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24《閑話:獅冬の過去と小さな後悔》

 今の生活を獅冬は気に入っている。なにしろ、好きな事をしていても衣食住を保証される上、体力は全盛期以上、魔法に魔道具、喋るドラゴンと興味も尽きない。


 同じ境遇のメンツを纏めてくれてるマサは信用できる奴だし、晴彦や夏美は親戚の子供のような感覚だ。彼らと暮らすここの生活は楽しい。

 ここに来てからは関節痛だけでは無く、長年悩まされていた頻尿までも改善されている事は誰にも言っていない、細やかな秘密だ。




 獅冬は北海道の農家、裕福ではないが食べるに困るほどではない、そんな家庭に次男として生を受けた。

 窓からは農地とコンバインしか見えない寒々しい景色も、今の自分なら長閑な風景だなぁと酒の肴に出来るかも知れないが、若い頃の自分にとっては変化の乏しい只々退屈な環境だった。

 高校を卒業したその年に、実家を長男に任せ、半場家出の様に単身上京。仕事の選択肢など有る訳も無く、建設現場で汗水流して必死に働いた。現場に顔を出す建築士達は居丈高に図面指示とは異なる変更を頻繁に言い出し、断れないが仕事が増えるのを嫌がる仲間達は「あぁまたか」と愚痴ていたが、獅冬は無茶な変更にもできる限り答えようとする姿勢を貫く。そしてその姿勢は小さな建築事務所に拾われる事に繋がった。


 それからは先輩達に教えて貰いながら勉強し、建築士や施工管理等の様々な資格を取り、三十過ぎで事務所を任されるまでになった。結婚も数回したが、激務が続き触れ合う時間の少ない生活に元妻達はあっさりと家を出ていき、子供は一度も出来なかった。がむしゃらに仕事を、自分を拾い、ここまで育て上げてくれた会社への恩を返す事が第一だと考えていた当時は妻が出て行っても何とも思わなかった。

 しかし五十を過ぎ、事業も順調に拡大して、後は後任に任せても良いか、と考える余裕が出来た時、ふと考えてしまう。あの時もっと時間を取って、妻と接し、もっと話をしていれば……今とは別の人生が待っていたのかも知れない。そんな小さな後悔は未だに消えない。

 そんな小さな後悔が今となって、セラスの気持ちに対し自分がどうするべきなのか判断をさせてくれないのかも知れない。


 セラスが俺の後ろを付いて回るようになったのはいつからだっただろう。

 彼女は良い娘だ。少しズレた所は有るが、慣れない生活への順応も早く、既に俺達に溶け込んでいる。それが見ているグスタブや元兵士達の順応性をも高めてくれているのだから、大いに助かっていると言っていい。

 現代的な工作機械、建物の設計法に建築手順。蒸留や農業技術に関しても旺盛な知識欲でどんどん覚え、教える側としてはこれ以上の生徒は無いと思う。


 自分を好いてくれている事も薄々理解しているし、一人の女性として綺麗で、性格も申し分ないと思う程には好感を持っている。頭に角が生えている程度些細な事だ。むしろチャームポイントと言っても良い。


 晴彦や夏美も何かと応援してくれているのは感じるし、嬉しい。……やり過ぎた時にはお灸を据えているが。



 だが……踏み込めない。そこからの一歩が途方もなく難しい。なにより彼女と比べれば自分は歳が離れすぎている。

 また過去の後悔と同じ事を繰り返し、セラスを傷つけてしまうかもしれない。最近一人で酒を呑むといつもそんな事を考えてしまう。これはダメだ……完全にドツボだ。





「すまんマサ。これからちょっと呑まねぇか」


「……珍しいな、少し待ってくれ、そっちに行こう」


 確かに俺が無線を使ってマサを呼び出すのは初めてかも知れない。図面の散らばる広い作業机の上を片付けて、二人分のスペースを空け終わった頃、到着したマサが部屋に入ってきた。


「……この前、晴彦にも言ったが。少しは片付けろ……」


「ガハハっ、まぁ座ってくれや、ストレートで構わねぇか?」


「……あぁ。こいつはお手製の……予想以上に美味いな……こう……少し荒々しいが香り高い」


 暫くはお互い殆ど何も喋らず、ただ酒を楽しむ。三杯目を注いだ所で、


「……それで。何があった?」


「お見通しか……まぁ……何と言うか……セラスの嬢ちゃんの事なんだがよ」


「獅冬が俺を呼び出すのは初めてだからな……続けてくれ」


「俺ぁ……どうしたら良いんだろうな。いや、嬉しいのは嬉しいんだぜ?あっちの方もまだ若いつもりだしよ?ガハハッ……でもよ……結構歳だしよ……、俺ぁそもそも、初めはマサにホの字だと見てたんだけどよ」


 アルコールの力を借りて打ち明ける。


「なんだ。そんな事か」


「そんな事っつってもよ、あんま俺はこういう事に……その……好いた惚れたってのには縁が無くてよ」


「あれは吊り橋効果そのものだろう。英雄的に窮地を救って貰った事による……空から飛び降りたのはやり過ぎたと反省しているが……ともかく一時的な感情に過ぎなかったんだろう。現に今は獅冬にベッタリじゃないか?」


「いや、それは分かっちゃいるんだけどよ……」


「俺は色恋に年齢差等どうでもいいと思っている。セラスの気持ちを受け止めるも、理由を付けて受け流すも獅冬の自由だ。ただ……後悔しないようにすれば良いのでは無いか、と俺は思う」


 三杯目を飲み干したマサがしっかりとした足取りで扉に向かう。


「酒は美味かった。ただもう少し甘いほうが俺の好みだが」


「そうか、次の蒸留に期待してくれ…………マサ。ありがとうよ」


「あぁ。じゃあな」


 扉が閉まる音の後、微かな足音が遠ざかっていく。グラスに半分ほど残る酒をグッと一息に飲み干し、立ち上がって外を見る。


「後悔しないように……な。三度目の正直ってか……」


 窓の外には、決して東京では見られない。昔、故郷で見た様な美しい星空が広がっていた。





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