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56《戦端》




 ドッゴォン!!



 わざわざ此処まで運んできたらしい石弾が、砦近くの木壁にぶち当たり、その一部が地響きを立てて崩れてゆく。


「隊長、そろそろですかね」


「うむ……。これは是非我らの部隊にも導入を検討すべきよな……」


 母国をセラスの元へと取り戻す事が一つの目標でも有るグスタブの目には、この地の資材だけで作り出せるカタパルトは有用に映る。


 もう少し保たせたいと考えていたが、トロール達が操る巨大なカタパルトは単純な構造ながら、吐き出す破壊力はグスタブの想像以上だ。

 腕時計を見ると、真明がタスク数名を引き連れ、砦の裏手から出発して既に十五分が経過している。


 この”クロノグラフ”という物はスケイル部隊設立時に隊員全員に真明から一人ひとりに配られた物だ。隊長であるグスタブの物は隊員の物よりワングレード高い物で、重量感溢れる黒色艶消しのデザインはグスタブの密かなお気に入りになっている。



 向こうが運んできた石弾にも限りが有るだろうが、それはこちらも同じ事。すでに持ち込んでいた数本の対戦車ロケットと無反動砲は撃ち切り、新たにライフリングを切って銃身を延長した10mmライフルで応戦している現状だ。

 破片による小さな怪我以外の人的被害は無く、撃てば撃っただけの数の魔物が倒れる状況だが、このままでは埒が開かない。人的な被害が無いのは向こうも同じなのだ。


 砦部分も何度か被弾しているが、まだ崩壊には至っていない。だが後数発でも直撃を受ければ、崩れた壁の隙間から差し込む日光が全身に降り注ぐ事になるだろう。


「……シトウ殿にムセン連絡を。砦を放棄するとな。そして退却準備を急がせよ、使用済みの武器一つも残していってはならん。殿は我らが持つ」


 打てば響く鐘の様に復唱したスケイル部隊員は命令を実行すべく機敏な動きで歩み去った。




――――――――――――――――――




 ほぼ同時刻。


 止まっているかの様に緩やかな速度でじりじりと進軍を続ける一団の中。豪奢な馬車に速度を併せて並走する騎馬隊の中心へと向け、前方から駆けて来た一騎が、開けられた隙間を縫うようにして馬車へと向かう。


「……何用だ」


「はっ! 先鋒隊よりお伝え申し上げます! 砦は陥落目前にして敵は撤退を始めておりますが、トロール共の操るカタパルトの石弾が尽きるとの事でして、急ぎご報告へ参りました! 総隊長殿!」


「……しかと伝えよう。」


 馬車と並走する騎馬達の中でも一際大きな馬を駆る人物は頷くと兵士に小さく手を振り、待機を命じる。そして自らは豪華な馬車の扉部分に馬を寄せて声を掛けた。


「公爵様、報告申し上げます。今しがた先鋒の部隊から伝令があり、トロール達の使用する石弾が尽きたと報告が。ですが既に敵は撤退準備を進めており、砦自体は陥落目前です。ここは一度兵を戻し、休ませては如何かと」


「ユーゴーか。……ならば、先鋒部隊と共に、残っておるバイコーンどもを全て投入せよ。真正面からじゃ。」


「…………公爵様、敵の”ジュウ”という攻撃は魔法でも無く、途切れることがなく、なかなかに侮れません。ここまでの行軍で兵に疲れも溜まっております、ここは兵達に一時休息を与え……」


「よいのだ。オシガネの話ではジュウも弾が必要だと聞いておる。どのみち、あの魔物や亜人兵どもは寿命が近い。使えるうちに使わねばならぬ」


「しかし……、それでは先鋒部隊にも甚大な被害が出るものかと」


「それもよいのだ。先鋒の者達は余に不遜な考えを持つ者どもを集めておる。せいぜい露払いぐらいには役に立って貰わねばのう。ユーゴー……、お前も余の考えに不服か?」


「いえ……」


「ならばこのまま進軍じゃ。トロール共は残しておけ、奴らは次の段階で必要となる。よいな。」


「はっ……。御心のままに……」


 これで良いのか? 小さな迷いは地鳴りのような進軍の靴音にかき消される。さっと右手を上げ、待たせていた伝令兵を呼びつける。


「……伝令! 公爵様のお達せにより、先鋒部隊はバイコーン共々敵の砦に総攻撃と伝えよ!」




――――――――――――――――――




 敵本隊の南側。


 小さな丘陵に身を隠しながら竜騎装の頭部に搭載されている高感度カメラの倍率を上げると、砦を破壊する為に一時的に止まっていたかの様な本陣が再び動き出したのが確認できる。


