22《お金は必要だもの》
商人になりたいと言うザッタールの言葉は本気の様だった。本人曰く自分に出来そうな事は今まで覚えた商人としての知識しか無いと。
事実、グスタブが物の相場や商いに関する質問をしても、俺が計算をさせてみても答えは正確だし、文字も書ける。素質もやる気も十分だ。
何より人が増え、消耗品などの補給に頭を悩ませていた俺達に取っても、自由に物資を動かせる商人の存在を得られるのであれば渡りに船だ。
今はシェルターの備蓄でなんとでもなっているが、今後はこの世界でも入手ルートを確立しなければならないのだ。こうしてザッタールは俺達の専属の商人と為ることが決まった。
しかし、考えてみると他の都市と交易をするにしても、ザッタールに初期設備の資金を投資するにしても、俺達はこの世界の金銭というものを持っていないのだ。
正確にはセラス達が金貨を数枚持っているし、説明された時に見せても貰っているが……
この世界の貨幣制度はある意味オーソドックスだ。小銅貨・銅貨・小銀貨・銀貨・小金貨・金貨の六種のみで十進分類法を用いており、小銅貨一枚が十円程度の価値だと推察している。
年間生産量に差はあるらしいが諸国で生産されている様で、違いは刻まれている文様や刻印のみで価値は一律と言う事だ。
以前見せて貰ったサイラーク王国の金貨は表面にセラスの父であるオーギュスト王、裏面には小麦の穂が刻まれており、王亡き後、いずれ鋳潰されてしまうであろうその金貨をセラスは大切に置いておくのだと言っていた。それを徴収して資金に使う事は避けたい。
晴彦もこの辺りでは一切金鉱石は産出しない上に、研究資材として金が欲しいとも言っていた。
いずれにしても今後の事も考えると、資金あるいは金そのものを集める必要がある。
数日後立てるようになったザッタールに治癒魔法を掛けさせ、完治させる。そして、新しい服に着替え、十分な保存食に出力を調整した小型の水栓魔道具と晴彦が即興で作った剣を持たせる。服は備蓄品からあまり目立たないよう地味なものを選んだが素材はケブラーだ。ただの服よりは十分強い。
そして商品サンプルとして持たせるのは魔道具だが、ここで使用している魔道具をそのままは出さない。
高純度のミスリルで作られ長期利用が可能な従来型の魔道具を出せば、単価が跳ね上がり、高額商品を購入できる極一部の富裕層に行き渡った後の需要激減は目に見えている。もっと長期的な視野が必要だ。
そこで俺が悩みに悩んで絞り出した案は、説明を聞いた晴彦に、
「うわぁ……真明兄、考える事えげつないっスね」
と言われてしまった。
輸出用に晴彦が調整した魔道具は燃料不要のストーブ、水栓型飲料水供給装置、ランタン風発光器の三種類で、全て出力は限界まで絞られているが、保持する魔力も乏しく、高価な魔道具も持たない者が大多数を占めるこの世界では間違いなく売れると確信できる。
販売用と現行品を比べた時に、何より違う点。それは適切な魔力の込められた『カートリッジ』を定期的に交換しないと稼働しないという点だ。
純度の低いミスリルを混ぜた合金製カートリッジは一つがオイルライター程の大きさで規格化されており、販売用魔道具全てに使用出来る。晴彦が大箱一杯に試作し、夏美が纏めて十秒程で魔力を込めた物だ。
この世界に殆ど出回っていないミスリルを僅かにでも使っている時点で、簡単には模倣出来ず、また体積も小さいので箱詰めしての大量輸送にも適している。そして人間は便利な生活等、一度味を占めてしまうと、元の不便な生活に戻る事は容易く出来ない。
今回、商品サンプルとして持たせたのは形が単純で用途が見た目でも解りやすい物にしているが、今後は一般大衆向けの廉価版と高額所得者をターゲットに絞った、外観と出力をやや向上させた、計二パターンを準備するつもりだ。
廉価版と高額版は魔力の消費量も異なるため流通させるカートリッジは二種類に別かれ互換性は無い。これには高額所得者に依るカートリッジ買い占めを予防する効果も期待しての事だ。安定して手に入らねば民衆は手にしようとしないだろう。
初めは廉価版を少し流通、金に余裕の有る者たち行き渡った頃に、より出力のある高額版と廉価版を同時に出す。自尊心の塊である貴族や高額所得者は、既に廉価版を購入しているにも関わらず、外観と僅かに性能も良くなっている高額版を嬉々として再度買い求めるだろう。
一般層向けである廉価版の本体価格は、小銀貨数枚から銀貨までに留め、カートリッジは小銀貨一枚を目安に考えている。日本円にすれば精々数千円から数万円。高額版の本体価格は廉価版の約三十倍、カートリッジは十倍で流通させる予定だ。
まずは広く使われなければ話しにならないので本体価格は安く、カートリッジで安定して稼ぐ。
これで金に余裕の高額所得者から容赦なく継続的に絞りとる事が出来るだろう。
道具により差は有るが約三ヶ月前後で交換の必要となる魔力カートリッジは使用後も銅貨一枚で引き取り、再利用する予定で、非常に安定した外貨獲得の手段となるだろう。
ザッタールの初仕事はこれらの商品をサンプルとして店舗に持ち込み、値引きして売り捌き、今後の販売ルートの選定とザッタール用の移動手段である馬車を購入する事。
目標地点は林道から森を出て30km程南下した地点、フレスト国家連合最大の都市国家、フェリアル商業都市を目指す事になる。
次回からは馬車を用いて多少早まるかも知れないが、今回は行きが徒歩だ。向こうでの時間も考えると戻るまで二週間は掛かると言う。
そしてザッタールは護衛に付けた元兵士二名と共に出発していった。少し不安もあるがこっちはこっちでやる事も多い。ザッタールが上手くやる事を祈ろう。




