30《腱鞘炎との戦い》
獅冬と晴彦の自宅裏。コルベットの駐車されている空き地の奥から、ゴリゴリ……ゴリゴリ……と、不審な音が響いている。
「なぁ、マサよ……これ……いつまでやりゃあ良いんだ?」
「実は私も気になってました……」
「…………晴彦が言うには、此処に積んで有る”全て”粉末で欲しいそうだ……」
「全部か……」
「全部ですか……」
「全部だ……」
「カンペキな配合比率を確立する為にはもっともっと原料が欲しいんス!」と言われ、俺とポラリア、巻き込まれた獅冬の三人は、寒空の下、ゴリゴリと硫黄や木炭を粉末にする為、ひたすら磨り潰す。
持ち帰った硝石での火薬生成は当初難航した。夏美が炭化させた木々と、取り寄せた硫黄に硝酸カリウム等を書物の情報通りに配合したらしいが、煙は殆ど出ないものの、その爆発力は低く、これは使い物にならないかと疑ったが、地道な調整の結果、今はそれなりの爆発力が出てきている。
実験中の誤爆を恐れた俺の指示でミスリル製の鎧の様な防具で身を固めたまま作業している晴彦に比べれば、労働環境は俺達の方が少しマシかも知れないが、破砕用の魔道具を急ぎで開発して貰わなければ近いうち、必ず腱鞘炎になりそうだ。
そして、二日後に完成した火薬は爆発力も申し分なく、晴彦により「ドラゴンパウダー」と名付けられたそれは、煙も非常に少なかった。
「黒色火薬と言うのはもっと煙の出るイメージだったが……」
「そうッスよね。まぁ自分も実物見た事無いんで分かんないッスけど。ほらアレじゃないっすか?竜のうんこ使ってるからじゃないッスかね?」
「お前……仮にも研究者がそれで、納得していいのか?」
「いいんスよー。ぶっちゃけ、あのうんこ調べても何も解んなかったスから。こんな不思議ワールドのうんこで悩んだら負けッスよ。あ、それと試作品も一丁だけ出来てますけど、真明兄、試してみるッスか?」
「あ、あぁ見せてくれ。……それとあまり……うんこうんこ言わない様にな」
獅冬と晴彦の二人に俺が作って欲しいと画像で提示していたのは一般的なフリントロック式ライフル小銃だ、火縄銃と形は近いが火薬への点火に火縄を用いず火打石を使用する。
だが、趣味に走るな。と釘を差して置いたにも関わらず、目の下に隈を作った二人が誇らしげな顔で持ってきたのは、全く別物だった。
弾薬は直径10mmの鉛弾と火薬を油紙で包んだ長さ5cm程の円筒形状。銃身は中折れ式に改良してあり、火縄銃の様に銃口から火薬と弾を詰める必要が無く、素早く再装填出来る構造だ。その銃身は太く、ライフルと言うよりは散弾銃に近い、黒く艶光している木製の銃床は獅冬が創り染め上げたそうで、着火に使っている火打石も晴彦の精製したセリウム等の合金で信頼性も高そうだ。
今はまだ施条溝……ライフリングを切らない様に指示していた為、有効射程は150m程だが、訓練に膨大な時間が必要な弓よりは遥かに現実的な武器に為る。
ライフリングは撃ち出す弾丸に一定の回転を与える目的で銃身の内側に刻む浅い溝の事だ。弾丸は回転を与えれば飛躍的に有効射程が増すが今は必要ない。今後、銃や火薬の原理を模倣する者が出てきた時点で、突き放す様に導入した方が此方の優位性を継続させられる。
「中々に良い出来だと思う。銃床の木材はどうやって染めたんだ?」
「あー、あれなぁ、わりぃ。マサん所の台所から酢と紅茶の葉っぱ、後あれ何て言うんだ?フライパン磨く鉄のタワシみたいな」
「スチールウールッスね」
「それだ! 言うのが遅れたけど勝手に使っちまったんだよ」
「まぁどうせ元に戻るからな、それぐらいなら構わん……が、晴彦の事も有ったからな。次からは事前に言ってくれ」
「おう。それで……撃ってみてどうだ?」
「申し分ない。これならこの世界の防具なら容易く貫けるだろう。だが少し重いな……」
「ガハハっ、片手で持ってるくせに何言ってんだ!」
鉄に極微量のミスリニウムを混ぜているらしく、強度は高いが、太い銃身を持つだけに重い。
しかし元から今後、人が増えれば火縄銃程度でも運用して行くつもりだったのだ。引き金を引くだけで良い銃なら指揮官さえ居れば十分な戦力となる。この性能なら防衛戦に投入しても十分に使えるだろう。
二人の顔は煤と疲れで、彩られている。連続で徹夜をする程に、何が二人を其処まで駆り立てたのかは分からないが、達成感が溢れているのでそっとしておこう。
「もう名前は決めたのか?」
「晴彦スペシャル」
「獅冬の大筒」
「「……」」
「じゃあ、晴彦&獅冬のスペシャル大筒、で良いんじゃないッスか!?」
「おぉう! それ良いじゃねぇか!」
なんだそれは。
「…………10mm口径小銃でいいな」
今後、晴彦は金属材の精製と銃身の製造のみを行い、加工用の治具と工具を揃えてからは、部品加工と組立、木部の削り出しや弾薬の生産を少数の信頼出来る傭兵達にも手伝わせ、行く行くは任せる方針に決まった。
グスタブとセラス、そしてポラリアを含む信頼出来る数名の傭兵に銃の訓練を付ける予定だが、恐らく近々だと予想されるサイラーク貴族連合の襲来には間に合わないと見た方が良い。俺の方でも戦力の充実を図ったほうが良いだろう。
木村から返信されて来たメールはいつもより少し長めだった。
「まだ生きていたのか。M72は本数が多いが問題無い。明日の早朝から四本ずつ送る。メールが届いたら順次受け取り、返信を。M2は時間が掛かる、PKMのコピー品で良いなら直ぐに出せる、モノの程度は良い。返答くれ」
「死んでいる訳がないだろう……」
相変わらず完結極まりない文章だ。「まだ生きてる。コピーで良い」と此方も簡潔に返す。
木村には俺からの連絡が一年以上途絶した場合、死んだと見做し口座の残金の全てを好きにして良いと伝えている。
今回木村に依頼した、M72は対戦車ロケット砲。一発撃っての使い捨てだが利便性は高い。防衛戦にも使用する予定だが、いつまたトロールの様な大型の魔物が現れるとも限らない。備えは何重にしても損は無い。宅配ボックスには一度にもっと本数が入ると思うが、木村なりの理由が有るのだろうし、こまめに受け取れば二日も掛からず受け取りは終わる。
もう一つのM2とは、外壁門の上部警備室に設置する予定で頼んだM2ブローニング重機関銃だが、無ければ仕方がない。
大きく三つにバラされた上、大量の弾薬と共に、丸四日を消費して届けられたPKM汎用機関銃は計八台。基部には「1980年式通用機槍:Made in China」と刻印されていた。
80式PKMは三箇所の防壁門に二台ずつ設置。残る二台は倉庫に入れ、晴彦に自由に使って良いと伝えておく。予備として仕舞いこんで置くより、使い道を思いついて貰った方が良い。
この世界の攻撃手段で俺が最も懸念しているのは、魔法の存在だ。一般的に戦闘中に使われるの魔法は火や水を飛距離にして50m程度飛ばし、土魔法で土塁を作り、風で矢を落とすというのが主流だそうで此方と比べれば問題無さそうだが、魔法技術には未知の部分も多い。油断は禁物だ。




