23《面会者と食事会》
ザッタールが出発してから十日程が経った日。護衛に付けていた元兵士の一人が馬に乗って戻って来た。急いで連絡を伝える為、フェリアル商業都市で馬を購入し一足先に帰還したのだと言う。
大切に託されていたザッタールからの手紙に拠ると、試作品の販売と馬車の購入は滞りなく終えたが、問題が発生して商談を一時的に止めている事、明日の昼過ぎには此方に到着する予定でフェリアル商業都市を出発する事。そして同行者が増えてしまった、どうしても断れなかったと、ひたすら謝罪する文章が続いていたが…………この展開は予想していなかった。最後まで読むと俺は小さく溜め息をつく。
「真明さん?どうかしたんですか?」
夏美は俺の隣に座ると人差し指の先に小さく火を灯し、手紙を読んでいる途中で咥えたまま火をつけるのを忘れていた煙草に火をつけてくれる。
「あぁ、ありがとう。……夏美、明日の夕食のメニューを考えてみてくれ、今出来る最高の。……明日はお客様を交えて夕食だ」
ザッタールがどうしても断りきれなかったと言う、手紙に記載されていた問題の同行者。
名は、ハイマティーテ・トリトス。
森の南に位置する、フレスト国家連合の宗主国にして最大の都市国家、フェリアル商業都市の現元首。
一日置きに完全に元に戻る室内はとても綺麗で塵一つ無い。そこで手の空いている全員で集落と化している周辺を掃除して回り、その後グスタブ達と相談して今回の客に何処までなら見せて良く、何処を絶対に見せてはならないか等を細かく指示する。
当日は元兵士達に各所で警戒に付いて貰う為、防刃素材の上下と防弾チョッキ、チタンコーティングの大型ナイフも支給した。晴彦が防壁建造で手が回らない為、ナイフは木村経由で取り寄せた物だが、この世界の物より数段上の性能を持っているのは、支給した時の兵士達の驚き様からも明らかだろう。加えて今回に限ってトランシーバーの携帯も認めている。兵士達の配置はグスタブに任せ、他の準備を進め……当日を迎えた。
俺は今日、その人物と面会する。
「た、只今戻りました、オッナー様。これが購入できた馬車です……それでですね、その……此方の方が……」
「儂がハイマティーテ・トリトスじゃ。ハヤマ殿、突然すまんの。どうしても興味が湧いての、ザッタール殿に無理を言って押しかけさせて貰った。こっちは儂の秘書じゃ」
「トリトス様の内弟子、エリアスと申します」
外周防壁東門でザッタール達の到着を車で待って居た俺と獅冬はまず人の少なさに驚く。護衛やら付き人やらが大名行列の如く、居るのかと考えていたが、ザッタールの購入した馬車に秘書と二人だけで便乗して来たらしく、どうやら完全にお忍びらしい。
秘書だという女性は体の線は細いが適度に鍛えられているのが分かる。最低限の護衛も兼ねているのだろう。ザッタールが購入した馬車は二頭立ての立派な四輪馬車だが、ひと目で乗り心地は最高に悪そうだと分かる代物で乗りたいとは思えない。次回からは馬だけ買って獅冬に制作を依頼してみよう。
「ザッタール、オッナーでは無く、オーナー、だ。それと様は要らん。失礼した、俺は端山真明と言う、真明が名前だ。確かに急な話ではあったが、ここまで来られたとあっては追い返す事もできない。今日は、歓迎させて頂こう。」
「俺は獅冬優二だ。マサが構わねぇんなら、なにも言うつもりはねぇ。乗ってくれ」
「はっは、そうかそうか、出迎え感謝いたすぞ」
『今日は』という部分に匂わせた、特例は今日だけだ、と言う意図には気付いたようだ。
ザッタールに馬車を兵舎に駐め、先に自宅に向かっておくように伝える。
ここからはトリトス達をワックス掛けたてのハイブリッドカーで自宅まで案内する。途中何箇所かを見学に回る予定で、運転は獅冬、助手席に秘書、後部座席には俺とトリトス。車を選択したのは乗り心地と、こちらの技術力を見せ付け少しでもこちらのペースに取り込む為の選択だ。
トリトスは御年六十八歳だそうで、見た目はフットワークの軽い、ただの爺。麦地の茶色い中折れ帽子をかぶっている。
だが、食事中も時折、鋭い目で周りの物を観察し、さり気なく物の出処や価格を探ってくる辺りは抜け目ない。海千山千の商人達を率いているのは確かなのだろう。万が一を考慮してセラスは晴彦達の自宅に隠れて貰っている。北側のエリアにはカザード達も居るのだ、そちらに向かわせるつもりは無い。
食事が終わってから、俺と夏美、トリトスと秘書は応接間のソファーに対面して座り、横にはソファーと揃いのスツールにザッタールが腰掛けている。
