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59《思いは測れない》





 細く長く。

 空一面を縞模様に埋め尽くす雲を、傾きつつある冬の太陽が弱々しく照らしている。



 豪華な馬車の周囲には最後まで攻撃を止めなかった騎兵達が。少し離れた位置には魔法の一斉掃射を浴びせ掛けてきた魔導兵の一団が折り重なるように倒れている。右腕のミニガンに残弾は無く、もはやただの鉄の塊だ。

 先程のタイミングの揃った魔法一斉射が、一時的にミスリニウムの魔力吸収力をも凌駕したのか、流麗な竜騎装のボディにも数箇所に煤や傷、小さな凹みが出来ている。


 左後部から斜めにぶち当てたパイルバンカーの一撃で大穴が開いた馬車は派手に横転しており、それにもたれ掛かっているのは一人の男。均整の取れた長身に、豊かな金髪を丁寧に撫で付けたオールバックの髪はやや乱れ、銀糸をふんだんに散りばめた美しい長衣も土ぼこりと泥、本人の物かどうかも分からない血に汚れている。

 それでいて依然、男の顔にはどこか人を見下すような……なんとも尊大で憮然とした表情が張り付いている。


「本当にドラゴンを使役しておるとはな。……貴様が……貴様が死に損ないのセレスティアと亜人共を取り込んでおる聞く……」


 左上腕部に仕込まれたパイルバンカーの杭、尖った鉄芯部分が、元の位置までバネ圧で完全に戻りきると同時に魔導機関での空気を圧縮を開始させつつ、竜騎装の外部スピーカーから返答する。


「そうだ。俺がハヤマ・マサアキだ。この様な出で立ちでお会いするのはどうかとも思ったのだが。何せ急だったものでな、ここは広い心でお許し頂きたい」


「……くっくく……ぐわぁっはっは! 構わぬ、構わぬぞ! 余がサイラークを統べる者、エールブリッツ・ヴィッテルスじゃ。なんならその大仰な兜を脱いでも構わぬぞ?」


「随分と……余裕だな。救援でも期待してるのか。王都は愚か、トバイアンからでも到底間に合わんぞ」


 この周辺にはまばらな低木以外に何もない。一番近いのはエールブリッツに付いたと思われる都市トバイアンだが増援の様子は気配すらない。サイラークの王都からは言わずもがなだ。


「如何にも、援軍は来ぬ。じゃが、元より余は死など恐れておらぬ。……余が欲するのは唯一つ。醜い亜人共を皆殺しにする事のみよ!」


 脳裏に思い描いていた印象とは掛け離れている。もっとこう……現代日本人の持つ貴族イメージというか、もっと生に対する執着心が旺盛なイメージを持っていた。


「……王座を得んが為に、手間を掛けて王族を一族郎党皆殺しにしたのではないのか?」


「くだらぬ。王座など手段の一つに過ぎぬ。余の望みは小汚い亜人とその存在を容認する愚族共を一掃する事よ」


「そんな事が目的だったのか? ……それこそ実にくだらんな。それにどんな意味が有る、何を得ることが出来たんだ?」


「若造が……賢しらに語るでないわ」


 その目が細められ、仄暗い憎しみの火が宿る。




――――――――――――――――――




「副隊長……いや、賊軍ジェラレオ。もう一度言う、そこを退け。王族殺しの罪は決して許せぬが……今そこを退くなら昔の馴染みでこの一時だけは見逃そう……退かねば此処で殺す」


「ははは、相変わらずせっかちだねぇ君は。それに……”器用貧乏の魔剣士ユーゴー”が言うじゃないか」


 ユーゴーの顔にさっと赤みが走る。


「黙れ、この裏切り者が…………私は貴様が逃げ出した間にも血の滲む鍛錬を続けていたのだ!」


 ユーゴーは左手に集めた魔力を細かく小さな氷の粒に変え、曲射弾道でジェラレオを上から襲う。ラフトの後部から転がるように飛び出たジェラレオは、びすっびすっと地面に深くめり込む氷弾の全てをミスリルの被覆が施されたスケイル隊標準装備の大盾で弾き防ぐ。


「ははは、何を言うんだい? ……僕は王への忠誠を貫いただけさ。鍛錬ねぇ……君は負けず嫌いだったから。有力貴族に楯突く度に僕が頭を下げに行ったのも良い思い出だよ? 君こそ何故だと問いたいね。そんな君が何故公爵に? 何故アレほど嫌っていた腐れ外道を守っているんだい?」


