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43《尊重すべき事》



 襲撃から十日が経った日。



「――――真事にすまん事じゃった。」


「もういいティーチ。書簡でも十分聞き飽きた。今は……これからを考えるべきだ」


「それもそうじゃ……。しかし儂らは後手後手に回っておるの…………」


「……だが本来、防衛とはそういうものだろう……」


 会話だけ聞いていれば割りとシリアスな風景が浮かぶかもしれないが、現実には今、俺達二人は脱力しきっている。具体的に言えば……畳の上に溶けている。


 難民と敵兵が相次いで集来した日から今日までの間、俺の平均睡眠時間は二時間を切った。

 情報収集に飛び回っていたトリトスに至っては仮眠以外に纏まった睡眠を取ったのは、今日此処へと向かう馬車で久しぶりに寝ただけだと言う。トリトスは歳の割にタフだが……自らの手で事態の集束を図ろうという責任感の強さは大いに評価できるが、相当キツかっただろう。

 

 今朝早くにティヴリス入りしたトリトスを交えての朝食中、俺達はアイコンタクトで互いの限界を確認し、和室を見て頷きあった。

 その後、見計らったかの様な抜群のタイミングで二人して仕事を抜け出し、自宅一階、和室中央の畳蓋を空け、中に収納されている炬燵セットを組み立てて、いそいそと潜り込んだ。


 掘り炬燵は良い……。俺達は蜜柑を頬張っては、ぬるくなった焙じ茶を啜り、床暖房の効いた畳に上半身をグタァーっと溶かしている。


「この果実は美味じゃの……酸味が程よい……」


「これは温州蜜柑、だ……」


「それにしても……コタツとは一度入ると出れぬ物じゃの……持ち帰ってもよいか……?」


「……止めておけ……それ以上老けてどうする……蜜柑なら有るだけ持って帰れ……」


 その時、スパァン! と開け放たれた戸襖の向こうに、仁王立ちしているのはエリアス秘書。

(あぁ……もう休息は終わりか……)


「朝から何か怪しいとは思っていましたが……御二人共やはり此処でしたか。トリトス様、もう護衛達は馬車に乗らせております、お戻りの時間です。表にラフトを回しております」


「はぁ……もう時間切れかの……」


 問答無用で連行されるトリトスに続いて外に出る。自宅の正門前に停められているのは馬車と一台の『ラフト』だ。


 ラフト……筏と名付けられたそれは、コルベットの経験を生かして作られた流線型の小型ホバー艇だ。

 軽自動車より一回り小さく、三人乗りで屋根の無いラフトは、丁度十艇作られ、四艇を兵舎で搭乗訓練に、残りは晴彦が改良実験等に使っている。

 ミスリルと鋼板を基材としており、より高価なミスリニウムは一切使用していない為、航続距離は多少短いが、数で劣る俺達が機動力を活かす為に開発された。


「あれはミスリルを使っておるじゃろう。本当にあれを借りてよいのか?」


「気にするな。あくまでラフトは貸すだけだ。今は非常時。別に潰しても文句は言わん」


 トリトスに渡すのは、しっかりと屋根で密閉された脱出用途の特別機。標準機と同じく航続距離は短いものの、加速と最高速度では軽くコルベットを上回る。搭載している無線機も今は無理だが、外周部防壁に高出力の中継ポイントを増やせばティヴリスとフェリアルで直通会話が可能になるだろう。

 今朝、トリトスに運転方法を説明し試乗させた時も、運転は多少荒っぽいものの、元々単純な構造なのだ、大した問題は無い。


「ふむ……ならば遠慮無く借りておこうかの。」


「そうしてくれ。その方が此方も懸念が減って助かる」


「代わりと言ってはなんじゃがの……エリアスを残して行こうと思っておる。此奴は有能じゃろう、しばらく此処で使ってやってくれぬか」


「エリアスをか? 確かにエリアス秘書の有能さは良く分かっているが……」


 元々仕事を手伝って貰っている時からエリアスの実務能力は素晴らしく高かった。そこに電卓とノートPCを貸し与えた結果は……もはや言わずもがなだ。

 夏美とセラスから簡単な日本語の読み書きを、晴彦からは表計算を教わった今では、難民達への供給物資の管理、収穫した穀物の取高計算、マーケットの在庫管理に新人の教育……昨日の夕方には訓練で使用した弾丸の計算が合わないと、呼び出したグスタブとジェラレオを玄関に並べて正座させていたが、止められる者はいなかった。


「……私は……トリトス様がそう仰るのであれば構いません」


「まぁそういう事じゃ……マサアキ殿。……エリアスを頼みたい。」


「ティーチ、縁起でも無いな。……いざとなったらラフトで飛び出せ。……フェリアルへの物資は直ぐに送ろう」


「はっはっは、……そうじゃの。そうさせて貰う」


 本当は俺もトリトスも、そう簡単に事が運ばない事はとうに分かっている。

 トリトスは此処ではただの好々爺だが、仮にも一国の統治者なのだ。そしてトリトスは責任感が強い人物だ。有事に現場を離れるという選択肢はギリギリまで取らないだろう。

 だが、試しに物資の援助以上の支援をそれとなく匂わせみても、すっぱりと断られたのだ。

 分かった上で送り出すのは辛い。しかし決めたのはトリトス本人だ。誰であろうと、その覚悟に水は差せない。


「……奴らは虎視眈々と狙うておる。密偵が見たという大きな木組みも気になる……杞憂かも知れんが……気を付けるのじゃぞ」


「あぁ分かっている。」


 速度の出るラフトには、増殖させたバイク用のフルフェイスが人数分、常備されている。

 トリトスはヘルメットを被り、自らラフトの運転席に乗り込むと、自身のトレードマークとも言える、茶色い麦地の中折れ帽を、ひゅっ! と手首のスナップだけでエリアスに投げて寄越した。


「エリアス、儂の大事な帽子じゃ。暫く預かっておれ。」


「……大切に……お預かり致します」


「マサアキ殿……それではの!!」


「……あぁ。気をつけてな」


 気の利いた言葉も掛ける事が出来ないまま、トリトスはフェリアル商業都市に戻っていった。


 俺達はラフトが激しく巻き上げた砂煙の中、遠ざかっていく機影を、ただ見送った。





前話が短かったので二話投稿させて頂きました。

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