51《迸る狂気と苦悩の狭間で》
指示されるがまま、一斉にローブを落とした兵士達は上半身裸。フードローブの下には、ズボンしか身に着けていない。
護衛六名の内、半数は女性だが、羞恥心の欠片も見せず、その胸部をさらけ出している。
虚ろな目をした彼らの口元に見える犬歯や、頭の上に付いている耳。
彼らは亜人だ。……いや、だった。と言うべきか。
亜人にしても身体がおかしい。
具体的に言えば、一番近くに立つ男は、肩から先が不自然に逞しく、房々とした黒い体毛に包まれており、鋭い爪が生えた長すぎる四本の指は明らかに人族のモノではない。
その隣に立つ女性は、背中から生えたコウモリの物の様な皮膜が上半身に巻き付いている。
他の亜人達も、その腕や脚が根本的に違う。
「なんなんだ……これは……」
「あれは……ハヌマンの腕……?」
呟くジェラレオに、押鐘が嬉しそうに話しだす。
「そうです、その通りですよ、こいつはハヌマンとか言う、でかいオランウータンみたいな生き物の腕なんですよ! 僕はね……病理医の傍ら、神経外科で勤務していたんです。此処に来て、『治癒魔法』なんて、とんでも無い物が使える様になったせいで、医者としてのモチベーションはがっくり下がっちゃいましたけど、代わりにこんな事が出来るようになったんですよ。哺乳類に近しい生き物なら、その頭をすげ替えることだって簡単なんですよ! 僕の知識と治癒魔法が有ればね、凄いでしょう!? これはもうノーベル賞ものですよ!」
狂気。狂っているとしか思えない。
「でもやっぱり人と魔物の組み合わせは長くは持たないんですよね、でも亜人同士なら上手く行ったから……クハハハッ! これで……晴彦くんの足も治してあげれるよ?」
「え、遠慮するッス…………うぅ、うげぇえっ!」
(想像してしまったのか……)
押鐘は完全に自分の演説に酔いしれており、晴彦はこれ以上吐く物が胃に無いのに、真っ青な顔で、何度も何度も嘔吐し続けている。
「押鐘……お前はこんな事を繰り返してきたのか?」
「ん? ひょっとして僕を責めるんですかね? だってしょうが無いじゃないですか、言われる通り協力しないと……僕があぁなっていたんですよ?」
「……彼らは……、元に戻せるのか」
「戻す? ハハハハハッ!」
押鐘は笑いながら”元”亜人女性の胸を鷲掴む。
「嫌だなぁ、神経組織を治癒魔法で無理やり繋いでるのに……出来る訳ないじゃないですか。どのみち記憶も残ってませんし、元の部位なんかとっくに廃棄されてますよ」
「……そうか。」
パァンッ!!
「ヒィッ! あ、危ないなぁ! あ……、あぁーあ……」
腰からシグを引き抜くとそのままの流れで、胸を掴まれている亜人女性の眉間を至近距離から撃ち抜いた。
もはや人に戻れないなら…………あの爪や膂力は危険すぎる。遠慮は必要無い。
亜人はぐらり、と大きく傾いてから崩れ落ち、銃声で正気に戻った晴彦が慌てて俺の後ろまで後ずさる。
「気に入ってたのにもったいない……がっかりだよ……端山さん。せっかく会えた日本人同士仲良くやれると思ったのに。それに晴彦君もね。君なら僕の偉業を理解してくれると思ったんだけど、いきなり吐くなんて失礼だよ…………残念だけど……殺せ!!」
残る五体が一斉にこちらを向き、跳びかかろうと姿勢を低く取った瞬間、一拍遅れて銃を抜いたジェラレオ達と共に銃弾を浴びせる。
撃った弾はどれも相手の心臓付近を貫通しているが、その動きは止まらない。
突進を止めようとしたタスク隊の一人が、ドガァン! と大きな音を立て壁に叩き付けられる。
「心臓を撃っても止まらん! 頭を撃て!」
「了解!」
すぐにシグを全弾撃ち切ったジェラレオは背負っていたF2000を構え、カタカタカタッ! と三点バーストで頭を狙い始める。
「ハハハッ! 当然だよ、こいつらに痛覚なんかもう無いんだから。脳下垂体を弄って攻撃性を高めるホルモンの分泌を促しているんだよ! 僕の得意分野なん……」
パァンッ!!
押鐘の足首を撃ちぬく。
「ぎゃあああ!! 痛い痛い痛い痛い痛いーっ!! 晴彦君のぉ! 足を治さなくても良いのかぁ!? 原油だって……! 僕ならこの程度すぐに治るせるんだけ……」
パァンッ!!
転げ回りながら叫ぶ押鐘の、もう片足首にも9mm弾を撃ち込む。
「ぁあああぎぃいいいいい!!」
「押鐘……お前は喋るな」
床に転がっている元亜人達は全員頭を潰され、もう動いていない。
「……ジェラレオ。俺はこいつに訊く事が有る。晴彦を連れて表に出てろ」
「あ、あぁ了解」
――――――――――――――――――
濃密な血と、火薬の匂いが充満する部屋。
俺と押鐘以外の全員が外に出ると、押鐘は騒ぐのを止め、足の止血もそこそこに、質問に対して意外な程、素直に答え始めた。
転移後、押鐘の能力に目を付けたエールブリッツから、身の安全と引換に亜人を被験体にした忌むべき研究に従事させられた事。
成果を出して、それなりの権限を渡されていた自分が、手紙に書いた通り今回の会談を主導していた事。
亜人と魔物を合成したハイブリッド兵は百を越え、正規軍と併せて侵攻準備が整いつつあると言う事。
他にも、原油が湧き出している地点の詳細、エールブリッツ本人の情報も、穏便に訊き出せた。
やはりエールブリッツは、あの手紙の裏でティヴリス侵攻に向けた準備を着々と進めていたと言う事だ。
中東の石油に南米の麻薬。利権が絡む所には必ず争いが付き纏う。
エールブリッツにとって、多大なるメリットと、致命的なデメリット、その両方をティヴリスが保有しているのは理解できるが、竜族と防衛協定を結んでいる俺達と本気で戦争を始める気なのか……?
