地区への入り口は貧民街の西端に有るだけだともインラウスから聞いた。この世界の基準には詳しくないが、まだ日の有る時間帯にしては確かに静か過ぎる気がする。
「ハルヒコ達はリアを連れてコルベットに急げ。俺は残って、もう少し原因を探ってから合流する」
「兄さん!?」
「待ってほしいッス……送り届けるのはインラウスさんが一番適任ッス。裏道とか知ってるでしょ? 何か有っても安全に送り届けられる筈ッス」
「それはそうだけどな……」
「だから自分がちょっと見てきます、大丈夫ッスよ。危ない事は自信ないんで……ちょっと周りを写真撮って、危険だと思ったらすぐ逃げるッスから」
手に持ったデジカメを振って見せると、インラウスは少し迷ってから某ネコ型ロボットかと言いたくなる程の手榴弾を体の各所から取り出して、晴彦に押し付ける。
「……分かった。……俺達が先に行くぞ」
「あ、あの。えと、ハルヒコさん……ハニーロールってお好きですか?」
「あぁ、あの甘い奴……結構好きッスけど」
パアァと、リアマーラの顔が明るくなる。その時だった。
外から微かに怒声と悲鳴、明らかな剣閃音が聞こえてきた。……絞りだすような断末魔も。
「何なんだよチクショウ!」
インラウスと晴彦が扉を僅かに開けて外、通りの西を覗くと……血の滴る巨大な剣を振り回しているのは黒い鎧の人物。斬られていたのはそいつを取り囲む衛兵隊の一人の様だ。黒鎧の表面には何本もの矢が刺さり、数カ所から血が漏れ出ているが、一向に意に介する気配はない。
「あれ? 色黒いけどあれサイラークの兵隊で合ってるッスよね? なんで、衛兵と戦ってんスかね?」
「んなもん俺が知るか! 情報収集はヤメだ! 今すぐ全員コルベットに向か……」
突然荒屋の壁が横ざまに力づくで切り裂かれ、壁の上部分がバラバラと落ちてゆく。残った壁を踏み崩して入って来たのは黒鎧。外ではまだ衛兵たちと戦っている黒鎧が見える。
「っ!! 他にもいるのかよ!」
「そこで止まれっ!!」
「武器を降ろせ!」
すかさず、流れるような動作で腰からシグP250を抜き構え、警告を発するタスク隊の二人。
「はぁー、凄いもんッスねぇ……」
今まで銃など見たことも無かった兵士達に、僅かな期間でここまでの動きを教え込んでいたのかと感心する晴彦。その姿は元の世界で見るような兵士たちとなんら遜色が無い。
「ばっかやろ! 感心してる場合かっ!」
一瞬だが動きを止めていた黒鎧はインラウスとリアマーラを視界に入れると、淀みない……機械の様な動きで剣を振りかぶる。
とっさに背中で剣を受けるべくリアマーラを抱きかかえるインラウス。タスク隊の二人が立てるパンッパンッと乾いた音とともにツンと鼻を突く火薬臭が小屋に充満し……黒鎧は剣を落とすとその場に崩れ落ち、両手を床に付く。だが鎧の隙間から大量の血を吹き出しながらも、その目はリアマーラ達を見つめ、一心不乱に再度立ち上がろうとする。
その姿はなにやら異様な雰囲気を醸し出し……まるで亜人を殺す事だけを最優先に――それこそ自分の命よりも――考えている様だ。そして崩れた壁の向こう、いまだ万年埃が宙に漂う中、三体目の黒鎧がうっすら見えてくる。
「……冗談じゃねぇぞ」
「……走るんスよ、全力で。自分が止めるッスから」
「ばっ! 馬鹿なこと行ってんじゃねぇ! お前を置いて行ったら兄貴に申し訳がたたね……!!」
「今は! そんな事を言ってる場合じゃないんスよ!!」
サッと自分のズボンの裾を捲り上げ、その義足を見せ付ける晴彦。
「……残念ッスけど、全力出しても自分はまだまだ遅いんスよね。それに……多分あいつらは亜人なんス!」
「なんだとっ!? くっ……いいかリアを送ったらすぐに戻る! それまで逃げて逃げて、逃げ延びろ!」