「黙れ黙れ! 公爵は、もはやこの国唯一の指導者なのだ! 牽引する者の居ない国は滅ぶ! 違うか!」


 ユーゴーは魔法で牽制しながらも、長剣に体重を載せて斬りかかる。だがジェラレオは大盾で受け、弾き返すだけだ。タスク隊には特注されたチタン製の両刃剣が支給されているが、それを抜こうとはしない。


「ちょっとユーゴー……これ借り物なんだからあんまり傷つけないでよ?」


「だまれぇ!! 腰の剣は飾り物かぁっ! 剣を抜けぇ!」


「うんまぁ、その通りかも。正直お守りみたいな物なのさ……ちなみにユーゴー”みんしゅしゅぎ”って知ってる?」


「はあ? 何の話だ!」


「まぁ民主主義だけじゃないんだけどさ。国ってのはね、王族なんかが居なくてもやっていく道は幾らでも有るって事さ。いやこれマサアキ閣下の受け売りなんだけどね?」


「……そんな訳がないだろうが! 現にオーギュスト様が崩御されてから民草は不安な生活を強いられているではないか! 公爵様が踏ん張られなければもっと酷いことになっていたかも知れんのだぞ!!」


「あ……あちゃ……、やっぱりなんにも知らないのか? ……ユーゴー、あの時北部に派兵されていた君は知らないとは思うけど。オーギュスト王を討ったのは公爵本人だよ?」




――――――――――――――――――




「貴様に教える義理はない……だが人は何かに対し常に優越感を感じていたいと願うものよ。そして余は亜人共が心底好かぬ……憎いと言ってもよい」


「……一理有るかも知れん。それにしてもお前のやってきた事は、許されて良いものではない」


「ぬるい! ぬるいのだ、貴様らは。オシガネも初めは随分と迷っておった。まぁ、ぽんと背中を押してやるのは簡単じゃったがな」


 やはりこいつか。押鐘凛太郎にポイント・オブ・ノーリターンを越えさせたのは。俺の中に黒い感情が蠢き出すのが分かる。


「お前は…………」


 酒を持ってこなくて正解。

 右腕の……既に弾が切れてただの鉄柱と化したミニガンの銃身で、左から右へと払うようにエールブリッツを殴り飛ばす。吹っ飛んだエールブリッツは折り重なる魔法兵達の山に衝突し……激しく喘ぎながらもまだ喋り続ける。


「げふぇっ! そうだ……! 貴様にも良く分かるだろう! 力を持てば行使してみたくなるのが人の性! 余は自分の心に従って実行しただけよ! 誰が余を責められると言うのじゃ! 神か? 他国の王か? それとも貴様か? 答えい異世界人よ!!」


 もうこの周辺に息のある者は居ないだろう。竜騎装のハッチを開いて降り、歩み寄りながらシグの薬室へ第一弾を装填、セーフティを外す。

 ……数歩離れた所で止まって、小さな銃口を向ける。この距離なら外したくとも外れはしない。


「……そのジュウで余を殺すか。よい……よいぞその目! その自分こそが絶対の正義と信じてやまぬ目!! ……最後に良い物を見せてやろう」


 銃口を見つめながら長衣の紐を緩め……前をはだけさせると心臓の斜め下、脇腹近くに青く発光する結晶の様な物体が透けて見える。


「それは……」


 俺はかつて、それに良く似た物を自宅の和室で見た事がある。ザッタールの足に埋められた状態で。


「ほう。知っておるか。オシガネの残した精兵達を百、王都に残してきておる。余が死ねば同時に王都に巣食う薄汚い貧民と亜人どもは皆殺しとなるだろう。それに……壁だけで防げると思うておるようだが、貴様のティヴリスも今頃は大変な騒ぎになっておろであろうな?」


「騒ぎ……だと?」


「なにも空を飛べるのは翼を持つ物だけでは無いと言うことじゃ……奴らは余が死んでも止まらぬぞ!? 今頃は立派な壁の中が血に染まっておるであろう。これ以上は教えられぬ! ぐわぁっはっはっは! ……しかし? ここで余を殺さぬ訳にも行くまい?? ん?」


 今王都にはリアマーラを回収に迎った晴彦やインラウス達がいる筈だ。あいつらとジェノサイドを目的とする部隊と鉢合わせするのはマズ過ぎる。だが同時にティヴリスにも危機が迫っている……?


