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02《ずぶ濡れの訪問者》


 大島夏美は困っていた。


「ここどこ……」


 都内で受験を終えた夕方、故郷に戻る新幹線を待つホームで大きな揺れを感じ、立っていられずに転倒したのは覚えている。


 しかし意識を取り戻すと、鬱蒼と繁る森の中だった。

 日は暮れ掛けており、水気をたっぷりと含んだ苔の上に倒れていたお陰で怪我は無いものの、制服は水気を吸って濡れており寒い。


 それに森の中には自分以外の……何か人間ではない生き物の気配を明確に感じ取れた。

 温度的な寒さと、妙な気配に対する寒気に身震いすると必死で考える。


「とにかくここに座っててもしょうがないよね……」


 呟くと気配の少ない方角に向け歩き出した。しばらく歩くと樹木の間にチラチラと白い建物が見えてくる。


 (よし! これで助かる……!)



 たどり着いたのは先に有ったのは、森をくり貫いたかの様に建つ大きなコンクリートの二階建。敷地は広く、母屋の横には車数台を楽に駐車出来そうなガレージが隣接されている。敷地を囲んでいるコンクリート塀も高く、近づくと全く中が見えなくなる。外塀に埋め込まれている宅配ボックスはまるで横幅を広くした掃除用具入れのロッカーの如くデカイ。塀の上にはボールを吊り下げたような形の監視カメラが数台設置されており、よく見ると母屋やガレージにも付いている。

 建物に詳しくない夏美でも相当なお金が掛かっている事だけは分かる


「セレブってやつかしら……。すごい変な人ならどうしよう……」


 気後れしてしまうが、他に取れる選択肢も無さそうで、自分を奮い立たせながらボタンを押す。


「ピーンポーン…… ピーンポーン……」


 深い森に場違いな電子音が響いた。  



――――――――――――――――



「う…、気絶していたのか……?」


 男は身体を起こすと激しく首が痛い。音の発生源に目をやると壁の制御盤が青く点滅し来客を示しており、時刻は午後六時を回っている。


 気を失ってしまっていたので規模は分からないが、地震発生後の来客とは招かれざる客である可能性も捨て切れない。男はシェルター再奥部に繋がる扉を開けると部屋の壁のラックに掛けてある小さな拳銃を外して背中に挿すと用心深く玄関へと上がっていった。


 一階に上がるとリビングに設置されているモニターで来訪者の確認をしようとするが、外は霧掛かっており良く見えない。だが、薄っすらと見えるのは小柄な女性のようだ。

 悩んだ末に画面の『解錠』と書かれた部分をタッチし外壁門のロックを解除すると玄関に向かう。玄関で靴を履きドアを開けると立っていたのは、濡れた制服の女の子だった。



――――――――――――――――



 夏美は外壁門からドアの前まで小走りで向かう。ロックを外す音の後、扉が音もなく開いて出てきたのは若い男だった。端正な顔立ちにモデルの様な手足の長い体型だが病弱なイメージは全く受けない。むしろよく鍛えられている印象を受ける。

 総合するとテレビに出演していても違和感は無さそうなレベルだ。男はずぶ濡れの自分に一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐにポーカーフェイスに戻ってしまった。



――――――――――――――――



(誰だコイツは……誰かの妹か何かか?)


 量産アイドル達を軽く凌ぐ整った顔立ちに艶やかな黒髪を後頭部で縛っている。スカートは短いと思うが全体的に凛とした雰囲気で、遊んでいるようには見えない。学校ではさぞモテる事だろう。

 真明は定期的に割り切った付き合いのある女はそれなりに居るが、少なくとも女子高生に手を出した記憶はないし、妹が居ると言う話にも覚えがない。


「どちら様かな?」


「あ、すいません。あの、ちょっと説明しにくいんですが、えと。……今迷ってまして。私を『保護』して欲しいんです」


(迷子?あぁ……家出でもしたのか……服が濡れているのは可哀想だが……)



「今入ってきた門を出て南……右に真っ直ぐ行けば2kmほどで私鉄の駅がある。この時間ならまだ少しは電車もあるだろう」


 そう言って、玄関に掛けてあるコートを肩に掛けてやる。そして財布を取り出すと、一万円札を小さく折りたたみ、コートのポケットにねじ込み、やんわりと外に押し出す。

 女はまだ何か言いたそうな顔だが、これ以上他人に関わるつもりは無い。


「風邪引くなよ。気をつけてな」


 ドアを閉めようとすると、ローファーを履いた足が差し込まれドアを閉められない。


「……何のつもりかな?」


 すぅっと目を細める。


「あの。変に思われるかも知ないんですが…… ここって何処か分かります?」


「何を言って……」


 警戒を緩めずに、ちらと外を見ると……風景が違う。


「は? なんだこれは?」


 数歩出て周りを見渡すと、薄暗い敷地内はそのままだが、その周囲は巨木に囲まれている様だ。


(有り得ん。どうなってる。今朝まで周りは全て休耕地……枯れた水田と雑草しか無かった。成長した? いやそれこそ数時間で有り得んな)


