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29《失策と対策》

 トリトスとの約束の日まで残り十日を切った。



 新たに建てられた備蓄用倉庫は大小合わせて十を超えるが、相変わらず継続している自宅からの物資増殖と、畑も少量ずつ順調に収穫物を出しているお陰で、既に半数以上の棟は食料や現代的な衣服と生活必需品で埋まっている。

 例え全てのラインが途絶し、この防壁内に隔離されても、此処にいる全員が一年は困らない量になるだろう。


 防壁の信頼性は非常に高い。先日、徹甲弾を数発撃ち込んでみたが、風魔法を併用していたにも関わらず、表面は傷どころか、曇一つも付かなかった。聞いた話ではカシードが上に乗ってもびくともしなかったらしいので、その強度は折紙付きと言って良い。


 防壁内各所でのPHS通信テストも完了している。やはり森林部だけに、場所に依っては多少雑音が入ってしまうが、防壁内部であれば全エリア問題無く通話出来る。通話品質を度外視すれば防壁の外に出ても暫くは繋がる事も判明した。

 数えてみると二十台入っていたPHSは多少古い型番だが、俺達四人にセラスとグスタブ、丁度戻っていたザッタールにも渡してある。色は全て白だったが、一台だけ入っていたピンクが入っており、夏美が喜んでいたのを覚えている。木村はこういう所も非常に気が利く。


 俺達の集落とフェリアル商業都市を頻繁に往復しているザッタールは以前よりずっと商人らしくなってきた。フェリアルからの帰りには、この世界の衣服や靴、植物の苗等、役立ちそうな物を優先的に仕入れて戻って来る。最近ではフェリアルで売れそうな商品の提案や、相場情報を毎回調べ、それを書類に纏めて渡してくれている。どちらも自ら進んで行なってくれている事で、元々素質も有ったのだろうが、努力を惜しまない姿勢は信頼出来る物だ。






 竜族の集落へ夏美から「すぐ戻って欲しい」と無線が来たのは昨日の夕方過ぎ。

 孫との別れを惜しむようなゴルナートを前に一瞬、晴彦を一晩置いていこう、と危うく口走りそうになるが、すぐ正気に戻り自宅に急いだ。


 そこで報告受けた話は、大筋予想していた範囲の事で、さほどの衝撃は受けなかった。

 ザッタールから聞いていた話では、ナルチョフと言う男は性格は外道でも頭は悪くないらしいし、ザッタールが森から戻らなければ、後続を出すなり、戻らない事自体を情報として活用する事は想像に難くない。貴族連中もまともな頭をしていれば、そろそろ怪しい所に斥候位は出すだろうと想定していた。


 俺の頭を悩ませたのは、元近衛兵のザツバツテアが簡単に寝返ったと言う話。

 彼らは元々王宮での警備を主とした任務に就いていた、言わばエリート部隊だ。当然ながら待遇も良かった筈だ、そしてそんな職種が有れば権力を持つ者達が、その席に自分の親族や子供を就かせたがるのは自然な流れと言える。

 貴族連合が攻めてくれば、貴族の家系を持つ者に取っては同族間での争いになるかも知れないという懸念は、当初からグスタブとも良く相談していたが、多少の不満が有っても、目の前に餌がぶら下がれば即座に飛び付く程に思い詰めているとは予想していなかった。


 本来、忠誠心は、相応の金銭や地位に名誉、形は様々だが何かしらの対価が支払われてこその存在だ。無償の忠誠など余りにも胡散臭く、信用出来ない。そんな当たり前の事を都合よく忘れ、彼らの忠誠心という物をあまり疑っていなかった。これは大きな失策だ。


 言い訳をすれば、セラスの演説時に見た光景は忘れられる物では無かった。あれは……あの時のやり取りは今でも鮮明に思い出せる。

 その後も忠誠心と、俺達日本人に対する感謝と畏怖もそれなりに感じ取れていた。だからこそ問題は起こらないと想定していた。


 この世界の文明はそれ程、低くもないが高度では無い。余力が持てない環境に育ったなら自分に有利な方に付くべき、という思考が働くのは生き物として当然の事だ。


 そもそも、日本人の感覚で物事を測っていた事。それ自体が大きな間違いだったのだ。




 グスタブとセラス、そして昨日の事件の当事者である、夏美とカシード、ポラリアを自宅の屋上に呼び話を聞く。屋上を選んだのはカシードが早朝の冷たい地面に座るのを嫌う為。俺達が屋上に居ればカシードは立ったまま同じ目線で話が出来る。


「マサアキ殿、私の部下が……」


「グスタブ、過ぎた事に拘るな。俺の責任も自覚している。時間が惜しい、分かった事を聞かせてくれ」


「はい……聞き取り調査の結果ですが……」


 元近衛兵達十三名の内、七名は貴族以外の出自で能力と忠誠心を認められた叩き上げだ。そしてグスタブ自身を含む六名が貴族筋に当たる。その内四名は政略に関わらない生粋の武闘派家系で此方も忠誠心が最大の売りの様な家柄らしく、グスタブは一代限りの爵位持ちで問題は無さそうだ。

 だが残る一名。ザッツこと、ザツバツテア・ストラトは問題だ。


 セラスに掛けられている懸賞金の額は金貨百五十枚。日本円にして凡そ一億五千万と、それなりの金額だ。

 ザツバツテアの実家は良くも悪くもそれなりで、これだけの金貨をポンと出せる程では無いそうだ。懸賞金には関与していないと見て良いが貴族連合に近い立場なのは明白だろう。


 金の出処として話に浮上してきた名前は、エールブリッツ公爵家。エールブリッツ公爵は、サイラーク貴族の中でも最有力で突出した力を持つ権力の権化のような人物らしい。グスタブの話を信じるなら、オーギュスト前王を謀ったのもコイツが主犯格の可能性が高いとの事だ。


