05《猿人と魔法の存在》
真明は様子を見に行く前に装備を整える。あの突然発生した不思議な森に入るのだ、用心し過ぎるという事は無い。
ぴっちりとした黒い防刃シャツの上にホルスターを付けP250を装着する。大型ウェストポーチに予備のマガジンとAP弾を入れ、仕上げにグレーのパーカーを着てベネリを背負う。
下に降りると玄関で夏美が待っていた。
「さっきの位置より少しずつ動いています、この方向……道沿いですかね? ちょっとずつ移動してます。 あ、それとこれ。お腹空かせてるかもしれないんで。」
そう言って渡されたのはラップで包まれたサンドイッチが三つと小さなステンレスボトルに入れられたお茶だった。
「気が利くな」
「うふふー、当然の努めです」
と送り出された。そこまで気を使ってくれなくても良いのに、と考えつつKTM450を駆って捜索に出ていった。
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真明を送り出した夏美はご満悦だった。
「うふふ、気が利くなって言われっちゃった! まるで旦那を送り出す新妻……!! うふふふふ……」
「なんか……鉄砲といい、札束といい、謎は多そうだけど顔もスタイルも良い上に財力も問題なし……、料理スキルも高くて、何より時折見せる優しさが……キャッ」
車に乗る時にさり気なく手を出し引っ張りあげてくれたことを思い出しながら一人ニヤける。
「これは、まれに見る超優良物件や……しっかり捕まえとかな絶対後悔する! あ、でもあの手タイプは鈍そうやなぁ……基本誰にでも優しくしてそうやし……」
興奮状態と家に独りである事で関西弁が戻っている。
考えてみれば、状況が特殊だったとはいえ突然押しかけてきた他人を表面上は嫌そうにしながらも、家に上げ、着替えに風呂、食事を与えて自室まで提供し何の見返りも求めてこないのだ。自分の容姿には自信を持っている夏美としては真明に迫られたらアリかなーっと考えていただけに拍子抜けだった。
今も、「気配を感じる!」などというどう考えても胡散臭い自分の主張を信じ、捜索に向かってくれている。
シェルターの膨大な現金を見る限り全く困っていなさそうだが、それにしても良くされすぎているような気もしてくる。なんだか甘やかされているようで複雑だ。
「良い人というか、あれはもう天性の女ったらしやな……。あぁ! 探しに行った人たちに私より可愛い女の子がいたらどうしよ……」
とため息を付いて浴室の掃除に向かった。
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「気配……か。まぁこういう嘘を付くタイプじゃ無さそうだしな……」
門から続く道は凹凸が激しい上に苔むしている所も多くスピードは出せないが、しばらく進むと林道を此方にむかって歩いてくる人影を見つけ、バイクを止め徒歩で近づく。
ゴツイ初老の男と、ひょろ長い金髪の子供だ、歳は十五、六ってところか。
「おぉっ! 兄ちゃん救助隊か!?」
「……残念ながら俺も昨日ここに引っ越したらしい」
「引越しってか! そりゃいい! そうか兄ちゃんも迷った口か!」
二人に夏美の作ったサンドイッチとお茶のボトルを渡す。
「ありがてぇ! 昨日から殆ど喰ってねぇんだ!」
「どうもっす、いただきます!」
立ったままガツガツと食べ始めた二人を見ながら話を切り出す、
「ごほん。そろそろ良いか、俺は端山真明だ」
「俺は獅冬優二。こいつは晴彦だ。途中で合流した。なんか事故ってよ、コイツに助けてもらった」
そうか、と言いつつ、二人の背後の木々に違和感を感じ、服の下のシグを左手で自然に引きぬくと、右手のベネリのセーフティを外す。
「それで……あんたらの後ろのはなんだ?」
晴彦と獅冬が振り返ると、木陰から三人ほどの猿が表れた。体格は小学校高学年ほどだが前傾姿勢で三人とも長い手にナタのような刃物を持っている。
敵意むき出しでジリジリと近づいてくる一番手前の一体を躊躇する事なく撃つ。外す距離でも無く、刃物を持つ腕を綺麗に撃ちぬかれた猿人はひっくり返り「ギャアアアアア」と叫びながらも長い犬歯をむき出しにして威嚇してくる。
