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53《黒クモと赤クモ》

 


 方針を打ち出してからから十日が経った。

 俺達の動きは、これまでにない程に精力的で迅速なものだった。

 皆それぞれ思う所があるのだろう。俺も人の事は言えないが……。





「急ぎで納品できるモノのリストが欲しい。追伸:C国製のPKMは二度と要らん。」


 あの日、リビングから皆が解散した後、すぐに木村にメールを送り付けた。

 最近では生活必需品を注文するやり取りを夏美に任せおり、俺が直接メールを送るのは久しぶりだった。


『今日はナツミじゃないのか。そもそも売れ残りだと言っただろう。生きてて何よりだ。急ぎか、リスト内なら数日で届ける。今はM2も用意してある。責任持って全部買ってくれ。』


 と、数分で返信されて来た。


「全部は要らんが……」


 リストを見ると、書かれている商品の種類自体は多くない。


 準備に時間を掛けられない為か、日本国内でライセンス生産されている物が殆どだったが、前回の事を覚えていてくれたのか、わざわざM2を調達してくれていた様だし、急な注文に対応してくれるだけでもありがたかった。


 気遣いに感謝しつつ、防壁門の上部警備室に設置しているPKMからの取り換え用も含めて、M2重機関銃を八挺、96式40mm自動擲弾銃、84mm無反動砲等を十二挺ずつ、補給弾薬の注文と共に晴彦や獅冬からメールで贈られてきた『欲しい物リスト』を貼り付けて注文した。

 発注を掛けた二日後から受け渡しは始まり、何度も回数を重ね、四日後に全ての商品を受け取った。



 夏美は低純度のミスリル合金をペンダントトップに仕上げた物に自分の魔力を込め、その固有の魔力波を検知する魔道具をセットで晴彦と共に創りだした。

  空港で良く見かけるハンディタイプの金属探知機に良く似た魔力波検知魔道具は各外壁門に設置され、ティアドロップ型のペンダントはザッタール商会の商会員やフェリアルからの出入りの商人達に配布されている。

 夏美以外の偽造が不可能なペンダント認証は、不審者の侵入防止等、セキュリティ向上に一役買ってくれるだろう。



 グスタブとジェラレオは、スケイルとタスク両部隊で連日の様に合同訓練を行い、互いに練度を高め合っている。

 今回の一件を少なからず聞いている兵士達の士気は総じて高い。

 毎朝行われる早朝訓練には、欠かさず俺も参加している。訓練量は俺が某部隊に居た頃の半分も課していないが、陰で鬼と呼ばれているとジェラレオから聞いた。走り込みの量を増やして欲しいらしい。



 リアマーラは、夏美の乗るカシードからの高高度降下訓練に勤しんでいる。

 王都に残った貧民街の仲間への連絡役を引き受けたリアマーラだが、単体では長距離かつ安全な高高度を維持できないため、王都近辺までカシードに運んで貰い、そこから闇に紛れて一気に降下する手筈だ。

 商隊等に紛れての潜入も考えたが、警備が強化されている事を予想すれば、万が一を考えて却下せざるを得ない。

 急降下は、翼に相当な負荷が掛かるらしく、毎日の風呂あがりに、夏美に『のびのびサロマンシップα』を背中に貼って貰っている。湿布臭い有翼人、という珍しい光景にも、もう慣れてしまった。



 獅冬やセラスは補給ラインが狭まった時に備え、住人と協力して年間を通して涼しいティヴリスでも生育が良く、面積あたりの収穫量も多い、米と芋類、の作付を大々的に増加させようと作業を進めている。食の確保は何よりの最重要課題と言える。

