57《それぞれ》
最高速度に近い、時速160kmを軽く超える速度を維持しながらもコルベットの内部は大きな振動もなく快適そのものだ。真明から付けられたタスク隊の二名とインラウスも流れるように移りゆく景色を眺めたり、武器の最終点検を行ったりと各自大人しく座っている。
「……ハルヒコ。お前……その……、なんだ、リアに気があるんじゃないだろうな」
「へぇっ!?」
安全の為に地面から3m程の高度を保って高速で移動する車体が大きく左斜めに傾ぎ、インラウス達は慌てて前の座席にしがみ付く。
「うぉおお! アッブねぇ!! 何やってんだ!」
「変なこと聞くからじゃないッスか……」
「別に変じゃねぇ! 大事な事なんだよ!」
インラウスはいつに無く剣呑な表情だ。
「まぁ……心配だって思ったのは事実ッスけど……別に……そういうのじゃ……」
「フンっ。……まぁ良い、助けに名乗り出てくれた事には感謝してる。だが忘れるな! リアに求婚するなら俺と兄貴! 我ら兄弟を倒してからだ!!」
「何をドヤ顔で言ってんスか……。そろそろ近いな……止めるッスよ」
元真明宅の防弾”窓ガラス”から外を見ると、王都を外から眺める機会が少なかったインラウスにも、ひと目でそれだと分かる景観が映る。何代にも掛け、崩れては修復し、また崩れては修復しを繰り返して分厚くなった灰色の切石が取り囲む、サイラーク国王都。
「……ハルヒコ。話の続きはまた今度だ。……貧民街の端に城壁の崩れかけてる箇所がある。さすがに時間が経てば衛兵達が飛んでくるだろうが……他に思い浮かばねぇ……こいつでぶち壊して突入するぜ」
足元に転がっていた対戦車ロケット砲、M72の携行用ベルトを肩に掛け、コルベットを降りる準備をしながらインラウスが言う。
「そうッスね……真明兄じゃあるまいし、正面突破! なんて自分には無理ッスから。それで行くッスか。」
「おう。……んぁ? ハルヒコ。お前、獲物は持って行かないのか?」
「自分撃つのは苦手なんスよ……」
答えながら、晴彦は自分が座っていた座席の背もたれに手を翳し、しゅるしゅるとミスリニウムを吸い出し始める。空中を流れるように動く金属はまるで蒼い水銀の様だ。
伸ばした左手の、手のひらから数センチ離れた所で球状に丸まって宙に浮かぶミスリニウムの固まりが、バレーボール程の大きさにをなった所で吸い出すのを止め、今度はそのボールを優しく摘むようにして均一に三等分する。ハンドボール程の大きさになって宙を漂う球の一つを、ピンッと弾くと、三つのボールは硬質な甲高い金属音を響かせ、まるで意思を持つかの様に均等な距離を保って晴彦の体を軸として周回し始める。
複数の物を一度に操る器用さと、物体の軌道を同時に考慮出来る思考力を持つ晴彦ならではの芸当と言える。
「うし。自分はコレで十分ッス。磁力使ってる訳じゃないんで、別に悪役じゃ無いッスから」
シュンシュンと音を立てて回る球の中で、にぃっと、笑う晴彦の言い放った言葉の後半はインラウス達には理解できなかったが、初めて晴彦の能力を目の当たりにした一同は開いた口がしばらく塞がらなかった。
「全く、とんでもねぇな……」
――――――――――――――――――
「……イテェ」
「大丈夫? ユウジ。」
「おぅ……しっかしガキってのは何で髭をひっぱりたがるのか分からねぇ……」
そう言ってほんのりと赤くなってしまった口髭の周りを擦り擦り、立ち上がる。背後に建っているのは大きな倉庫を改築した窓の無い避難所だ。
「……コレで全員だな?」
「ええ、全員避難完了よ。もちろん万が一の……動きも伝えてあるわ。」
万が一。
もし外周部防壁の中に敵が侵入した時は、子供達だけではなく、民間人全てを電波塔の基部、最悪の場合には端山邸の地下シェルターへ移動する手筈だ。
シェルターは最高の安全が確保出来るが、地下シェルターには宅配ボックスのサイズ的に、この世界では二度と手に入らない様々な物資がオリジナル品として厳重に保管されている。真明達日本人に取ってみれば、最大の生命線と言っても過言ではない稀有なエリアだ。