 外壁門の外に伸びる道の舗装は私有地から出てすぐ途切れていたが、林道のような道は続いている。


「で……、ここが何処だか分かりますか?」


 後ろから声を掛けられて振り向くが、俺には答えられない。


「保護してくれますよね?」


 女はニッコリと微笑みを浮かべた。



――――――――――――――――――



 暗い森に高校生を放り出す訳にもいかず、深いため息と共に女をリビングに通す。現状の把握に関しては一時置いておくことにした。

 宅内の調度品は全室シンプルに統一されているが、そのどれもが一級品であり、静かに、だがしっかりと存在感を放っている。


「うっわー、なにこれ広っ!! これもうホンマの豪邸やん!ね? うわっテレビおっき!」


 変なテンションになっているがさっきから、ぽったぽったと絨毯に水を垂らしながら歩きまわるのは止めて欲しい。その場に待たせておき、二階のクロークから買い置きしてある新品のバスタオルとスウェットを出すとリビングに戻り手渡す。


「取り敢えず風呂入ってこい。濡れた服を洗うなら洗濯乾燥機に放り込んで自分で洗え。アイロンかけたきゃ自分でしてくれ洗面室の棚にある。」


「あ、すいません、ありがとうございます……はっ! シャワーってまさか変なことしませんよね!?」


「そこまで不自由しているように見えるか? 風邪ひかれると困るだけだ。さっさと行け。話はそれからだ」


 と風呂の方向を指さしながら言うと、女は薄くニヤニヤと笑いながらハーイと返事をして向かっていった。


「ガキのくせに全く…………しかしどうなってんだ……」


 独りごちながら、キッチンに立ち手早く料理の準備を始める。

 無洗米を炊飯器に掛け、ほうれん草をサッと茹でおひたしを作り軽く炒った胡麻と和えて一品。黒豚を薄切りにして湯がき、アクを取りつつ人参や大根を火の通りを重視して薄くイチョウ切り。味噌と和風だしで味を整えて葱を添えて豚汁を。大量に作りおきしてある塩麹漬け牛肉を分厚く切って大型オーブンで一気に加熱、ミディアム・レアに仕上げてから薄く切り、胡椒をミルで挽きかけて一品。瑞々しいレタスを洗いドレッシングが絡みやすいように手でちぎって数種のスプラウトと混ぜてサラダにする。後は冷凍庫から近海モノのマグロを出し半解凍して切り、わさびと皿に盛り付ける


 総じて女の風呂は長い。出てくる頃には程よく自然解凍されているだろう。



 空気清浄機のスイッチを入れ、タバコの煙を細く吐きながら考える。


「ふぅ……、最低限のインフラが死んでないのは助かるが……」


 何気なく料理していたが、電気水道ガスと全て通常通り使用できていた。幸せなことだが色々説明が付かない。




「お風呂頂きました、ありがとうございます。足伸ばせました! 凄い広かったです!」


 そう言ってまだ少し濡れている髪を垂らして頭を下げる


「それは構わん。まず飯を食おう。適当に座ってくれ」


「うわぁー、すっごい豪華ですねーこれ頂いていいんですか?」


 と目を輝かせながら訊いてくる


「二食あるんだ。どう考えても食べていいだろう」


「ていうか作ってくれたんですよね……? (男の人の手料理、男の人の手料理……)」


 ぶつぶつ言いながら席に座り、頂きますの声とともに食べ始める。時折、お肉柔らかっ! とか、うわマグロとろける! 等と言いながらしっかり食べきった。


「ごちそうさまでした。美味しかったです……私より料理出来るとか……くそぅ」


「さて腹が落ち着いた所で、君の話を聞かせてくれるか?」


「あ、まだ名前も言ってなかったですよね。大島夏美です、高三です。よかったら夏美って呼んで下さい、あと押しかけてすいませんでした」


 ちょくちょくテンションが激しく変動するが基本的には礼儀正しい子のようだ。


「それはもう気にしないで良い。俺は端山真明、この家の主だ。適当に呼んでくれ。」


 空気清浄機を最大にしてタバコに火をつける。


「ふぅーー。煙、大丈夫か?」


「あ、はい。大丈夫みたいです」


 大島夏美の出身は関西だそうだが都内での受験の帰りに揺れを感じ、気が付けば森に倒れていたと言うこと。後は周りの生物らしき気配を感じ取れる気がするとの事で、気配を避けて進むとこの家を見つけ、これ幸いと保護を頼んだらしい。


「うーむ。特に情報なしか……俺の方も似たり寄ったりだ。速報を受けてシェルターに入ってから同じように揺れを感じて意識を失った」


「んー総合すると……全く分かんないですね」


 うふふっと笑う。


「まぁそうだな、何も分からんが今日は遅い。明日周辺を捜索してみる。

 寝るなら階段上がって左の洋室はどれでも自由に使っていい。どの部屋にもトイレはあるし鍵も掛かる。ただし地下室には降りるなよ」


 そう言って立ち上がると背中に挿していたシグP250を出し、ゴトリと夏美の目の前のテーブルに置く。


「護身用だ。正直必要ないとは思うが……。あまり触りたくないかも知れんがお守りとして部屋に置いておけ。後……それで俺を殺せるとは思うなよ」


「えぇっ!? そんなことする訳ないですやん! ……こほん。分かりました。お借りしておきます。」


 そう言って部屋に向かう姿を見送ってから食器を洗浄機に入れ、真明も二階の自室へ上がるとセキュリティを最上に設定。全室の電動金属シャッターを一斉に下ろすとそのままベッドに潜り込み深い眠りについた。





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