 最近では、収穫量の多い日本産の芋類と、この世界の原産である、カトゥーフラと呼ばれるサツマイモの様な品種同士を接木しての品種改良も試みているようだ。

 セラスは学校業務の補助と兼任で大変そうだが、獅冬と睦まじく支えあって頑張っている。

 はっきり言って見ている側としては、さっさとくっつけよ、常々思う。



 一時的にザッタール商会を任せたエリアスも、これまで以上にその手腕を振るっている。

 需要の増加を見込んで、硫黄や鉄鉱石、包帯に使える布類など優先順位の高い物から備蓄を進めている。

 先日、ジェラレオがエリアスを食事に誘っていたが、「忙しいので。」の一言で撃沈していた。

 そもそも、飲食店など無いのだ。ジェラレオが料理を出来るとは聞いた事が無いし、何を考えていたのか分からないが……まさか枝豆だけ食わせていれば良いとでも思っているのだろうか。



 数名の捕虜は、本格的に開戦してから放逐する事とした。

 これだけ長い期間此方に居たのだから此方のスパイと疑われる可能性も高いだろう。

 だが、その結果、彼らがどうなるかは知った事ではない。自業自得としか言えない事だ。




――――――――――――――――――




 晴彦が防衛用兵器として転用を進めている魔道機械。

 それは宅配BOXでは転送出来ないサイズの機械の代わりになればと、元々は農耕の補助や岩盤掘削用に産業機械として開発されていた物だ。


 通称クモと呼ばれているそれは、荒地や森林部での使用を想定しての四本脚。二本足で立つ竜騎装に比べれば愚鈍でしか無く、どう見ても戦闘には向かないと考えていた。


 無線操作式の無人機として作られていたが、有人化して火器を取り付ければ移動砲台となる。防衛用途にはある意味向いているかも知れない。


 試験機が完成したと聞き、今日は晴彦の家まで見学に向かう予定だ。




――――――――――――――――――



 居住空間2:研究スペース8、と言う極端な比率が日々差を広げ続けている晴彦と獅冬の自宅は、家と言うより、研究所そのものだ。そして相変わらず雑然としており、汚く、不用意に歩くと危ないレベルだ。

 

 目の前のクモの胴体形状は、流線型のEV自動車の車体を、薄く削って角ばらせた物に近く、サイズも軽自動車よりやや小さい程度。

 蜘蛛の様に広がる四本脚は足先に近づくに連れて細くなり、脚部の先端に付く三本爪でしっかり地面を踏み締める機構が新たに取り付けられている。


「多少足場の悪い所でも動けそうだな。もう名前は決めたのか?」


「んー、どう見ても蜘蛛ッスからね……ここは無難にスパイダーとか……シュピンナーとか? ドイツ語ッスけど」


 安定性を重視したのか車高は2.7mと意外と低い。二人乗りの胴体部分はガラス面を最小限に留めており、前部中央に三種類の高感度カメラを内蔵したカメラアイが一つ、後部と両サイドにも補助カメラが取り付けられている。

 クモは外骨格装甲服より電子機器の搭載割合が少なく、どちらかと言えば魔導具寄り。科学技術の使用はカメラや火器管制等の補助システムに限られている。ミスリルも使用を控えており、発砲の反動を抑えるためにも鉄の使用量を増やし、重量を上げている。


 やはり、元が産業の補助を主とする機器として開発を進めていた物だけに瞬発的な機動力は極端に低い。搭載可能重量も少なく、歩行速度は火器と乗員二名のみで時速にして15km。人の歩行速度より早い程度だ。更に足が多いだけにどうしても製造時間やミスリルの使用量も割増してしまう。


 だが森林部での走破性、初心者でも運用できる安定性、前後左右に移動できる移動性能は高く評価できる。

 これなら防衛部隊の付随戦車や移動砲台としての役目を十分果たしてくれるだろう。



「名前は後で考えるか……、晴彦、この辺りのミスリル埋蔵量はやはり減っているのか?」


「あぁ、説明してなかったッスね。勿論使ったら減るッスよ、減ったら地面から吸い出す時に負荷みたいなのを感じるようになるんス。でもミスリルだけは大体一ヶ月もすれば元の吸出し易さに戻るんスよ。他の金属は戻らないっすけど。原理は分からないッスけど……今のところは心配無いんじゃないッスかね」