シェルター深部への入室コードには獅冬や夏美、晴彦の網膜と静脈のパターンを認証、記憶させているが、最後の最後まで避難所としては使用しない、と決めている。
「一気に暇になっちまったな……俺はちょっくら周囲を見回ってくるからよ」
「独りで? 危ないんじゃない? 私も行くわ」
「いや、壁の外には出ねぇよ。グスタブのおっさんもそろそろ戻るって話だ。夏美やら残ってる兵隊達も居るこったしよ。皆が不安がらねぇようにセラス嬢ちゃんは皆に付いててやれ、もし何かあったら連絡入れてくれや。」
「……分かったわ。……気をつけて」
「おう。」
――――――――――――――――――
「ポラリア! お前達二番挺はそのまま左前方へ! 僕らはこのまま戦線を押し上げて道を開くっ!」
「ジェラレオ! あまり無茶をするな!」
ジェラレオ達は竜騎装が通れるだけの道を作ろうと、殺到する兵士たちを強引にかき分けて突っ込んで行く。多くの兵士はスタングレネードでほとんどの視界を奪われ、北側で陽動してくれているカザードのお陰でまともに動ける兵士も少なくなっているが、やはりそれでも数が多い。
「ジェラレオ隊長! ここは我らが抑えます! マサアキ様とお先にどうぞ!」
そう言いながらポラリアは騎馬小隊の隊長らしき騎馬を無反動砲で狙うべく構える。その後ろ姿に向けて、一人の兵士が目を擦り、ふらつきながらも剣を構えて突進する。
「!! ポラリア! 後ろだ!」
「勿論分かってますよ……っとぉ!」
慌てること無く、トリガーを引いたポラリアの後ろで兵士が大きくすっ転ぶ。
無反動砲は弾が飛び出す反動を打ち消す為、射出と同時に真後ろへと爆風が放出される。
無防備な背中を捉えていたはずが、突然強力な風をお見舞いされた兵士に向け、振り向きざまにポラリアが9mm弾を撃ち込むのと、撃ちだされたHEAT-751対戦車榴弾が周りの兵士たちを巻き込んで炸裂するのとはほぼ同時だった。
「見ての通りこっちは大丈夫です! 早く行って下さい!!」
「もう馬車も近いだろうし……、きっと大丈夫さ! 僕達が先に行くよ!」
「……ポラリア! 俺達の退路の事は考えなくて良い! 弾が突きたら最大船速で離脱しろ!」
「了解!」
敵兵を圧倒しながら突き進むラフトと竜騎装の背中を見やり、残ったポラリアと隊員は二人で顔を見合わせる。
「ポラリア……腕の見せ所だな」
「あぁ、皆戦っているだろう。俺達も一兵でも多く仕留めて王の負担を減らす……ぞっ!」
低いスローイングで投げ込んだ手榴弾から眩い閃光がほとばしる。
――――――――――――――――――
「なんだ早かったじゃねぇか。お疲れさん!」
正門を潜ったグスタブ達を男が仁王立ちで出迎える。
「……シトウ殿か。我らはこの辺りの地形を知り尽くしているからな」
「それもそうだな……んで戦況はどうなってんだ?」
使用済み武器を回収してきたラフトから下ろす作業を手伝いながら話を続ける。
「マサアキ殿の予想通りだ。敵は砦を崩すために、運んできた石の弾を使い切り、魔物の数も大分減らせた筈だが……あの数ではな……。いずれにせよ此処まで来るのには些か時間があろう。そう言えば住民の全てを避難させると聞いているが……」
「そいつはもう完了済みだ。全員安全な避難所で温々してるぜ」
「しかしな……戦になっても戦力に為らぬ民まで全て保護するとは……我らにはとても思いつかん」
「普通じゃねぇのか? 人が在ってこその国だろ。」
何気ない言葉に、グスタブは僅かに目を見開いて、その言葉を反芻する。
(オーギュスト王よ……、この男になら姫様を任せても良いかも知れませぬな。)
ふと、肩の荷が軽くなった様な、それでいて少し寂しい様な感慨に耽ってしまう。
「おいグスタブ。もうじき団体様がご到着って時に何固まってんだ?」
「いや、少し考え事をしておった……気になさるな。……防衛隊の配置を確認する! スケイル部隊は此処へ集合せよ!!」
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