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46《閑話:昔の夢と今のユメ》



「ヘィ……ヘイ! おい、チョップ! 聞いてるのか? 」


「……スマン、何の話だっけ」


「またぼんやりかよ。俺の実家に遊びに来いって話じゃねぇか」


「……実家……か。」


「なんだよ、なんだよ。お前は実家帰りたくねぇの?」


「うるさいな、俺にも……色々有るんだよ!」


「若いねぇー! まぁ親ってのは鬱陶しいけどな、嫌いなら日本人お得意のカラテチョップでも食らわしてこい! いつ迄生きてるか分からねぇんだ。親も……俺達もな!」


「ダミー、いい加減もう俺の事は、ほっといてくれよ……」


「そいつは無理だ! 俺達は誇り高い糞GCPの犬なんだぜ。ショボくれた顔されてちゃ困るのさ………………」


 はっきりと思い出される記憶の中、ポルトガル語を早口で捲し立てる、コーヒー色に日焼けしたダミーの顔が薄れていき、代わりに見え始めた自室、天井の輪郭がぼんやり重なってゆく。




 時計を見ると、もう十時。今日は久しぶりの休暇だが、せっかくなので久しぶりに各所を色々と見て回ろうと考えていた。


「寝すぎたな……そろそろ起きないと……」




 今の俺には、此処が故郷で、俺以外の転移者三人を家族だと、胸を張って言える。


 だが、日本での俺の家は代々医系の一族だった。


 父親は大手製薬会社の役員と大病院の理事を兼任し、母親もその企業の主任研究員。軽く十歳以上離れた二人の兄も、俺が中学を卒業する時には医師と外資系製薬会社の役員の椅子に収まっていた。


 年に一度、一族が長野県の本家に集う際、皆が例外なく、医、という文字の付く職業に就く中で、幼い俺だけが他の職業になってみたい! と無邪気に言った時の、親戚一同が見せた、憐れ蔑むような視線はこの歳になっても忘れられない。






 中学を卒業した辺りで限界を感じた俺は家を出る計画を起てた。

 元々友人関係の希薄だった俺は、持て余した時間の全てをフランス語と英語の勉強、そしてひたすら身体を鍛える為に費やした。今では努力の甲斐あって英語とフランス語に加えてポルトガル語を話すことが出来る……異世界言語もだが。


 今考えれば荒唐無稽な計画だったと思う。ただ、あの頃は家から少しでも遠く離れて一人で生きて行きたかった。


 十八歳の誕生日を迎えた俺は、家を飛び出して単身ヨーロッパに渡り、目指していた某国外人部隊の入隊試験を問題無くすんなりと通過。それからの数年間は毎日過酷な訓練に明け暮れた。

 外人部隊は戦争の際、自国の兵士ではなく、他国の傭兵を使えば自国民が傷つかなくて済むと言う、ある意味合理的で、傲慢とも言い換えれる考え方から結成された物。

 はっきり言って、使い潰す、が基本である外人部隊には敵の捕虜となった際の教育は一切されず、言葉通り、力尽きるまで戦う事を強要される。


 だがそんな環境でも俺は充実していた。忌々しい家系の呪縛から地球の裏側まで離れ、たった一人で立派に生きている。それだけでも、これまで感じた事の無い充足感に包まれていた。

 そんな中、俺はいつの間にか伍長となって、原油の利権に揺れる中東へのPKF……国連平和維持軍に組み込まれた。その配属先がダミーの率いる部隊だった。

 日系の血を引くダミーは、ラテンの明るさも相まって、無愛想な事こそが"クール"で、カッコイイのだという、勘違いも甚だしい考えを持っていた当時の俺に積極的に話しかけ、短い派兵期間で唯一気の許せる友人となった。


 俺にポルトガル語を教えてくれたのもダミーだ。本名はジュンイチ・ダミアナ・ピメンテルと言うらしい。本人はブラジル出身の日系四世だと言っていた。


 配属中は一時的にでも本名を捨てなければならなかったが、俺達は偽名を嫌い、あだ名で呼び合うのが普通だった。俺がチョップと言うのは箸を使う人種が珍しいから、という事で、箸、チョップスティックスが所以だ。


 当時の俺は、今期を終えたら素晴らしく可愛くて巨乳の妹を紹介してやる、という、なんとも安い口車に乗せられて、ダミーの実家に行く事を約束させられていた。




 そのダミーが派兵先で死んだと聞かされたのは、日本から父親が急死したと言う連絡が来た日と僅かに一日違いだった。

 親父はポックリと脳溢血。ダミーの部隊は強襲を受けて全滅。ダミー達がどの国に派兵されていたのかも極秘扱いで教えてはくれなかった。


 何かを一度に失い、初めて色んな事に気付いた俺は、程なくして除隊。数年ぶりに日本に帰国した。

 随分待たされて日本への帰化申請が受理されると、親父の遺言により引き継いだ一部の資産を全て換金し、その金を元手にして、不況の煽りで仕事にあぶれた若い技術者達を集め、インターネット通販の会社を立ち上げた。

 幼い頃から仕込まれていた経営や帝王学が役立ったのは皮肉としか言い様が無かったが、時代の流れにも乗り、事業は順調すぎる程に業績を伸ばし、それとは反比例する様に俺は他人との接触を避け始め、数年後には殆ど家から出ない生活を送る様になっていた。


 ベッドの上で微睡みながら考える。


「あの日、速報が鳴らなかったらどうしていたんだろうな……」


 恐らく今も、部下から数日置きにモニター越しの報告を受けるだけの、快適で自堕落な生活を続けていただろう。


 それに比べれば、此処での生活は刺激的な分、苦労が多く、特に人が増えてからは心身ともに休まる暇も無い。

 だが、この状況を楽しんでいる自分も確かに居るのも事実だ。


 自分の新しい家族とも言える仲間と、此処に集まってくれた者達を守る為なら自分の苦労は厭わない。

 それは、かつて自分が所属していた外国人部隊の創設理由にも似た、一方から見れば独善的な偽善行為なのかも知れない。それでも守りたい者があるのだ。


 枕元のPHSを手に取ると朝から何件もの着信履歴が入っている。一番新しい履歴はまだPHSを使いこなせていないリアマーラからだ。


「皆、俺が休暇日だと知っている筈だろう……」


 愚痴を言いながらも僅かに口元が緩む。今日も忙しい一日になりそうだ。






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