「あ、待って兄さん!! あの……えっと……」
「なんだリア! 急げ!」
「……ハルヒコさん!! 戻ったら、私焼きますから!」
「え? あー。うん、はい。楽しみにしてるッスよ。……凄く。」
流石の天才も、ぽりぽりと頭をかきながら返す言葉はしどろもどろだ。
ドアを蹴り破って走り去るインラウス達を見送ると、なぜ立っていられるのか不思議なほどに全身から血を流す黒鎧と、新手の……両手に血の滴る短剣を握る黒鎧の計二体が間近に迫っている。
「……あんまこういうのは見せたくないッスからね……」
元とは言え、恐らく亜人なのだ。亜人であるインラウスやリアマーラには正直キツイだろう。
晴彦が両手を軽く広げると、手足に貼り付けていたミスリニウムが生き物のように剥がれ、顔の前に漂い集まる。
「収束……からの微細分裂……多弾かつ多面体構成で……穿けっ!!」
指をくくっと動した瞬間、ミスリニウムの固まりはビー玉程の均一な無数の球状に別れ……一斉に二体の黒鎧に襲いかかった。
「はぁはぁ。多数の……同時制御は……数が増えると疲労感パないッスね……」
様々な方向から恐ろしい速度で飛来する、恐らくこの世界で最も堅いであろう金属球の集来を黒鎧達に防ぐ術など無い。
皮革を黒く染めていたらしい、ズタボロになった革鎧の面当てを恐る恐る剥ぎ取ると中身はやはり亜人だった。
皮膚にくっきりと残る、荒く縫い合わされた痕跡に、押鐘と会った時の苦々しい思いが蘇る。口の中に酸っぱいものが僅かに混じるが、それを恐怖と共に無理やり飲み下すとインラウスとタスク隊の二人が残していった手榴弾やスタングレネードを腰の工具袋に詰め、意を決して外に出た。
そこで黒鎧達と戦っている衛兵は残り七人ほど。だがその足元にはその倍以上の衛兵達。亜人らしき人影も数多く倒れている。手榴弾の一つを握り締めると安全ピンを引きぬき、振りかぶる。
「全員!! 伏せて下さいッ!!」
何事か? と、とっさに体を落す衛兵たちとは対照的に、黒鎧達はこれ幸いと大振りな攻撃モーションに入るが……途端に放たれた複数のミスリニウム球に、ぶしゅぶしゅっと体を貫かれ、離れた位置に居た数体の黒鎧は投げ込まれたMK3A2手榴弾の衝撃波とTNT火薬の爆炎にその身を焦がされ、表面が炭化した体を倒れさせる。
「助かった! だが……今のは一体……? それに君は誰だ?」
すぐに奮戦を続けていた衛兵達の中から一番階級の高そうな一人が駆け寄ってくる。兜で顔は分からないが聞こえてくる声からしてまだ若そうだ。
「すんません! 詳しく説明してる時間は無いんスけど……、衛兵の人っすよね? 一つだけ教えて欲しいッス」
「……よし、聞こう!」
「ここで黒いのと戦ってる……亜人の人達を助けてる理由はなんなんスか!?」
衛兵たちは”亜人”と聞いた瞬間、地面へと視線を落す。
「まさか君は上層部からの……? いやそんな風には……」
「どうなんスか?」
「私があいつらと戦っている理由。それは…………俺の初恋の相手が亜人だったからだ!! 幼馴染のな!」
「俺もだ!」
「俺なんか……俺なんか今も片思い中なんだぞ!」
「僕は……今猫人族と隠れて付き合ってます!」
「「「えええ!? ホントかよ!? お前ェエエ!!」」」
一気に吐き出すように吐露する若い衛兵たち。
「な、なるほど、そうッスか……片思いはツライっすね……」
「そうだ。公爵の特務だか何だか知らんが、亜人を皆殺しを手伝えなど……もう衛兵隊の仕事じゃない! これ以上、上には従いきれん。それで……君の答えは」
衛兵たちの顔に緊張が走り、剣を握る手に力が入る。無理もない、圧倒的な攻撃を見た後なのだ。敵に回れば恐ろしい事この上ないのだろう。
