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36《掛かるも引くも折による 》



 昼過ぎに降りだした雨は少しずつ勢いを増してきている。南へ偵察に出していた三人の隊員もずぶ濡れで戻って来た。


「ジェラレオ隊長、只今戻りました」


「早速で悪いけど。どうだったんだい?」


「やはり戦闘です。見慣れぬ黒い服を着た兵数人が亜人の民を守る様に戦っておりました。その……襲っていた騎兵の紋章は……エールブリッツ家の物かと……」


「なんだって……」


 ここまでするのか……理解できない。


「それで戦況は?」


「はい、現在は膠着状態でした。距離を保っておりましたので、詳しくはコーニエルに……」


 コーニエルは鷹人族の血を引く。亜人の中でも鷹や鷲等の血を引く者はほぼ例外無く目が良い。その反面、外見的な特徴が現れる事は非常に稀で、翼を持つ者は殆どいない。


「コーニエル、何が見えた?」


「はい、連中は手に持った短い棒の様な物から放たれる何かで騎兵を倒しておりました。あれは私の目でも追えません……。それ故に騎兵達は近づくのを躊躇っているようでした」


「……それは魔法や魔道具の類では無いのかい?」


「兵を馬から叩き落とすような威力でしたが、魔力の類は一切……あんな物は見た事もありません」


 見慣れぬ服に見た事も無い不思議な物。ジェラレオの脳裏に数日前に会った男女の顔が思い出される。


「騎兵は、ざっと見てもまだ七十は残っておりました。あの人数では亜人の民を守り続けるのは難しいでしょう、一斉に来られれば黒服達が持ち堪えるのは不可能かと……隊長。我らは亜人ゆえ……」


「…………この間彼と話した時から、こんな日が来るんじゃないかって、何となく予想していたさ……見逃すだけじゃ元貴族の名が廃るよねぇ……」


「……行きますか。隊長」


「敵は多いし、味方は少ない。行けば僕らは死ぬだろうね。でもこないだの彼の言葉を借りれば……飼い殺される、だったかな。それよりは民を守って死ぬ方がマシさ。いいかい、これは完全に王国への反逆行為だ。行けば戻る事は出来ない。勿論、残りたい者は此処に残って良い。付いて来る者は……急いで準備をしてくれるかい」


「何を言ってるんです、ジェラレオ隊長。既に出撃準備は、全員、整っております。まだなのは隊長だけですよ。」


「これは……ははは! 参ったな、全員とは……死にに行くような物なのにさ!」


 ジェラレオは使い慣れた剣を握って立ち上がる。元より装備品など剣といつも身に着けている簡素な革鎧しか無い。


「それじゃあ……行こうか」


 激しくなる雨の中ジェラレオ達は南に向かう。民を守る為に。



――――――――――――――――――



「どういう事じゃ!! エリアス!!」


「申し訳ありません、ですが情報は殆ど入って来ておりません。両都市共に全ての門を封鎖している様です。現在分かっているのは、何らかの理由によりルースリー、トバイアンの両都市が一方的に連盟の脱退を告げてきた事。もう一つはトバイアンからエールブリッツ公爵家の騎兵百十騎がティヴリスに向けて出発した事だけです」


「なんという事じゃ……ティヴリス国と通商同盟を結んだ矢先にこの様な……信用も失墜じゃ……」


「お言葉ですが……信用問題で済めば宜しいのですが。」


 ショックの大きいトリトスは上手く頭が働かない。


「……説明せぃ」


「はい。少々憶測も入りますが……今のところティヴリス側が知り得ている情報は、彼らが敵対していると言っても良いサイラーク王国の兵が、フレスト国家連合傘下の都市国家、トバイアン方面から突然やって来た、という事実のみだと言う事です。」


 徐々に頭のキレが戻ってくる。


「つまり……儂が、マサアキ殿達をエールブリッツ公に売った……と取られている?」


「状況だけで判断されればですが。その可能性も有るのではないかと」


 マズイ……それはマズすぎる。彼らは人数こそ少ないが、一人ひとりの能力は極端に高い。何よりティヴリス国はドラゴンと防衛協定という物を結んだとマサアキ殿本人から聞いている。本気で敵視されて太刀打ち出来るレベルではない。


「ルースリーと、トバイアンについては何も分かっておらんのか?」


「はい。ですが、トバイアンのソフジク殿は野心有る方でした。ルースリーは恐らくそれに追随したものでは無いかと。」


「ソフジクの功名心に火を付けた何者かが居るという事じゃな……」


 十中八九、それはエールブリッツ公爵。元々トバイアンは三都市の中でも最もサイラーク王都に近く、互いの出入りも多かった。


「エリアス。至急ティヴリスに向かってマサアキ殿に直接事情を説明するのじゃ。儂もルースリーと、トバイアンに間者を送って準備を済ませたらすぐに向かう」


「かしこまりました。そう言われると思っておりましたので既に馬を用意致しております。今直ぐに出立致しますが宜しいですか?」


「構わん。儂が着くまで向こうで待たせて貰うのじゃ。よいな」




 小走りに部屋を出て行くエリアスの背中を祈るような気持ちで見つめながらポツリと呟く。


「間に合うてくれよ……」




――――――――――――――――――




「グスタブ様……弾がもう……」


「……ポラリアか。何発使ったのだ」


 敵に聞こえない様に小声で話す。


「十三です。恐らく皆もそれぐらいかと……」


 マサアキ殿が、シグと呼ぶ銃は一つの小箱で十七発撃てる……残りは四発。

 二本有った対戦車ロケットはとっくに撃ち切っている。ポラリアの狙いは的確で、一発目で指揮官らしき者を、二発目で大きく数を減らせた。しかしまだ六十から七十は残っている。


