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50《最後の合流者》




 正確な地図が無いこの世界には、明確な国境線が存在しない。


 精々が川や崖、山脈などの自然物を基準にする程度で、基準の少ない土地は所属の曖昧な緩衝地帯となっている場合が多いと聞いた。

 それは、だだっ広い平原部を挟んでサイラークと接している、ティヴリスの国境とて同じ事だ。


 そしてその平原にぽつんと建つ、真新しい板張りの小屋は心無し、どこか寂しげに見える。





――――――――――――――――――




 二日前に正門前に届けられた文書を携えて来たのは、帽子に黄色く染めた大きな鳥の羽を挿した使者。

 セラスやグスタブに拠ると、頭の黄色い羽は正式な使者である事を示す象徴で、過去に黄色い羽帽子の使者を攻撃した国家が泥沼の全面戦争に陥った歴史も有るらしく、正門を警備していた兵士達も攻撃せずに手紙を受け取ったらしい。



 俺とインラウスが水車小屋から自宅に戻った時、リビングには、夏美、晴彦、リアマーラ、獅冬、セラス、エリアス、ジェラレオが集まっていた。


 人の多いリビングに駆け込んできたグスタブが運んで来た封筒の手紙は三枚組。エールブリッツ公爵の署名がなされており、これが正式な親書なのだと強調付けられている。


 一枚目と二枚目は、トバイアンとルースリーがフレスト国家連合を離れた事を遺憾に思う……云々から始まる、無味乾燥な言葉が連々と綴られていた。無駄に長い文章だったが、要約してしまえば内容は至ってシンプルだ。


 要は、王女の身柄を引渡して、精製済みのミスリルとドラゴンに関する素材を寄越すなら、穀物輸出に加えて軍事同盟を結んでやっても良いぞ。そしてその為の話し合いの場をわざわざ設けてやるから森から出て来い。と言う内容だ。


 上昇を続けている食料の国内自給率は現在95%を越えているし、フェリアルとすら、正式な同盟を結んでいないのに、サイラークと軍事同盟を締結するなど有り得なさ過ぎて笑ってしまう。これが罠なのか悩む以前の問題だ。

 はっきりって無視してしまいたい部類だったが、無視せず、交渉の場に赴いたのには理由がある。


 それは、三枚目の最後に書かれていたのが日本語だったからだ。



――――――――――――――――――

 これが読めていると言う事は、僕と同じ日本人だと思います。

 交渉の場を設けようと言い出したのは僕です。

 今、手に握っているのはあなたが通貨としてバラ撒いている一万円札です。

 同じ境遇の人がいて安心しました。

 交渉と言う建前ですが、実際は僕が会ってみたいだけなんです。

 僕が少数で交渉の場に行きます。どうか話をしにきて頂けないでしょうか。

                             押鐘凛太郎

――――――――――――――――――



 神経質な細かい文字は、日本語そのもの。何より、ボールペンで書かれている。


 自分達以外の日本人が存在したのも事実。しかしサイラーク側にいる事も事実。


 サイラーク側が、国境のぼやけている平原地帯に、交渉の為に家屋を一軒準備したらしい。


 どう考えても罠だから行くべきではないと言う姿勢を崩さないグスタブやエリアス、インラウスに対して、晴彦や夏美は同郷の人間がいるなら会いに行こう、と譲らない。

 セラスまでもが話し合いには行くべきだと言う意見だった。


 平行線を辿る話し合いは紛糾し、実に二時間以上に及んだが、ずっと沈黙を守っていた獅冬の「会ってから決めれば良いんじゃねぇか?」と言う、鶴の一声ならぬ、熊の一声で決着した。



 