「……自分は……その、多分ッスけど……自分も……。自分も”初恋の相手”は燕人族ッス。……多分」
「なんだよ、お仲間か。よし、今日の礼に全力で応援しようじゃないか」
その場の空気が一気に緩む。
「それも生きて戻れたらの話ッスけどね……。もう少し踏ん張れば仲間が戻ってくるッス、それまで何とか持ち堪えるッスよ」
「当たり前だ。これ以上……殺させはしない!」
西の入り口方面から、ちらほらと現れ続ける黒鎧達は数こそ多くは無いが、そのタフさは極めて異常だ。
距離の取れる晴彦が牽制、隙を見て一体ずつ撃破。その間に衛兵達は生き残った者を集めては、崩れかけた民家から壁材や家財道具をせっせと運び出して時間稼ぎのバリケードを築こうと、慌ただしく動き回る。
いつもの晴彦なら金属を吸い出して一気に防壁を構成する所だが、地中からの吸出しは消費量が段違い。そして今の状況で残り少ない魔力はとても貴重だ。
通りの左右から積まれていくバリケードが、まだ目線より低いながらも、やっとの事で繋がった時から、ごしゃっぐっしゃ、という音が聞こえ始める。行く手を阻まれた事に苛立ったのか、黒鎧達は狂ったようにバリケードに体当たりを始めたのだ。ぶち当たる度にバリケードが大きく揺れ、同時に肉の潰れる鈍い音が辺りに響く。
「なんなんだよ、こいつらは……! そこっ! 乗り越えさせるな!!」
「もう死んでるようなもんなんスよ! バリケードしっかり押さえて! もっと高くしないと!」
走りながら、三体からなる黒鎧の一団を手榴弾とミスリニウム球の連射で葬った晴彦が、少し息を整えようと手近な廃屋にもたれ掛かると、壁――と思っていたドア――が突然中へと開かれる。
「うわぁっ!」
思わず背中から転がり込んだ室内はぴっちりと閉め切られており暗い。目の慣れていない晴彦には良く見えないが、中へ引っ張りこんだ張本人らしき人物が話しかける。
「もしかしてあんた……バカ狼達の知り合いかい?」
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「戦列を崩すな! トロールを狙い撃つのだ! カタパルトを壁に近づけてはならん!! 死体を盾にする者は足元を狙え!!」
明らかにカタパルトで何かを企む敵を警戒したグスタブによって、当初の壁の内側から安全に敵を減らす案は却下。
現在、防衛部隊は壁から50m程離れた位置に大量の大盾を立て防御ラインを形成し、ラインの外側には夥しい数の魔物が散乱している。
「グスタブ隊長! 南東上空に有翼人! その数……十……二十……? あり得ない……恐らく五十以上かと!!」
「ぬうぅ……予想より多い! 予定通りキカンジュウで上空からの攻撃に備える! 第五から第七隊も戻り、援護せよ!」
弾幕の薄くなった隙を突いて、同族の死骸を盾にするトロール達は緩慢な動作でカタパルトの発射準備に掛かり……どひゅうっと土嚢の様な物体を撃ち出した。
だが狙いが甘く、前線に立つグスタブ達には当たらず、放たれた弾は見当違いな方向に向け、防衛部隊を、ぽーんと飛び越している。
「なんだ? 奴らは何を飛ばしているんだ?」
「さぁ……大方ただの土袋だろ」
「俺は木片が詰め込まれているに300マール」
続けて三発程が放たれたが、そのどれもが当たらず…………? いや!? わざと上を狙っている!?
グスタブが疲れた目を凝らすと、宙を舞う弾、麻袋が”動いている様に見える”
袋の殆どは防壁に衝突、そのまま地面に転がっているが、その内の一つが外周部防壁を飛び越え……中に落下した。
「……!? あれはまさか……!? 総員!! 隊列を崩さず直ちに防壁内に戻るのだ!! あやつらが飛ばしておるのは……恐らく生きた魔物だ!!」