異種族を強引に接続した亜人は個体差は有っても、総じて三ヶ月から五ヶ月程しか生きられないらしい。
もし本格的な侵攻が始まるとするなら……、人魔の融合が自分しか出来ないと言っていた押鐘の言葉を信じれば、ハイブリッド兵の”期限”を考えても、侵攻まで残された時間は多くないだろう。
「これで……質問には全部答えました…………僕からも一つ……聞いて……良いですかね……」
押鐘の声は、か細くなっており、聞き取りづらい。
壁に持たれて掛かって座る押鐘の正面にしゃがみ込むと、頷いて見せる。
「……どうも。……端山さん達は……本当に……こんな世界で……本当にやっていけると思ってるんですか……。争い、奪うことしか興味がないような奴らばっかりの中で……」
押鐘の両足首から流れ出た血液は床に大きく広がり、転がる亜人達の血液と混ざり合っている。
「…………どうだろうな。先の事は分からん。少なくとも、自分の仲間を守りたい、と思える内は頑張るさ」
「クハハっ……はぁー……仲間……ですか。……端山さん、顔に似合わず臭いセリフ言うんですね……クハッ……僕も結構、エールブリッツに入れ知恵しましたけど……まぁ……ドラゴン? が、いるんなら簡単には……負けないか…………」
「押鐘。…………治癒魔法を使わないのか」
情報を聞き出す過程で死んでしまっても構わないと、多少なりの殺意が有った事は認めよう。この出血量だと確実に死ぬ。
「僕は……これでも医者ですから……自分で言うのもなんですけど……僕は海外から……クランケを受け入れる位に優秀でしてね……自分の身体の事ぐらい分かりますよ……そうだ……もう一つお土産が……クハッ、忘れる所でした……」
身を捩り、ポケットから震える手で小さなノートを取り出す。
「あぁ……良かった……汚れてない…………これ……が本当のお土産です……受け取って……下さい……」
渡されたのは、日本でなら何処ででも売っている様な、リング式の小さなメモ帳。ずっと使っていたのか表紙は色褪せ、四隅は擦り切れて角が取れ、丸くなっている。
中を捲ると、先程訊き出した”全ての情報”に加え、押鐘の研究成果と思しきデータまでが、余白まで使ってびっしりと手書きされている。
「なんだこれは……、何故……何故これを最初に出さなかった……!!」
「クハハハハッ……良い……リアクション……なんでですかね…………僕はこうなりたかったのかも…………知れないですね……」
「こうなりたかった……? お前初めから……これを渡して…………!!? 舐めてんのかぁ! 償いがしたけりゃ自分の手でやれ!」
死にたい程に悔やむのなら、何故こんな事に手を貸した!! 口調が変わってしまっている事にも気づかない程、感情が沸騰する。
「クハハハッ……そん……なに怒らないで下さいよ……僕はね……誰よりも自己中、なんです……。死ぬ勇気が無かった……とも言いますけどね…………そのノートは……晴彦君にでも渡して下さい…………彼ならきっと……理解できる…………正しい、使い道をすれば……色々と役に……立つ筈です……」
「てめぇ! 晴彦に全部押し付ける気かぁ! 甘えるなぁ!! すぐ治癒魔法を使え!! 自分の手で償え!!」
「ハハッ…………彼が……僕みたいに道を誤らないように……ちゃんと……見ていてあげて下さいよ…………」
急速に目が光を失ってゆく。
「あぁ……これで日本に……帰れるのかな…………あぁ……でもドラゴンは……ひと目見たかったな………………戻ったら……僕を待ってるクランケを……それから……急いで……オペの計画を……きっと……徹夜……それから……宅……配ピザ……たっぷり……注文し……それ……から……………………」
目の弱々しい光が完全に消えた。
体が消えて日本に戻れた訳でもなく。
壁に持たれたまま、首を俯けた姿勢で眠るように。
「………………言われなくてもしっかり見守る。……それに晴彦はお前よりずっと強いぞ……。俺の……自慢の弟だからな……お前が心配するだけ無駄だ……」
(だから今はゆっくり眠れ。)
そう心の中で呟きながら、半開きの瞼を閉じてやる。
色の失せた口元は微かに。ほんの微かにだが、安らかに微笑んでいる様に見えた。
――――――――――――――――――
小屋の外に出ると、来た時よりも風が強くなっており、なかなか煙草に火が付かない。
何故、押鐘一人だけが、俺達四人が転移したティヴリス大森林と、掛け離れた場所に転移したのかは不明だ。
「クソッ……悔やんでいるのは俺も同じか……」
もっと早く、もっと違った出会い方をしていれば、押鐘凛太郎は、五人目の日本人として俺達と共に歩んでいたかも知れない。
だが、俺達が違えた道は交差せず、溢れてしまった水は二度と戻らない。
呟いた言葉は乾いた風に飲み込まれ、煙と共に空高く消えていった。
レビューを書いて頂きました、有難う御座います。
ご感想お待ちしております。