 王都の探索者や傭兵達に莫大な懸賞金の話を流し、希望者には探索の支度金をバラ撒いて居たそうで、その話を聞き付けて動いたのが、ザッタールの元主人である商人ナルチョフやザッツの親である中流貴族と言う事だろう。


「グスタブ、そのエールブリッツ公爵家というのが動かせる軍備はどれ程の物なんだ?」


「まだ正規軍を動かすのは難しいでしょうな……”今は”ですが。公爵家の私兵は、私が知る限りでは三百……他の貴族の私兵を徴収すれば五百は越えますな」


「今は……か。そうだな。今後は正規軍を動かす為、俺達を『亡き王の息女を拐かし、森に立て篭もる凶悪犯』とでも称して討伐対象とするんだろう……」


 恐らくは国家樹立を対外的に宣言した途端に理由を付け、兵士が雪崩を打って押し寄せて来る光景が目に浮かぶ。


「そうなるでしょうな。エールブリッツ公は前々から権力志向の非常に強い方と聞いておりました。この先、自分の地位を脅かすかもしれぬ、セラス様の存在を必ずや放ってはおかんでしょうな」


 後顧の憂いを経つ為、救出作戦に見せかけてセラスの命を狙い、同時にそのまま森を占領して利権を貪るつもりか。狡猾だとは思うが、結局の所、俺達が採るべき方針は変わらない。



「…………ザツバツテアと今回捕まえた捕虜はトリトスとの調印が終わる直前に開放しよう」


「よ、宜しいので!? 貴族連合に情報をくれてやることになりますぞ? それに……他の兵にも示しが付きませぬ」


「グスタブ……今回の一件は、俺が事態を楽観視していた事も原因の一つだと思っているし、人死が出ていない以上死を持って償わせるのは…………と言うのは建前だ」


「!!?」


「貴族側に情報を流す。それこそが目的で開放するのだ。どの道、一度は此方の圧倒的な武力を貴族達の魂にまで刻み付ける必要がある。俺達は基本的に専守防衛……攻撃を仕掛けられない限り、戦争行為は可能な限り回避したい。だからこそ、一度向こうから攻めて来て貰ねば話にならん。トリトスとの調印を邪魔されたくは無い故に調印終了直前というタイミングだ。つまり……奴らは生餌だ。」


「うわー真明さん怒ってますねー、アレですか。可愛い私を危険に晒したからですか!? キャー!」


「なんと……いや、私の考えが足りませんでした。しかし……セラス様をお守りする為に戦に出るのは何の問題も在りませぬが……我らはマサアキ殿達を合わせましても二十人にも足りません……正規軍が動けば私兵と合わせ千は下りませぬ……この戦、勝てますか」


「言いたい事は分かるがな。地の利は此方に有るし、新しい武器も既に注文している。そもそもあの防壁の外に兵士達を置くつもりも無い。問題無いだろう」


「マサアキ殿が言われるのであればそうなのでしょうな……私は信ずるのみです」


「そう言って貰えると助かる。さて、夏美、カシード。昨日はお手柄だったな」


『お兄様とカザードの為ですもの。当然ですわ』


「うふふー、家を守るのは当然の事ですよー……妻として」


 最近は夏美の妄想発言を聞き流す事に、罪悪感を微塵も感じなくなってきた。


「……そしてポラリア、水際で食い止められたのは君のおかげだと聞いている。ありがとう。何か報奨を出そうと考えているんだが」


「と、とんでもありません! 今は傭兵の身なれど、私もグスタブ様と同じくセラス様とマサアキ様に忠誠を誓っております! 決して褒美欲しさに此処にいるのでは在りません!」


「いやいや、そう言う意味では無いんだ。尽力してくれた者には相応の対価を支払うべきだと考えているだけでな、他意はない。それに元々、力を尽くしてくれている他の傭兵達にも対価を支払う計画を進めていたのだ。だから気にせず、これは俺の個人的な礼だと思ってくれて良い。何か希望は在るか?」


「は、そう言う事でありましたら、やきと……いえ、新しい弓を頂ければ……私の物は古く、一戦交えるとなれば些か不安なのです」


「ふむ……」


 兵士達に給与の支払いを開始する予定だったと言うのは方便ではなく本当だ。調印が終わり次第、試験的に始める予定を立てている。……恐らく彼らの予想の斜め上だと思うが。

 俺は弓に詳しく無いが、この世界の弓は見た目からして頼りない。最新のカーボン繊維の洋弓を取り寄せることも考えたが、新しいモノに慣れてもらうならこっちの方が良いだろう。


「晴彦。持ち帰った硝石のテストはどうだった」


「あー、アレっすかー。んー」


 晴彦にしては珍しく、歯切れが悪い。


「煙は殆ど出なくてすげー扱いやすいんスけど、試作してみた銃に使うにはパワーがイマイチなんスよね。気候とか……湿度なんかにもデリケートみたいで。調合比率が問題ぽいんで、もう少し実験を繰り返せばなんとかなると思うッス」


「俺の方でも戦闘の準備は進めているが、この世界の兵士が使える物が無いとな……」


「そうッスよねー、急いでやるッスよ」


「ポラリア、弓に代わる新しい武器を試作しているんだが……手伝って貰って構わんか? 無事完成したらそのまま使って貰っても良いと思っている」


「勿論です! 私に出来る事であれば何でもお手伝い致します」


「晴彦、あまり時間に余裕は無いんだ、今回は趣味に走るなよ。それと人手が必要なら俺達も手伝うから言ってくれ」


 午後から晴彦の手伝いを始めた俺とポラリアは獅冬を巻き込み、この言葉を後悔する事になる。





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