37《薬莢の滝》
「兄上! 微かに銃の発砲音が聞こえました! じき見えますぞ!」
重量物であるミニガンを、小銃並に軽々と扱う事を可能にする外骨格装甲服だが、コルベットの様に、車輌全体が魔力を蓄える燃料タンクとなっている訳では無く、本来拠点の防衛用に考案した物で稼働時間には制限が有り、それはやはり弱点と言える。
少し前傾体勢で椅子に座る様に搭乗する外骨格装甲服の外観は一見すると甲冑の様だが、実際はもう少し特殊だ。
股関節から前方下へと突き出す様に、丸みを帯びた大きな大腿部が伸び、搭乗者の太腿から膝を包んでいる。搭乗者の膝と同じ位置の関節を第一膝関節と呼び、搭乗者の足裏下部に、第二膝関節と呼んでいる関節をもう一つ挟んで、長い下腿が追加され、大きな足へと繋がる。
第二膝関節は人間の膝とは違い、僅かに逆関節となっている。部位の長さこそ異なる物だが肉食恐竜の骨格脚部を横から見たイメージに近いかも知れない。
装甲服の各四肢にある程度は、搭乗者のそれを差し込む必要が在る為、必然的に装甲服の肩幅は狭く、代わりに上腕と前腕部が長い。長大化している四肢に比べると頭部は低く、薄く張り付くような形状で装甲服の肩のラインから、搭乗者の目線の高さで段差となって盛り上がり、段差の側面部分は全て強化ガラス張りになっている。
背面は鋭角的なデザインで、小さなザックを背負う様に張り出し、魔導エンジンや小型発電機、主要機器の保全用バッテリーを積んでいる。
最高純度のミスリニウムを使用しているとは言え、その使用部位は基本的には外装パーツのみ。長く伸びた脚や腕の中身は竜骨を基材とし、電子部品や油圧シリンダー、その他様々な魔道具で埋め尽くされておりミスリニウムの使用部分は少なく、その結果、装甲服そのものに搭載出来る魔力量は少ない。
先程スラスターを全開で飛んだのが祟り、残っている魔力は乏しい。勿論、搭乗者の魔力を放出すれば少しは持つが、装甲服の魔力消費は激しいだけに、長くは持たないだろう。
「カザード、もう動力に余裕が無い。グスタブ達の少し前へ降りてくれ。」
「分かりました……見えてきましたぞ」
西へと高速で飛んでいたカザードは高度を下げつつ、一度北に進路を取り、大きく反時計回りに弧を描いて、グスタブ達の背後に回りこむ。物凄い遠心力に振り落とされない様、鞍を取り付けている金属ベルトを固く握り締める。
敵集団の正面に向け、グスタブ達の頭上を飛び越えた所で無理やり急停止して狭いスペースに着地する。空中で急制動をかけた為、カザードの翼からは前方に猛烈な風が発せられ、暴風をまともに受けた騎兵達は鞍から転げ落ち、馬達は突然現れたドラゴンに本能で危険を察して激しく嘶き、手綱にしがみ付く兵士を跳ねる様にして落とそうとしている。
勢い良く振り落とされ立ち上がれない者、驚きの表情を貼りつけたままその場に立ちすくむ者、なんとか精神状態を持ち直して武器を構える者、と兵士達の反応は様々だ。
後ろを見るとグスタブや恐らく難民達と思われる一団、そして何故か先日、あばら屋の砦で会ったジェラレオと言う男までもが立っている。彼らはサイラーク王国の兵士だった筈だが……こちらの指揮権はグスタブに移譲していたのだ。グスタブが許可しているなら問題無いのだろう。
カザードの翼の根本辺りに立つと、両手でミニガンを腰に構え、高速モーターのスイッチを入れる。ギュゥィイーーンという銃身の回転音が最高潮に達し、緑色のランプが点いた所でカザードに声を掛ける。
「カザード。頭を下げろ」
カザードが地面すれすれまで首を下げた途端に、ボタンを押す。ブァアアアアアアアア!!っという音。連続し過ぎて、もはや発砲音とは思えない。
一秒あたり五十発という恐ろしい数の弾を撃ちだすミニガンを固定せず、手に持っているにも関わらず、装甲服を着ている身には振動は有っても反動は殆ど感じ無い、まるでホースで水を撒いているかの様だ。
おびただしい量の空薬莢と、弾を帯状に繋いでいた金具が、カザードの首筋に跳ね、ジャラジャラジャラと流れる様に鱗を滑り地面に降り積もっていく。
『ゴァアアア!!!』
突然カザードが吼えた……控え目に。見ると数人の兵士が必死に馬を操って、逃げ出そうと背を向けている。僅かに落ち着きを取り戻しつつあった馬も、気を利かせたカザードの咆哮で、再び恐慌状態に陥っている。逃げた所で遮蔽物の少ない草原地帯では、射程は1kmを超える銃弾から逃げる事は出来ない。
あっと言う間に弾を撃ち切ると、銃身から水蒸気がもうもうと立ち昇る中、激しさを増す雨音と、モーターの回転音だけがその場に響く。
ミニガンの電源を落としてカザードから降りると、正座の様に外骨格装甲服の両膝を地面に付け、胸部前面ハッチ前に倒して外に出るが……誰もピクリとも動かない。
「……おい。……なぜ固まっているグスタブ。状況を報告してくれ」




