47《食い物の恨みは怖いのです》
「真明さん、そろそろ掛かって来ても良い時間ですよね」
「……そうだな」
「トリトス様は時計の読み取り方は御存知の筈なのですが……」
ティヴリスとフェリアル間で直通回線を開く為に、電波塔に設置されている無線機の出力向上と、二都市を直線で結んだ外周部防壁に中継ポイントを増設する工事が先日完了した。
昨日の定期便で、テスト通話の時間と手順を書いた手紙に小さな時計を添えてトリトス宛に送っており、今はPCルームで向こうからの連絡を待っている。
手紙に書いた時間は午後二時。現在は二時五分を回った所だ。後ろに立っているエリアスと夏美も落ち着かない様子だ。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
「来ましたぁ! はいはーい、トリトスさんお久しぶりです。スピーカーに繋ぎますね」
『あーあー、聞こえるかの?』
「聞こえている。感度も良好だな。」
『ほっほー! 素晴らしいのこれは! これが広まれば革命じゃぞ!』
「残念だが広めるつもりは全く無い。そっちはどうだ?」
『残念じゃ……。うむ、例の小銃七十丁確かに受け取った。兵達の訓練は、戸惑うておる者がいたと聞くが、まぁ順調の部類に入るじゃろ。食料なんかの備蓄も万全じゃ。飲み水はティヴリス製の水栓魔道具を買い占めておるしの。』
「お得意様になって貰えて何よりだ。」
『はっはっは、儂が死んだら大赤字じゃろう! それよりこの時計は貰い受けてもよいかの?』
ある種の非常時と言っても良い現状だからこそ、フェリアルからの支払いは事が落ち着いてからで良いという事にしたが……。
「はぁ……例え首だけになっても死んでくれるなよ。……時計は持っていて構わんが、他には流すな、そして分解するな。」
『勿論じゃ! ところで……エリアスはおるか?』
「ここにおりますが。」
『おぉ、エリアス……久しいの、元気じゃったか。時に……最近旨かったものはなんじゃ? 』
「はい? 美味しかった物でございますか?」
『そうじゃ。マサアキ殿の家に居るからには……それはもう、毎日毎日、旨いものを食べておろう? ん? 正直に言うてみぃ?』
「確かに仰られる通り、食事は類を見ない程に美味しい物ばかりですが……」
「あー、そういえばエリアスさん、最近枝豆にハマッてますよねー」
「ナ、ナツミ様! それを言っては……!!」
『ほうほう、エダマメーとな……よしエリアス。明日の定期便でそのエダマメー、を此方に送ってくれるかの』
「お断りします。」
『な、なんじゃと? エリアス、儂の言いつけが聞けんのか?』
「……枝豆は案外塩気の多い食物です。お歳を召したトリトス様には向かないかと……」
『んぬぬ……、言うに事欠いて儂の歳を引き合いに出すとは、なんとも食い意地の張った奴じゃ……師弟の縁を切っても構わんのか!?』
「………………でしたら、私はトリトス様にふかふかの藁をお送り致します」
『は? ワラじゃと? 藁とはあの藁かの?』
「はい。ここに、誰かが大切に使っていた帽子が有るのですが……麦藁の。」
『待てええぃ!! 』
「エリアスさん! それはマズイって!」
『マサアキ殿ぉ!! あの馬鹿を止めてくれ! あれは大事なもんなんじゃ!』
「……落ち着けエリアス。取り敢えずハサミをキッチンに戻してこい。」
「……はい。」
渋々といった様子で部屋を出るエリアスを見送って、
「トリトス、そんなに食べたいなら明日の定期便で送っておく様に手配しよう。それと、久しぶりに話せて嬉しいのは分かるが、あんまりエリアスを誂うな。あいつは、与えれば与えられただけ、延々と食べ続ける程に枝豆を気に入っている。俺達の間でも”エリアスに枝豆ネタは禁句”と言うのが暗黙の了解になっている。」
『何と……エダマメー……まるで怪しげな薬の様じゃ……』
「まぁ健康には良い物だ、問題無い。それよりバッテリーの消費が気になる。今日はここで切るぞ、残量が目減りしていたらソーラーに繋いで置いてくれ。」
『了解じゃ、それではの』
自動でスピーカーの接続が切れ、一気にシーンと静まり帰る室内。
「トリトスさん元気そうでしたね、あんなに立派なフラグ建てて帰ったのに……。それにしてもエリアスさん、なんであんなに枝豆好きなんですかね……」
「知らん。まぁ安上がりで良いんじゃないか?」
こうして今日の食卓にも、小さなサラダボウルに大盛りで枝豆が出される。……エリアスの前にだけ。