セラスとグスタブが初めて此処に来た時の事を思い出す光景だ。
「では、話を聞かせて貰おう。護衛も付けず、飯だけ食いに来た訳では無いのだろう……トリトス。」
態とらしい呼び捨てに秘書の眉がピクリと動くが、騒ぎ立てないのは教育がなっている証拠か。
「はっはっは、肝が座っておるの。別に儂の事はティーチで構わぬ。親しいものは皆そう呼ぶしの。それとエリアスは一人でも十分強いぞ。此処へ出向いたのにも勿論理由が有るが……」
ぐぅっと身を乗り出してくる。
「あの、プーリウスと言う乗り物を売っ……」
「断る」
「あのムセンキという道具を……」
「駄目だ」
「では先程のシモフリギュ……」
「数は無い」
「ではミスリルの防壁を一部……」
「無理だと分かって言っているだろう」
「狭量な奴じゃの……」
「断られるのを見越して言わないで欲しいものだ。いじけていても微塵も興味を引かん」
「まぁええわぃ……では本題じゃ。先日ザッタール商会が持ち込んで来られた魔道具類。今回、全て儂の抱える商会で引き取ったんじゃがの。あれらを今後も全て儂の商会で引き受けたい。」
良い話ではある。安定供給には申し分ない販売経路だ。だが、ここはもう少し掛金を上乗せすべきだろう。
「ティーチ殿の商会に卸しても良いのだが……」
「ほぅ、何が望みじゃ?」
「そうだな……合弁会社と言うものに聞き覚えは?」
合弁会社とは複数の出資者が合同で事業を起こすための会社だ。お互いの長所を合わせる事が出来、リスクの軽減にも為る。
俺はそもそもトリトスを全面的に信用している訳ではないし、商品を纏めて卸すだけでは末端の価格にまでは口を出せない。
生活魔道具を販売するのは、資金集めという大きな目的の為でも有るが、民衆の生活向上を考えていない訳でもない。利益の為に値段を釣り上げられても困るのだ。
合弁会社を起こし、共同で本体販売とその後のカートリッジ供給を行う。高額版の価格設定はトリトス側が。廉価版の価格設定権は此方が持つ。制作はティブリスで行い、それを合弁会社が一括して買い上げ、商品の輸送はザッタール商会の独占とする。その他の権限は完全に折半だ。
利益は此方が八割、トリトス側が二割で提案したが、初期設備への資金投入をトリトス側に頼る事と今後も便宜を計って貰えると言う条件で七対三で決着した。十分想定の範囲内だ。
話の横では、エリアス秘書は手書きで、夏美はタブレットPCで内容を書き留めている。
「……いいじゃろう。こんな話を持ちかけられたのは初めてじゃ。儂も興味深いし、この割合でも儂の商会には十分な利益を見込めるじゃろ」
「あぁ、此方も合意に至れて何よりだ」
お互いに内容を記した物を交換して保有する事になり、エリアスはもう一枚の用紙に物凄い速さで書き写している。夏美は印刷の為PCルームだ。恐らく向こうは日本語を読めないだろうが、まぁ形式的なものだ。
「そうじゃ、マサアキ殿よ。この合弁会社という商会にも名前を付けねばならんと思うんじゃが。そもそもこの集落はどう呼べばいいのじゃ?名前なんぞ有るのかの?」
これも頭を悩ませていた問題だ。商品を流通していけばこの地の知名度は確実に上がる。遅からず各国からのプレッシャーも出て来るだろう。
そこで、ずっと考えていた計画を話してみる。戻って来た夏美が淹れ直してくれた熱いお茶は、説明が終わる頃には完全に冷めていた。
「なんと……しかしそれしか無い……いや、それが最良かもしれぬな。はっは! いや面白い! 儂は長生きして良かったと思うぞ!」
「その時は、ティーチ殿、いやフェリアル商業都市の元首として協力して要請したい。勿論それなりの便宜は図るつもりだ」
「勿論じゃて! この様な事は生きている内にそう有るものではない……面白くなってきたのぅ。そうじゃな、一月後もう一度此処を訪れる、その時正式な会合を持って、商会の名前やら色々と話し合いたいと思っておるが……間に合うかの?」
トリトスがにやりと笑い、その目は試すようにこちらを見ている。
「問題無い。今後とも宜しく頼む」
「ほぉー、間に合わせるつもりか……その自信じゃと大丈夫そうじゃの。では此方こそ頼む」
サイラークの貴族達の動きは気になるが今はこちらを優先する。
二人は一泊して、翌日、再度ザッタールの馬車に隠れてフェリアル商業都市に取って返す。
ティーチの横に立つエリアス秘書の腕には「コレだけは譲れん!」と買い取られてしまった、大きな低反発枕が抱えられていた。