 グスタブ達は万が一に備えて防備を固めていて貰わなければならないし、インラウスや獅冬には民衆のリーダーとしての役目がある。

 非戦闘員のリアマーラやエリアス、勿論セラスを連れて行くなど論外だ。


 少数で行きます、と言う向こうの言い分を、鵜呑みにする訳ではないが、人選は、俺と晴彦にジェラレオ達、タスクのメンバーが護衛に付く事になった。




――――――――――――――――――




 周りに風を遮る物が何も無い草原地帯はカラカラに乾燥した冷たい空気が漂っている。

 コルベットから草地に降り立った俺達の前に、ぽつんと建っているのは板張りの小屋だ。大きさは延床二十畳有るか無いかと言った所だろう。

 まだ建てられたばかりの様で、風に乗って微かに真新しい木材の香りが漂っている。


 小屋の横に止まっている馬車はザッタールが商用に使用しているものより少し大きく、ぼんやりとパイプを吹かして時間を潰していたらしい御者は、コルベットを見ると、あんぐりと口を開け、パイプを取り落とした。


 「竜騎装」と呼ばれる事の多くなった外骨格装甲服を、横倒しではなく、膝立ち状態で移送出来る様に後部を大きく拡張したコルベットに乗ってきたのは、俺達三人とフル装備のタスクが六名。竜騎装自体も積んでいるし、上空にはカシードに乗った夏美も待機させている。余程の事がない限り離脱は可能だと思いたい。



「……そろそろ良い頃合いだな」


 手紙に細かい時間の指定は無く、ただ正午頃に、と書かれていたが、時計を見ると現在十二時五分前。


「自分はおっけーッスよ」


「俺が先に入るよ閣下、タスク隊は二名付いて来て。残りはこの場で待機、周囲を警戒して」


「「「はっ! 了解しました」」」




 注意深く扉を開けるジェラレオに続いて、薄い扉を抜けると、意外に室内は温かい。見渡すと、見慣れた物が目に入る。あれは俺達が輸出している燃料不要の薪ストーブ型魔道具だ。

 真四角の部屋を分断するように置かれた長方形の木製テーブルを挟んで両サイドに一台ずつ置かれている。


「やぁやぁ、よく来てくれましたね」


 椅子に座っている男が声を掛けてくる。


「あんたが押鐘さん……オシガネ、で読みは合ってるか?」


「そうだよ。そんな事より会えて嬉しいよ、どうぞ座って座って」


 自分が押鐘凛太郎だと、自己紹介してくる男の第一印象は、爽やかなデブ。

 護衛らしき者は六名。防寒対策か、分厚いローブを着ており、顔は見えない。


 俺達が席に着いた途端、押鐘はそんなに嬉しかったのか、本来お喋りな性格なのかは分からないが、堰を切った様に喋り出した。糸の様に薄い目からはどうにも真意が読み取りにくい。



「――――でね、地面に思いっきり地面に頭をぶつけちゃってね。あ、王都は石畳がでこぼこしててねぇ、あの時は頭蓋骨が割れたかと思ったよ」


「そうだったんスかー」


「そうなんだ、初めは日本に帰りたいし、寂しいしさぁ、もう気が狂いそうだったよ。」


「苦労したんスねー」


「それにしても晴彦君があの高村博士の息子さんだったなんて驚いたね! 幼い君が書いた論文も向こうで何本か読んだ事が有るよ、体内からの電極部へのアプローチ! あれは斬新だったなぁ」


「あぁー、まぁあれは適当ッスよ……」


 一人で饒舌に話続ける押鐘に、相槌を打つ晴彦も少し辟易してきた様だ。


「……押鐘さん、あんたは、医者か何かだったのか?」


「ええ、そうだけど……なんで分かったんです?」


「…………頭蓋骨の事を、トウガイコツと読むのは俺の知る限り医者だけだ。普通は、ズガイコツだろう。それに晴彦の論文に興味を持つのは義体関連の技術者か医療関係者以外には少ない筈だ。」


「なるほどなるほど、いや別に隠すつもりは無かったけど、僕は臨床医だったんです。そういう端山さんも?」


「いや……家に医者が多かっただけだ」


「医者の多い端山って……ひょっとしてあの……?」


 余計な事を話してしまった。


「……さぁな。俺は医者でもないしもう関係ない」


「ふぅん……まぁいいです。それでですね、僕も君たちの所に迎え入れてて欲しいんだけど。勿論いいですよね?」


 断られる展開を微塵も疑わないのが、俺には不思議でたまらない。

 地球人だろうが、日本人だろうが、敵方に付いている以上、無理としか言い様が無い。


「……押鐘さん。申し訳ないが、現状サイラーク国に付いている者を迎え入れる訳にはいかない。それが例え、成り行きだったとしてもだ。……事態が収束してから改めて考えさせて欲しい」