 統率する者を失った敵兵達は、時折思い出したかの様に数騎で近づいて来ては離れる。対戦車ロケットの恐怖を覚えているのか、明らかに得体の知れない武器を恐れている。今はまだハッタリが効いているが、弾が残り少ない事を気取られれば、一気に難民ごと押し潰されるだろう。

 難民達の消耗は限界に達しており、背負って来た大盾で囲われる中で地面に座り込んでいる。無理もない。ここまで歩き通しだったのだろう。


『聞こえるか、グスタブ。状況は』


「……芳しくはありませんな……敵兵は凡そ六十五騎。今はまだ隊員、難民共に怪我一つありませぬ。しかし弾の残りは四、五発程度。敵はこちらを警戒して散発的にちょっかいを掛けて来ておりますが……一斉に来られれば数の差で押し潰されて終わりですな」


『……もうすぐ着く。なんとか持ち堪えろ』


「元よりそのつもりに御座います」


『マサぁ! こっちはもう着くぜ! ガキどもをセラス達に預けたら直ぐそっち向かうからよ!』


『分かった。俺も向かっているが急いでくれ。カシード、聞こえるか』


『聞こえてますわよ』


『贅沢を言っていられる場合では無くなったかも知れん。グスタブの上空で待機、場所は林道を草原に出た北東だ。難民に危険が及びそうだと感じたら自己判断で介入してくれ。』


『分かりましたわ。お兄様に確認は必要無いんですのね?』


『必要無い。頼むぞ』



――――――――――――――――――



「背後より何者かが接近しております!」


「また新手やもしれぬ、警戒を解くな!」


「待った待った、敵じゃない……!?……驚いたな、グスタブ総隊長、ご無沙汰……しております」


「!? ジェラレオか? 無事だったのか! いや、何故此処に!?」


「ははは、無事だったのか、とは此方のセリフですよ。積もる話もありますが……、我ら元近衛隊四名に亜人兵九名。手伝わせて頂きたく参上した次第です……まぁ帰れと言われても手伝いますが。マサアキという男との約束もありますので。」


「ジェラレオ!? マサアキ殿を知っているのか?」


「知っているも何も……先日会ったばかりですよ……只者では無いとは思っていたんですが。お知り合いですか?」


「……マサアキ殿は我らの指揮官にして、この度、建国されたティヴリス国の王だ……ご本人は王と呼ぶと怒るのだがな」


「ブフゥッ! 王!!? ま、まさか……ちょっと待って下さい。お会いした時、探索者呼ばわりしてしまっているんですが……」


「馬鹿者が……まぁその程度ではお怒りにならんだろう…………それにしても……ジェラレオ、生きていて嬉しく思うぞ。」


「僕もですよ、総隊長殿。民を守りきったら酒でも呑み交わしましょう」


「そうだな。シトウ殿の酒は旨いぞ。期待しておけ……彼らにも伝えておかねばな……インラウス殿!」


 グスタブは難民集団のリーダーを呼ぶ。狼族の血が色濃く現れている青年は痩せているが、難民達の中で唯一、体力を残す存在だ。


「此奴らも味方ですので安心して下され……民の状況はどうですかな?」


「……頗る悪い。俺も含めてあそこにいる奴らは貧民街出身者か亜人だぞ。元々健康な奴の方が少ないんだ。この雨で体温もどんどん下がってるしな」


「もうしばし持ちそうか?」


「持たなきゃ此処で終わるだけだ。ここに居る奴は皆……それぐらいの覚悟はしてる……子供達はどうなった?」


「今しがた、もうすぐ安全な所に到着すると連絡を受けた。心配は要らんよ」


「そうか……むせんってのは便利だな……グスタブさんだっけか、あんたにゃ……感謝してる」


「感謝する相手を間違えておるぞ」


「それはどういう意味だ?」


「貴公らの救出を決めて、危険を顧みず、先陣に立ったのは王だ。」


「ハッ! 王だって!? 王様なんかが自分で戦地に出る訳ないだろう!」


「普通はそう思うよねぇ……でも僕はあの男なら……やりかねない気がするのさ。」


「そういう御方なのだ。現に貴公らを追っていた軍勢を蹴散らしたのはマサアキ様お一人だ」


「それこそ冗談だろ? リアが言うには……、空から見た燕族が言うには三百は超えてたって話なんだぞ」


「王と、その同郷の三人の方々は、科学という偉大な力に優れた知力、そして何より広い慈悲の御心を持っておられる……例え有翼の民でも此処なら安心だろう」


 亜人達の中でも翼を持つ者の生涯は一際悲惨と言える。無理やり傭兵や軍に徴用されるなら良い方で、その希少性故に、攫われ売られ辱められる事が多い。


「……嘘かホントか知らないけどよ……安心なんて出来るのはこっから生き延びてからだろ」


「いいや。もう安心して良い。何故なら、もう見えておるからの」


 遠く東の上空に、小さな影が見え始めていた。





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