どう見ても意思の疎通が取れそうにない。人間と言うよりは知能の高い大型の猿のようだ。
「うわぁああ」
とサンドイッチを落としながら俺の後ろに隠れる晴彦。
「コイツら、あんたらの知り合いか?」
「ばかいえ! ……だがどう見ても友達にはなれそうにねぇな」
「俺もそう思う」
獅冬は太い枝を掴んで構えているが、最初の一撃で敵認定された様で血走った六つの眼は俺だけをギラギラと見つめている。
次の瞬間、無傷の二頭が同時に奇声をあげて飛びかかってくるが、慌てること無く左手のシグを構え身体の中心線を撃ち抜く。乾いた発砲音と共に二頭は地面に転がり、悶絶しているがまだ生きている。
最後に飛びかかってきたのは、初めに腕を撃ちぬいた一頭。隙を付いたつもりの様だが、無理なく避け容赦なく鉄心入りのブーツで腹部を蹴り上げる、猿の動きは素早いが此方には体格差の利もある。動きが止まった所で一歩離れ、頭を狙ってベネリを発射。轟音と共に頭の半分を吹き飛ばす。
転がっている二頭はまだ叫び声を上げている。凄い生命力だと感じつつも、至近距離から頭と胴体に一発ずつ撃ち込むとやっと息絶えたようだ。
「アブねぇなこいつら! 猿か!?」
「あ、ありがとうございます、助かったっす」
手袋をして損傷の少ない死骸を仰向けにひっくり返し観察すると基本的な外観は大型の猿に酷似している。手指は四本、爪は指先を包み込む円錐状に発達している。口の牙も長く、犬歯と言うよりはイヌ科の尖頭歯を想像させる。
そして何より頭蓋骨からは太短い角が一本。耳は無く、側頭部に小さな穴が開いているだけだ
(見れば見るほど未確認生物……やはりここは元の世界では無いのか……)
「聴いてくれ。会ったばかりで突拍子もないと思うが。俺は状況から見てここが元いた世界では無いと考えている」
獅冬と晴彦は一瞬目を合わせると同時に頷いた。
「そりゃ俺たちも同じ意見だ。実は昨日気付いてから色々試しててな」
「気付いた? ……試す?」
「これっす」
そう言って晴彦は仰向けの片手のひらに小さな火球を。獅冬は掌から水を溢れさせて見せた。
「これは……驚いたな、もしかして魔法ってやつか」
「もしかしなくてもそうだろうな。言ってる割に全然驚いてる風にはみえねぇ。さっきといい、兄ちゃん相当肝が座ってるな、軍人か?」
無言で肩を竦めるとそれ以上は訊いてこない。
「あ、それともう一つ面白いことが出来るようになったんスよ」
そういってポケットから二枚の小銭を出すとおもむろに指で粘土のように捏ねてボール状にした後、びよーんと伸ばしたり均一な薄い板にしたりと形を様々に変形させてから色の違う何個か大小のボールを作り、手のひらに乗せて見せてくる。
「これは……形を変えられるだけではなく、分離させたのか?」
「おぉお!! ご名答っす! 俺もこれ分離って呼んでるんスよ。そのままっすけどね……。百円玉と十円玉混ぜてたんで、大きい順に銅、ニッケル、亜鉛、錫っすかね」
小さな銅の塊を猿人そっくりに、まるで精巧なフィギュアの様に変化させる晴彦。
「魔法に……金属を操る力か……ますます不思議世界だな」
「魔法なら兄ちゃんも使えると思うぞ。俺もちょっと練習したら出来たしよ!」
しばらく練習に付き合ってもらうと、比較的簡単に火球と水、少しの風を自在に操作出来るようになった。腕時計を見ると時刻は午後四時を回っている。
「それで、獅冬さんと晴彦君。二人はこれからどうするつもりだ?」
「獅冬で構わねぇぞ。どうするかなぁ。晴彦とは取り敢えず人と安全な場所を探そうと言ってたんだけどよ」
「あの猿がまた襲って来ないとも限らん。家に来るなら構わんぞ」
家というと怪訝な顔をされたが、俺が家ごと飛ばされて来たことを説明すると納得したようだ。
「だから言っただろう”引っ越してきた”と。どうする。勿論来るからにはしっかり働いてもらうが?」
タダで世話されるのは気がひけるだろうと見越して今後仕事を振る事を宣言しておく。顔を見合わせた後、二人は大きく頷いた。