『……聞こえますか兄上。我らの国境砦で煙が上がっております、恐らくは落ちたかと……。ご準備は?』


 北の上空で待機するカザードからだ。


「あぁ。少し待ってくれ。……ジェラレオ、砦が落とされたそうだ。」


「あらら。予定より少し早いね。まぁ、あの数じゃもってくれた方なのかな」


 護衛として連れてきたタスク部隊はジェラレオを含めて四名。晴彦達に付けた二名と、不穏分子の可能性があるギューとジャレイに張り付かせている隊員を除いた全数だ。四人はラフト二機に分乗して付いて来ている。ラフトの後部にはブローニングM2機関銃が、内部には大量の閃光手榴弾と84mm無反動砲が数本ずつ積まれている。


「概ね予定通りだ。それより……俺はエールブリッツの顔を知らん、遅れるなよ。」


「んー見れば分かると思うけどねぇ……」


 顔が分からなければ強襲した際に標的が分からない。


 セラスやグスタブ達といった、エールブリッツの人相を良く知る人物に特徴を聞き、美大を目指していたという夏美にモンタージュを書かせて見たものの……。出来栄えは伏せておこう。

 本人曰く、自分は彫刻専攻で絵画より、立体的な造形が得意なのだそうだ。


 後日、本人が汚名返上の為にと製作してきた物体はどう見ても木彫りの仏像……それも立派な如来坐像だった。生家で幼い頃から頻繁に目にしていた為に何となく作ってしまった、と力なく語る本人の予想を裏切り、荘厳な仏像は何故か随分と気に入ったエリアスの手により、今も和室の床の間に飾られている。

 まぁ、いずれにせよ肉眼での確認に優る物はない。


「カザードも、敵を掻き回すだけで構わない、可能な限り深入りはするな」


『分かりました、兄上もお気をつけ下さい』


 最強種のドラゴンであるカザードに、”厄介”と言わしめる程の数なのだ。魔物達が砦や木壁を壊そうと躍起になって取り付いている間に、公爵の旗印が靡く大型馬車を強襲する。

 ドーナツ型に馬車を包む様に展開している正規軍だけでも凡そ八百。北側からカザードが奇襲を掛け、生じた隙に反対側から一点突破する。


 向こうからすれば此処は僻地。持久戦になった場合、満足な補給も儘ならないだろう敵方に比べ、防壁内に籠城すれば食料その他の自給が可能な俺たちに分が有る。だが、戦争など長引かせるべきでは無いし、それどころか総力同士のぶつかり合いすら何とか回避したいと考えている。


 人一倍タフな獅冬や、膨大な知識を持つ晴彦が、その能力と近代的な火器で重武装して前線に出れば、紙人形の様に敵をなぎ倒せるだろう、しかし一方的な殺戮はPTSDを誘発する要因となる。どれだけ鍛えた屈強な兵士でもそれは避けられず、より健全で、よりまともな神経をしている程に患いやすい。数多い実例を目の当たりにしてきた俺には、精神科医などと言う概念すらも存在しないこの世界で、彼らにそういった重責は背負わせられない。

 それは今まで剣と魔法の戦いしか経験の無い、この世界の者達にも言える事だ。


 必然的に発生する死者数を織り込んだ後に繰り広げられる、この戦争という光景に嫌気が差していると言うのも正直な気持ちだが。


 今の内から戦後の事まで考えるのは些か贅沢な事かも知れないが……最善を尽くすと決めたのだ。そして最善とは、元凶たるエールブリッツを真っ先に潰す事。傀儡たる兵士達や、操られている魔物は今は見ない。




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