「そうか……。まぁ解らない現象はこれに始まった事じゃないしな……」


「うぃ。コレ取り敢えず動けるようにはなってますケド、問題は武装ッスよ。どうします? この間買ったPKMでしたっけアレは信用性低そうッスよね。その……改造された……亜人に翼持ちっぽいのも居たッスけど……」


 確かに、コウモリの様な皮膜を持つ者も居た。今後は空からの攻撃にも備えなければ為らない。


「そうだな。新しく届いたM2を上に据え付けてくれ。後で運んでおこう。……それと、これなら腹部に96式擲弾銃を搭載出来そうだな。」


「了解っす、細かい調整は後で進めておくとして。…………夏美姉のも出来てるんスけど……呼びます? てか、ほんとに乗せちゃって良いんスか?」


「うむ……本人の希望だからな……。それに、俺としても生身で前線をうろつかれるより、何かに乗っていて貰う方が気分的に幾分マシだ。」


「まぁ、そうッスよねー。夏美姉、結構頑固なとこ有りますもんね。あん時のビンタはマジでビビったッスよ……。んじゃ説明も兼ねて呼ぶッスよ。」


 晴彦がPHSを操作して数分後。

 KTM450SXの重低音と砂利を踏みしだく音が近づいてくる。


「どーもー! うっわ、なにこれ! もうちょっとでゴミ屋敷!!」


「夏美……、近距離でもヘルメットを付けろと言っていた筈だろう。次見つけたらバイク禁止。」


「あ……ちゃうねん! いや、違うんです! 急いでたので……違わないです、ごめんなさい」


 若干シュンとした夏美を連れ、晴彦の案内で奥から裏庭へ出ると、コルベットが脇に移動されており、その代わりに防災用防水シートの掛けられた物体が庭の中央に鎮座している。


「これッス。行きますよ……」


 晴彦がバサァっと、シートを外すと中から出てきたのは先程のクモを改良した専用機。


「おぉおおお! 可愛い!!」


「……晴彦……これは派手過ぎるだろ……」


「自分もそう思ったんスけど……夏美姉が譲れないって……真明兄だって、出来るだけ希望を聞いてやれって言ったじゃないッスか」


「いや、確かに言ったが……そもそも可愛いのか?」



 防衛用の試作機は黒く塗られていたが、夏美専用機は色からして違う。


 真っ赤に吹付け塗装された上に、目立つオレンジ色のラインが太く引かれている専用機は、四本足と複眼のようなカメラアイも相まって、有毒な蜘蛛にしか見えない。何と言うか……禍々しい。


「外見は置いといて……コレはッスね……」


 胴体上部には銃器の代わりに、平べったい回転式砲塔が据え付けられており、その砲塔には長さ1.5m程の細長い砲身が据え付けられている。

 夏美が今まで素手で行なっていたらしい魔力の射出を、高精度で再現する為の砲身だ。

 弾薬箱の代わりに高純度のミスリニウムブロックを積み込んでおり、あらかじめそこに蓄積させておいた魔力を撃ちだす構造になっている。

 防衛用途の試作機とは違い、オールミスリニウム製の専用機は頑強で、量産機より高機動らしいが、夏美の攻撃特性から考えればもっぱら後方支援、狙撃などが主流に為るだろう。


「これ良いですよ! 強そうだし可愛い! なんか……専用機ってグッと来ますよねっ! 真明さん、私ちょっと試乗したいです! 晴彦! これどっから乗ればいいの!? って言うかどうやって動かすのよコレ!!」


「あー! ちょっと待って! 夏美姉、そこは触らないで! これはッスね……このハッチを開ける前に……」


「ん? これ? ここに魔力入れる感じ?」


「あぁあああ!! そこに入れたら駄目ッス!! 割れる!! デリケートなんスからぁああ!」


 晴彦の悲痛な叫びも、最高潮のテンションを保つ夏美の耳には届いていない。


「長引きそうだな……先に帰るか……」






 その夜。


「周辺の木々が何者かに薙ぎ倒されていると報告が!」


 と、グスタブが慌てて飛び込んで来たのは……まぁ、ある意味想定内だった。





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