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52《ワガママと、止めたい気持ちと、止められない思い》




 押鐘が乗ってきた馬車と俺たちのコルベットの中間に、頭を潰された三人のハイブリッド兵が倒れている。


「僕らが出た途端、馬車から飛び出てきたのさ。御者は……あそこだよ」


 指さされた方を見ると、少し離れた先に御者の男が転がっているのが見える。非戦闘員の殺傷は出来るだけ避けろと言ってあるが……情報の漏洩防止という観点から見れば責められない。


「……此方に怪我をした者は?」


「タスク隊に三名。でも軽傷さ、問題無いよ。ただ晴彦君がね……今は落ち着いたけど」


 ジェラレオの目線の先では、晴彦が膝に手を当て、コルベットの前で立ち尽くしている。


「……晴彦。」


「あぁ……真明兄。……スンマセン、なんか想像したら吐いちゃったッス……」


「……気にするな。気分はどうだ?」


「うぃ、もう大丈夫ッス」


「そうか。晴彦、これを……預かって来た。押鐘の手記だ。中身は俺も覗いた程度だ。渡しておくが、読むかどうかは自分で判断しろ。読むなら……落ち着いて、しっかりと心づもりが出来てから確認しろ。いいな。」


「心づもりッスか……? 分かりました……預かりまス。」


「それにしても怪我人まで出してしまったか……」


 同郷なら分かり合えるかも知れないと、僅かにでも、心に淡い希望を抱いた俺の甘さが引き起こしてしまったのかも知れない。しかし合わなければ良かったなどとは思えない。


「しょうがないさ。僕だって初めは、よく喋るけど、良い人かなって思ったからね……まさかあんな事してたなんて思いもしないさ。それで……その本人は?」


「…………国へ帰った。」


「そっか……。まぁ閣下の怒鳴り声も少しは聞こえてたしね……」


 それでジェラレオは察してくれたらしい。


「それより……色々と嫌な話を聞いた。遺体を埋めたら、俺達も引き上げるぞ。」


 晴彦にジェラレオを付けてコルベットに先に乗らせ、残りの人員で遺体を埋める。


 こんな姿に成り果て、殆ど意識が無くても人は生きていたいと願うのだろうか……。

 頭を振って、ネガティブな考えを無理やり振り払う。


 タスクの一人が持っていた剣を墓標代わりに突き立てると、その根元に火を付けた煙草の吸い口を埋め、コルベットに戻る。


「……戻るぞ。俺達の家に。」


 盛大に枯れ草を巻き上げながらコルベットは草原を走り抜ける。






――――――――――――――――――







 自宅に戻ってから、すぐに熱いシャワーを浴びた。生身で人を撃ったのは久しぶりだった。忘れていたような自分への嫌悪感を急いで洗い流してしまいたかった。




 夕食後に皆をリビングに集めると、起こった出来事の顛末を詳細に説明した。



「医者に人体実験たぁ……、貴族様ってのぁ随分ふざけた事させるじゃねぇか……!!」


「禁忌を犯していたとは……止めないと、もっと多くの民が犠牲に……」


 激しくエールブリッツに憤る、獅冬やセラス。


「どうして……そんな事になっちゃったんでしょうね……」


 道を違えたが故、もう会う事も出来ない同郷人に思いを馳せる夏美。


「自分達だって……ヘタしたらそうなってたかも知れないんスよ……分かんないッスけど」


 託されたメモ帳を握り俯向く晴彦。中身は見たのだろうか。


「亜人を実験に……それで急にいなくなる奴が増えてたのか……チクショウ……あそこに残った奴らも無事だと良いんだけどな……」


「兄さん……皆逞しいから……きっと無事だよ」


 サイラーク王都に残る事を選択した貧民街の仲間を心配するインラウスとリアマーラ。


「やはり始まるのですね……このままだとフェリアルも……」


 侵攻作戦が近い事がはっきりとし、トリトスの身を案じるエリアス。


「まぁ、僕らはエールブリッツ公にとってみれば爆弾でしょ? どうしたって戦が始まってしまう事は避けられないさ。」


「そうじゃな……。我らは一刻も早く防備を固めねばならん。ジェラレオ、預けておる新兵の具合はどうだ?」


 切り替えも早く、ティヴリス防衛に関して、その場で議論を始めるグスタブとジェラレオ。


 皆の反応は三者三様だ。



「……聞いてくれ。俺達の方針は……これ迄通り変わらん。ここに暮らす者の安全を第一に考えてゆく。」


「兄貴! 王都の仲間を……亜人達を見捨てろと言うのか!? 」


「インラウス殿。ならば我らに王都を攻めろと申されるのかな?」


「それは…………」


「インラウス、最後まで聞いてくれ。まずはグスタブを中心に首都の防備を固める。必要ならゴルナートにドレイク達の派遣を要請しろ。」


「はっ! 確かに申し受けました」


「獅冬、セラスは住民達と協力して、食料品を出来るだけ蓄えて欲しい。補給ラインが途絶えた時の事を考慮してだ。」


「あぁ。でもよ……」


「続きを聞いてくれ。エリアス、お前には明日から一時的にザッタール商会の最高権限を引き渡す。商人達と連携して可能な限りの必要物資を備蓄してくれ」


「畏まりました、失望させないよう尽力致します。」


「晴彦、産業機械の代わりにと農耕補助の魔道機械を作っていたな。夏美と元近衛の術師達とも協力して防衛兵器への転用を考えてくれ。あれなら機銃を付ければ動かせる」


「了解ッス。でも元が無人機なんで、有人仕様にするのは時間掛かるかも……いや。…………急ぐッス!」


「頼む。……エールブリッツを、忌むべき研究を止めたい。皆の、この意見に俺も依存は無い。だが……これは俺たちの問題だ。外骨格装甲服で乗り込めば……最悪でもエールブリッツの首ぐらいは取れるだろう」