「くくく……余はここで死んでも念願叶ったりよ! 迷うであろう? ふはは! 迷い悩むがいい!  さぁ! さぁ! 早く撃てい!」


(こいつは後回しにするべきか……? しかし体内の魔道具を無力化するには夏美の力を借りなくては……)


 そこまで考えた瞬間、


「貴様……この状況で余を殺さずにおこうと考えておるな? そこまで亜人共を助けたいか……だがな、手遅れだ!」


 何処にそんな体力が残されていたのかと思うほど機敏な動きを見せる。エールブリッツは死体の山から一本の短剣を引き出すと、ギラつく刃を自分の首筋に当て一気に滑らす。


「く、ぶふぁっ! はっ、はぁっはっは……これで……亜人共はおしまいよ……どちらを救うか苦悩し、絶望するがいい……」


 鮮やかな鮮血と共に、あっさりと事切れたエールブリッツの体内で小さな魔道具が輝きを増す。その輝きはあっという間に長衣を透けて視認できるようになり……不意に消えた。

 かくん、と首の力が抜け、乱れた金髪の大きな房が顔の前に垂れ下がる。


「お前は……? いや僅かに血を引いていたレベルなのか……?」


 顕になった頭頂部には頭皮ギリギリまで削り取られた……純粋な亜人の物にしてはかなり小さい、だが人間には有るはずのない極小さな角があった。

 それも今となってはもうどうでもいい。

 一振りのロングソードを拾いエールブリッツの首を一太刀に落すと不慣れな水魔法を併用して氷漬けにする。残虐なのかもしれないが首級を取るのが効率的だ。凍らせたソレを手近な袋に押しこみながら無線の通話ボタンを押す。


「聞こえるかカザード! 状況を!」


『兄上! ご無事でしたか、此方は戦わずして逃げる者が殆どでした故、存分に引っ掻き回した後は上空で待機しております。……エールブリッツは?』


「死んだ。だが、どうやら置き土産を残していった。俺の位置は分かるな? すぐ迎えに来てくれ」


 途端、ごひゅううと無線越しに聞こえてくる風切り音が一層激しくなる。


『兄上。その、置き土産と言いますと?』


「詳しくは知らん。サイラーク王都とティヴリスの首都。どちらにも危機が迫っているらしい。」


『なんと!? すぐに向かわなくては為りませぬ! して……どちらから行くのです?』


「それなんだ。……西か東か、どちらから行くべきか……」



――――――――――――――――――



「ふぁ? ふざけるなっ! 公爵が黒幕だと!? そんな与太話を信ずるとでも思うのか!」


 ユーゴーの放った強烈な切り下ろしに若干体制を崩すジェラレオ。ユーゴーはその隙を見逃さず、右手だけで器用に……居合い抜きの如く逆袈裟に長剣を切り上げるが、軽業師の様に体を捻ったジェラレオに既の所で避けられる。だが僅かに掠った筈の切っ先には一滴の血も付いていない。


「こんなに薄いのに防刃シャツってのは凄いね……。そうだよね、まぁこんな話信じられないかな。あ、そうだ。ついでに言うと、第五皇女のセレスティア様とグスタブ総隊長も鬱陶しいぐらい元気だけど。これでも公爵を守る必要が有るのかな?」


「ばっ、な? 嘘を付くな! 貴様らはセラス様の手足を切り落として人質に! その他の王族の方々は皆殺しにして森に逃げ込んだと! そうか……そうやって虚言で惑わせようと……そこまで……そこまで落ちたか副隊長!」


「あ……これはもう言ってもダメだね」


 徐ろに盾を手放すと、体勢をぐっと落として一気に踏み出す。あっという間に間合いを詰めながら腰のチタンブレードに手を掛ける。鞘走りの速度を微塵も殺すこと無く振りぬかれた鋭い一閃は、ユーゴーの握る長剣の横腹に命中、目の眩むような火花が走り……ぽっきりと根本から折れ飛んだ。


「なぁっ!?」


 叫ぶユーゴーが慌てて腰から二本目の先程より小振りの剣を引き抜くと同時に……今度は”見えない何か”に予備の剣も弾き飛ばされる。


「なぜ……何故だ!! そんなに強いのに……何故オーギュスト様を助けなかった!」


 チタンブレードを握る反対……ジェラレオの左手には今だ硝煙燻る拳銃シグSP2022が握られている。ユーゴーの問には答えず、しばしの間、無線に耳を傾けたジェラレオはふっと肩の力を抜くと周りを見渡す。そしてゆっくりと話し始める。


「……それを含めて全てを話すよ、ユーゴー。たった今……エールブリッツは死んだそうだ。他の者も……これ以上無駄死にしないで良い」


「なぁっ!? 公爵様が……」


 力なく膝を付いたユーゴーに続き、からん、がしゃん、と剣や弓が落ちる音がその場に響く。その音はやがて正規軍全体へと広まっていった。





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