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45《仕事は減らない》



 ザッタール達と別れ、中心部から南部に向かって歩くと、建築途中の家がズラリと立ち並ぶ一角に出る。

 住宅区域には地縄が張られ、難民達が自分達の家を建てる作業が進んでいる。指示を出している元近衛達は、獅冬の下で兵舎や何棟もの倉庫を建築しているだけあって手慣れた様子だ。


 住宅は大きく別けて、1Kが連なる長屋タイプと、1DKから3LDKの戸建がメインで、全ての設計は勿論獅冬だ。内部には水栓型と暖房型の魔道具が最低限、各一つずつ設置されており、数や種類を増やしたければ、しっかり働いて各自マーケットで廉価版を購入して貰う方針だ。


 難民達自身の自宅が全て完成する頃には、建設業に携わる者達の仕事は激減するが、無駄な公共事業を乱立させるつもりは無い。彼らは時期を見て少しずつ別の職場に移動させる予定だ。


 住宅建築以外にも、公共事業は纏めて獅冬に任せっきりになっているが、役場を入れる為の庁舎の建設も進んでおり、並行して北の丘陵地帯からコルベットで運び出した切石を用いての主要道路の舗装も始まっている。先日、獅冬に見せられた工程表通りなら庁舎は残り二週間、路面の舗装工事は後一ヶ月強で終わる見込みだ。




 空き倉庫を利用して開設された仮役場の運営はカメア婆ともう一人、グラムスという爺さんの最年長爺婆の二人組に頼んでいる。

 現在の主な業務は住民の戸籍管理と、職の斡旋。市役所とハローワークを合わせた様な性質だ。

 亀の甲より年の劫、とは良く言ったもので、難民達はその性格や能力に応じて各職業に的確に割り振られ、大きな混乱を起こす事もなく仕事に励んでいる。


 その仮役場を訪れると、カメア婆とグラムス爺が茶を飲みながら書類の整理に勤しんでいた。


「なんだいなんだい、国王様ってのは老い耄れと無駄話に来る程、暇なのかぃ? ひょっひょっ」


「……周りが皆優秀でな。最近はやっとまともに睡眠が取れる様になった。それで、頼んでいた事だが……二人から見てどうだ。」


 カメア婆とグラムス爺の二人は、素早く周りを見渡すと役場内に俺達以外に誰も居ない事を確認してから、ゆっくりと話し始めた。


「……儂もカメア婆さんも、どっちも知らん者が二人おる」


 熱り立った兵士達に殺されてしまう可能性がある集団の中に、自らの密偵を潜り込ませる可能性はそれ程高くは無いと考えていたが……


「確かなのか?」


「儂ゃぁ顔が覚えられん程にボケておらん!! ……これじゃ。」


 怒鳴るカメア婆に差し出されたのは住民の詳細が記入され、デジカメで取った顔写真も貼られた戸籍表が二枚。名前はギューとジャレイ。現在は二人共農業に従事しているようだ。書面の筆跡はどちらも全く同じ。難民の識字率は高くない。恐らく爺婆のどちらかが代筆したのだろう。見た所人族だが、特に目立った記憶も無い。


「儂らは王都のゴミ溜めで一塊になって生きておったのじゃ。飛び入りの存在には気付くわな」


「本人達はバレていないと思うておるようじゃがの……ひょっひょっ。どれ、今から捕らえに行くかの? 」


 爺婆二人が見知らないというだけで、どこぞの密偵だと決めつけるには早すぎる。本当に立ち上がろうとするカメア婆を慌てて手で制する。


「いや、待て待て待て、もう少し様子を見たい……何か動きが有ったら直ぐに伝えてくれ。……頼むぞ」


「……そうか、あい分かった」


「ひょっひょっひょ、しょうがない王じゃのぅ」




 礼を行って表に出ると、いつの間にか背後に立っている者がいる。話を聞いていたか。


「……だそうだぞ。……ジェラレオ」


「間違いないね。僕達の調べでもあの二人は……浮いてるよ。」


 防衛部隊は、ジェラレオ達、元砦兵と志願した難民達を編入して、大きく二つに再編された。

 今では『スケイル』と呼ばれているのが、グスタブ率いる竜鱗部隊二十六名。有事は防衛の要であり、平時は訓練と並行し領内の警察機構として働いて貰っている。


 スケイルに対して新設されたのが、『タスク』と呼ばれる、ジェラレオ率いる竜牙部隊八名だ。

 特に身体能力の高い亜人族を主体とした少数の偵察部隊、という触れ込みで設立したが実際には全く違う。最新の戦闘服一式とボディアーマーを着こなし、現代火器を装備して、その高い夜間視力や身体能力を生かした特殊部隊だ。