「は? 言ってる意味が良く分からないな……そうだ、お土産もあるんだ、これだよ」


 押鐘が取り出したのは、よくあるジャム瓶程の鉄製の壺。蓋を開けて見せられた中には黒いペースト状の物体が入っている。


「これが何か分かります?」


「カニ味噌ッスか……?」


「そんな訳ないだろう。この匂いは……」


「ハハハ、そうです。これは多分原油ですよ。この世界にも有ったんです。王都の更に東の沼地で湧き出ているのを採取させた物なんだけど。コレ欲しいですよね? 必要ですよね? だったら手を組みましょう! この世界の奴らは土人並の知識しか持ってないんですよ。僕らは文字通り神様みたいなものなんですよ! 今は僕も偉そうなエールブリッツに従ってますけどね……」


「確かに原油は魅力的だが。それでもお断りする。……俺達は別に世界征服を目標にしている訳じゃない」


「はぁああ? ちょっと待って下さいよ。僕の治癒魔法みたいに、多分端山さん達にも何か凄い能力が芽生えているんでしょう? だったらなんでそれを使わないんですかね? 僕らは選ばれた人間なんですよ?」


 希少金属に石油資源。強大な魔法に最新の科学技術。竜族の支援と現代医学まで有れば、もうなんだって出来そうだ。


 だが神だの、選ばれた者だの、選民思想も甚だしい世迷言だ。住人を土人扱いする考え方も気に入らない。自信過剰で傲岸不遜。何と言うか、コイツは駄目だ。


 自己中心的な考え方においては、俺も人類の中で結構上位なんだろうな、と自覚していたが……やはり上には上がいるものだ。

 

 押鐘はポケットから出した一万円札をクシャクシャに握りながら、がなり立てる。


「僕がこの札を見た時どんなに興奮したかわからないだろう! 君等が日本人だから! 僕が! わざわざこの交渉の場を設けて貰うように頼んでやったんだ! その僕が言っているのに断るんですかね? ここじゃどんな事でも力が有れば許される……その力で国でも人でも、気に入らないものは潰してしまえば良いじゃないですか! 協力してやるって言ってるんです! 僕らが手を組めばこの世界で王様にだってなれ……あぁすいませんもう端山さんは王様でしたね。クハハッ。でもあんな田舎の森だけじゃなくて、この大陸全部を手に入れることだって出来ますよ!? その為に、ここは手を組もうじゃないですか!」


 一気に喋った押鐘は息を切らせ、分厚い脂肪の乗った両肩を小刻みに上下させている。言っていることは既に支離滅裂。一人ヒートアップしている押鐘とは対照的に、俺達の顔からは表情が消えている。


「押鐘さん……一身独立して一国独立する……あんたが握り締めている、福沢諭吉の言葉だ。……俺達は、ただ平穏に自立して暮らせる環境を目指している。どの国、どの勢力とも、協調はするが必要以上の干渉はしない。悪いが、あんたとは、気が合いそうにない。晴彦、ジェラレオ、そろそろ帰るぞ」


 揃って席を立ち上がる俺達にも関わらず、押鐘は話し続ける。


「良いのかな……帰って。どんな事でも許されるって言ったよね……君も医学を志す家系に生まれたのなら、僕の言ってる意味が分かるだろ? 晴彦君だってその足、そんな機械じゃなくて生身に戻したいよねぇ? 僕なら治せるんですよ?」


「……何を……言っている?」


「クハッ、やっと乗ってきてくれましたね。良いですよ良いですよ」


 押鐘は億劫そうに椅子から立ち上がると、背後に立つ自分の護衛達を一瞥して言った。


「見せてあげます。……脱げ」


 兵士達は一斉にフードを外し……ばさり、と床にローブを落とした。




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