 退路を考えなければ、と言う条件が付くが。


「は!? 兄貴? ちょっと待ってくれよ! 残った奴らを助けてやりたいってのは俺が言い出した事だけど!」


「マサアキ殿……まさか、また、お一人で行こうと考えているのではありますまいな?」


「研究を加速させてしまったのは、押鐘凛太郎……日本人。使われた医術も俺たちが持ち込んだ早すぎた技術だ。…………だからこれは俺達の問題なんだ。」



 ……ただの屁理屈。ひどい我儘を言っている事は、重々承知の上だ。



 押鐘という男が、何を思い、何を考えていたのかは、もう知るすべはない。

 だが、突然異世界に飛ばされ、たった一人で孤独に生きる中、俺達とは比べ物にならない苦悩があったのは、最後の表情からも容易に想像できる。

 悲しみに身を任せ、安全な壁の中に篭っているだけでは何も分からないままだ。

 何も、この世界のシステムや観念を根底から覆してやろうなどと大それた事は考えていない。

 ただ、救える者に手遅れの者。救えなかった者に、手を伸ばせば救えるかもしれない者。そういった者達にどうすれば報いれるのか……


「そんな! ……マサアキ。転がり込んでいる身の私が言うのもなんだが……。亜人問題や公爵家との確執は元々私達王族が解決すべき問題なのだ。マサアキが犠牲になって終わることではない。」


「セラス……それはそうだが……」



「真明さん、ちょっと。」



 バチィーン!! 

 振り向いた瞬間、派手な音をあげて夏美の平手打ちが顔面に炸裂した。体重の乗った強烈な一撃に座ったままで、たたらを踏む。


「な、夏美、いったいなんの真似だ?」


「……心外なんですよね。あの日、私の覚悟を認めてくれたんじゃなかったんですか?」


 何故か、叩いた本人の目が潤んでいる。


「…………認めるも何も、どういう事か解ってるのか? この世界で戦争がどういう位置付けなのかは知らんが、仮にも一国のトップを襲撃すると言っているんだぞ? 今までの防衛ゴッコとは比較にならん程に危険なんだ。事後だって俺一人の暴走という事で片を付けれるなら……」


「……マサよ。まぁ聞け。……俺達には行く宛のねぇ奴らもいるがな。殆どお前に惹かれて集まってる様なもんだ……けどよ? こんな時に……支えの一つにもなれねェ程、お前に依存しっぱなしって訳でもねぇんだぞ。」


「真明兄、自己犠牲も此処まで行くと重いッスよ。預かったメモ帳、全部解読するまで生きてて貰わないと困るんスよね」


「フェリアルも脅威に晒されている以上、我関せずでは居られません。それに文字一つも書けない人に任す訳にはいきませんので」


「兄貴……俺達も共に戦う。いや共に戦わせてくれ!」


「……………何を……無傷では居られないかも知れないんだぞ……」


「今更何を言っているんだい? 当然じゃないか、僕らなんて既に逃亡兵扱いだろうからね、ハハハ」


「義には義で答えるのがサイラーク王家に仕える近衛の有り様に御座います……マサアキ殿に助けられたこの命、亡き先王様の仇……エールブリッツの首を取るためなら使って惜しく有りませぬな」


 頬のヒリヒリとした痛みと共に、皆の揺るぎない真っ直ぐな意思が染み入って来る。



「………良いだろう。…………ジェラレオ、そしてグスタブ。タスクとスケイル両部隊に何時でも出撃出来る様に準備させておけ。訓練の量も倍に増やせ。正直今のレベルでは話にならん、明日から俺が鍛え直す。此方の防備が整い次第………………エールブリッツを討つ」



「姫様……!!」


「あぁ。遂にこの日が……」


「マサァ! 俺は、この言葉をずっと待ってたんだぜぇ!」


「森での運用なら……あれは多脚のままで良いか……」


「急いで王都に残ってる奴らに連絡を取るぜ!」


「兄さん! 私が飛びます!」


「……待てリア。皆も少し落ち着け。そして勘違いするな。俺は……」


「はいはい。じっとしてて下さいねー。どうせ、『原油資源を遊ばせて置くのが惜しいと思っただけだ……』とか言うんでしょ? 分かってますよー、真明さんはあくまでも、自分の為にするだけなんですよねー? ほんと自己中ですよねー?」


「あ、あぁ、その通りだ……」


 自分がぶっ叩いた俺の頬に冷却シート、冷えピッタンを張りながら話す夏美の言葉には若干含みが有る。


「まぁ良い……何よりも、まずは準備だ。また何が起こっても此処を守り抜ける様にしなければ安心して動けん。その後は…………サイラーク王国を取り戻すぞ。…………原油の為に。」


「はいはい。」

「了解ッス!」

「おう!!」

「はいっ!!」

「了解しましたぞ!」

「かしこまりました。」

「任せろ!!」

「私も頑張ります!」


「倍か……忙しくなるねぇ……」



 もうすぐ日付が変わろうとする深夜の事。


 外の寒気とは対照的に、この部屋の中だけは熱気に噎せ返るようだった。





メリークリスマス!

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