 以前、タスクの一人に、夏美に渡しているのと同型のSV-98狙撃銃を貸し与えた所、鷹人族の異常な程の視力の前では、もはや高倍率スコープが必要なのかどうかも疑わしい程の命中精度だった。


 あのポラリアも所属するタスクのメンバーは既にシェルターから増殖可能な、ほぼ全ての銃火器を使いこなし、火器以外にもプロパンガス発電機や防災無線の扱い、バイクやラフトの運転技術に、機銃の操作まで習得しつつ有る。隠密性の高い、最も信用の置ける直属部隊と言って良い。


 特に隊長のジェラレオ以下数名は先程の不穏分子二名の監視や、影からの護衛にもその腕を振るって貰っている。朝から俺がのほほんと一人で出歩いていられるのもそのお陰だ。


「今、此処で何が出来るとも思わんが……暫く二人から絶対に目を離すな」


「勿論さ。閣下」


「ジェラレオ……何度も言うが、その閣下と言うのは止め……」


 後ろを振り返ると既にジェラレオはいない。またいつの間にか離れた様だ。


「はぁ。全く……」


(ザツバツテア達もいるし、捕虜ばかり増やすのもな……、出来れば現行犯で捕まえたいが……)



 道路脇に側溝を通す為、地面に溝を掘る作業が行われている路上を一人で歩いていると、


「おぅ! マサぁ!!」


 聞き慣れたダミ声に呼び止められた。


「ん、獅冬か。……新庁舎の進捗はどうだ?」


 獅冬は今、路面の舗装や役場を置く為の大きな庁舎の建設にと忙しく動いている。


「おぅ、悪くねぇぞ。こないだ見せた工程表よりかなり短縮できてる。あいつらのやる気はすげぇぞぉ。……ただよ、あいつら仕事終わっても、なっかなか俺を家に帰してくんねぇんだよ。まぁ……知識欲旺盛なのは結構なこったけどよ」


 此処に来て、自由を得た難民達は、まるで今まで抑圧されていた分を一気に取り戻すかの様に意欲的だ。


 取り分け、順応速度と好奇心は驚く程高く、新しい物への興味は尽きない様で、特に比較的若い層ではそれが顕著に現れている。

 それこそが、早々に此処に馴染むきっかけになってくれたり、こういった工期の短縮にも一役買ってはいるのだが……。


「俺は若い奴らに教えるのは全然構わねぇし、まとわり付いてくるガキンチョ共も……まぁ可愛いとは思うんだけどよ? このまま続きゃさすがに参っちまう。見ろよこれ。」


 見せられた作業ズボンの裾には歪な色とりどりの花が描かれている。元凶は子供達に配布したクレパスだろう……。


「なんとかなんねぇか?」


「うむ……この間、晴彦からも似たような事を言われたが…………学校か。」


 受け入れた難民に、十五歳以下は十八名。だが普段の彼らを見ていると、それ以上の数が学ぶ機会を得たいと望む可能性も有る。

 様々な工事が行われている中、子供達を野放しにしておくのは危険だし、将来的に俺達の負担を軽減する為にも、教育は必要不可欠だが……最低でも数名以上の教師役の選出に、教育を受けさせる条件や、取り行う科目。何より制度自体を一から考えなければならない。


「大変だとは思うんだけどよ、考えてみちゃくれねぇか?」


「そうだな……俺も教育は不可欠だとは思う……早急に考えよう」


「おしっ! 助かるぜ。んじゃ俺は作業に戻るからよ!」



 また一つ仕事が増えた……。


 去っていく獅冬の後ろ姿を見ながら、帰って炬燵に潜り込みたい衝動に駆られるが……、既に炬燵のある和室はエリアスの自室となっており、男子禁制なのだ。


「……帰ってコーヒーでも淹れるか」


 自宅への足取りは、やや重い。





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