18《それぞれの一歩》
体の芯まで冷え切った俺とグスタブが震えながらリビングに戻ると、意外な事に夏美とセラスの二人はにこやかに話していた。仲直り出来たのか?と聞くと二人は意味深な笑みを浮かべるだけで何も教えてくれないが、仲良くやってくれるなら良いだろう。
セラスには、俺を様付けで呼ぶ事を禁止した。同じ家に同居する者同士なのだ、様付では話しにくい。それに仮にも元王女、守護する立場の近衛兵達から反感を買う可能性も無い訳ではない。想像し得る障壁は取り除いて置くに限る。
翌日の早朝、朝飯を済ませてセラスとグスタブを連れ、兵士達を泊まらせている倉庫に向かうと、まだ午前七時と早いにも関わらず、既に全員が起きていた。毛布を畳み部屋を片づけ、移動式炊飯器で米を炊いたり、自分たちの汚れた衣服の洗濯を行ったりと忙しそうに動いていたが、広い部屋の中央には昨日そのまま泊まったらしい獅冬と晴彦がまだ寝ていたので叩き起こす。掃除の邪魔だ。
掃除と食事の準備が終わった頃を見計らい、声を掛け一箇所に集める。
「マサよ……昨日結局話は付いたのか?」
獅冬が、ふあー!と大アクビをしながら訊いてくる、
「付いた。それを今から話す。セラス……セレスティアの所信表明もあるぞ」
「そうかぁー、マサが言うんなら間違いねぇんだろうよぅふぁああ」
「よし、集まったな。セレスティアが兵士諸君に話があるそうだ……セラス。」
「あ、あぁ分かっている。まず、皆ここまで私を守り抜いてくれた事、感謝する。近衛の中でも最高の近衛であり私の誇りだ。 昨日私はここにいるマサアキさ……マサアキと相談し、お父様の意思を受け継ぐ事を誓った。だが今の私には力も金貨も領地もない……だから暫くは賢者であるマサアキ達の世話に為ることになった。その間私に出来る事は何でもするつもりだ。そしていつか……国を取り戻……いや、国などもういい。いつか全ての民が差別なく生きられる世を築けるようになりたい、そう思った。故に……私はこの時を持って王族の名を捨てる。今後は王女ではなくただのセラスとして生きていくつもりだ。 だから……」
「セラス。彼らには十分、お前の言いたい事は伝わっている」
「あぁ……そうだな。皆、私はここで精一杯生きる。マサアキは昨日、私だけでなく皆も受け入れると言ってくれた……こんな何もない私だが……もし側に残ってくれるなら私は嬉しい」
水を打ったように静まり返る中、一人の兵士が徐に剣を抜いた。他の兵士達も同じ様に剣を抜く。彼らはタイミングを合わせたかのように跪き、剣を高く掲げ目は真っ直ぐにセラスを見ている。 最後にグスタブも跪いて剣を抜くと声を張り上げた。
「我ら! サイラーク第一近衛隊は忠誠を誓った方を今! 全て失いました! 故に! 総隊長権限を持って、只今を持ち……隊を解散させて頂きます! 今後は……今後は一介の傭兵団となりセラス様、そしてマサアキ殿に忠誠を誓わせて頂きたく存じます!」
少しの硬直の後、セラスは震える声で、「受けさせて頂こう」と呟きながらグスタブの剣を取りその肩を叩いた。
「ふむ、まさに意気や良しだな……では俺も。貴君らの心意気謹んでお受けしよう。これから共に働く仲間だ。宜しく頼む。皆しっかり働いてくれ」
わぁっという声とともに喜びを顕にする兵士……もとい傭兵達。セラスに駆け寄って声を掛けたり、器用にも泣きながら笑っている者もいる。
良い光景だ。…………だがやはり朝は辛い。
今後、セラスは元晴彦の部屋、グスタブは兵たちと倉庫に仮住まいする事に決まった。グスタブに獅冬の使っていた部屋がそのままだし使っても構わないとは伝えたが、ケジメが付かないからと断られた。 傭兵達の住居も倉庫より、もう少しマシな物を立てる必要があるだろう。
高々、二十名にも満たないが、文字通り人口が増えたのだ。食料の安定供給の為に農地の拡大と水路の拡張は最優先だ。土地の拡充に住居建設。燻製小屋も増築すべきだろう。
俺達の考案した方法とは違うらしいこの世界従来の魔法技術も大いに気になるし、消費の増えた消耗品を此方の世界で入手するルートも確立しなければならない。
そしてセラス達を捜索しているであろう貴族の尖兵が此処を嗅ぎつけないとも限らない。受け入れたからには彼らを守る義務もある。いずれは最低限、防衛に特化した戦力を保有すべきだとも考えている。
頭の中で、構築されていく新たなプラン、検討事項は山のようで、一つ一つ形にして行くしか無いのだが、どこか気持ちが高ぶるのを感じる。
やるべきことは多い。だが、どうせやるなら楽しんで徹底的に。これは四人が初めて集まった日に決めた事の一つだ。これを忘れない限り、きっと上手くやって行ける。そう信じる。
トランシーバーを握り立ち上がる。さて、今日は何から始めるか。
らくだ様
ご感想ありがとうございます。そう言って頂けると今後への励みになります。
コウ様
訂正致しました、ご指摘ありがとうございます。
物語は此処から二章に入ります。引き続きお読み頂けると幸いです。