17《セラスの決意と女の意地》
食卓から呼ぶ声に返事をして、四人は食卓に向かい席に着く。客二人は正面、夏美はいつも通り左隣だ。
既に準備を終えていたのか、短時間にも関わらず品数は豊富だ。夏美はこの一年で急激に料理の腕を上げている。まだまだ俺には及ばないと自負しているが、時間の問題のような気もして危機感を感じる。
俺達四人に通じて言える事の一つは、意外と勉強熱心な所だと思っている。晴彦は言わずもがなだが、俺も獅冬も夏美も自分が興味を持ったものには情熱を惜しまないのだ。
最近は特に夏美に食事の準備を任せっきりだった。しかし腕が落ちては困る……何となくだが。 今後は俺も積極的に作るようにしなければ。
テーブルの上には、大ぶりなハンバーグから溢れる肉汁が旨そうな音を立てて弾けている熱々のステーキ皿。載せられているチェダーチーズもとろとろだ。中央の大きなボウルは蟹身と水菜など食感の良い葉野菜を使ったサラダだ。そしてメインはきつね色に表面の焦がしたマカロニグラタンで、畑で収穫したトウモロコシのコーンポタージュも実にいい香りを放っている。だが、よく見るとハンバーグの色が微妙に違う、恐らくは挽肉に豆腐を混ぜ、低カロリーに仕上げているのだろう。カロリーまで考えだしたか……やはり奴は侮れないレベルに達していると考えたほうが良いだろう。
「いい匂い……! どれも見たことも無いものばかり!」
「こ、これは何とも旨そうな匂いですなぁ!」
「悪いが少し待ってくれ」
もはや涎を垂らさんばかりだが、ここで二人に教えておかねばならない。軽く手を合わせて言う。
「良いか、これが俺達の故郷の作法だ、同じ様に続いてくれ……頂きます」
「「いただきます!」」
余程腹が空いていたのか二人共がっついている。グスタブはまぁ……良いとしてもセレスティアはどうなんだ。見た目の綺麗な女性が食事をがっついているのは絵的に美しくないが、今回は仕方ないだろう。
「そう言えばマサアキ殿、先ほどの儀式は何だったのですか?」
「儀式……いただきますか。あれは命を奪い自らの糧とした食物と調理した者に対する感謝を表わすものだ」
「なるほど……良い風習ですな」
「私もそう思う。しかしこの料理のどれも素晴らしく美味しいな。王宮でも食べたことがない。なんといってもこのソースだ! マサアキ様、この黒いソースはなんと言うのですか?」
この辺りで話しておくべきか。
「それは醤油だ。二人共食べながらで良い、聴いてくれ。薄々違和感を感じているかとは思うが……単刀直入に言うとだな。俺達は元々この世界の住人ではない。ある日突然ここに移動したのだ。理由は分からん。むしろ心当たりが有るなら教えて欲しい」
一年と少し前、俺達が転移した時の状況と、四人合流してからの生活を掻い摘んで説明する。
「そうだったのか……そんな話は初めて聞いたが……しかしあのトロールを一撃で倒す武器にドラゴンを操る術。ジドウシャという素晴らしく早い乗り物……あれらは異世界の物なのか……真実なのだな……」
「俄には信じられぬ話ですな……と、話で聞いただけなら笑い飛ばしていた所ですが、実際にこの家や部屋中の魔道具に料理を食した後では……この皿一枚にしても我らには製法の見当も付きませぬ……」
「俺達の世界に魔法という現象は存在していない。俺達の使う魔法技術はこの世界に来てから俺達が独自に鍛錬し改良したものだ。代わりに先ほどの自動車や数々の道具を昇華させた『技術』を日常的に利用していた。そしてこの部屋に魔道具は存在していない。全てその技術を用いて構成されている。……それと竜も別に俺が操っている訳ではない。話し合って共存しているのだ」
「なんと! ドラゴンの言葉が話せるのですか!」
「あぁ、やはり一般的では無いようだな」
二人共目を見開いて驚いているが、食べる手は止まっていない。
「話は分かりました、その……マサアキ様。お願いがあ」
「お断りする」
簡単に予想が付き過ぎる。
「な、なぜですか! マサアキ様達の道具があれば、あの貴族共を倒すことも仲間を集うのも容易ではありませんか!」
「あのー。ちょっといいですか? セレスティアさん? なんか他力本願過ぎません? 見ててなんかイヤなんですけど」
黙って聞いていた夏美が言う。夏美は俺が話している時は基本的に口を挟む事はせず、横で聞いているのが常だった、実に珍しい。
「そうだな、確かにセレスティアの言う通りだ。我々の保有する武器や技術はこの世界より圧倒的に進んでいる。昼間の武器もそうだ。そして更にドラゴン達の協力も得れれば、その願いが叶うどころか他国までも余裕で滅ぼせそうだな」
セレスティアは俺の言わんとしている事が分かったらしい。
「わ、わたしはそんな事は決して……ただお父様の……」
「父親のせいにするのは止せ。それにそのやり方で……所詮借り物の力で国を取り戻したとしてお前はその国を導けるのか。」
「ゴホン。宜しいですかな姫様。私もマサアキ殿と同意見です。これら異世界の技術という物は素晴らしいですが……素晴らしすぎると思うのです。力は強大過ぎても恐れを生み、敵を作るもの。今の姫様にそれを制御できますかな」
「それは……」
「そういう事だ。俺や夏美の言いたかった事は、他人の力を当てにし過ぎるなと言う事だ。ましてや俺達はここで静かに暮らしている。荒事に駆り出される筋合いも無い。技術も同じ理由であまり外に出す気は無い。連れてくる前に此処の物を口外するなと言ったのはこういう理由からだ。期待するな」
シーンと食卓が静まり返る。さすがに食事の手は止まっている。
「まぁ、全く協力しないと決めた訳では無い……が。 立つのは自分で立て。」
「そう……だな……皆の言う通り……自分の足で立たなければな……」
目に光が戻ってきた様だ、親族一同を殺されたのだ、辛く恨みも深いだろうが第三者にはどうしようも出来ない。後は自分で立ち直って貰う。
「あーそうだ、それとですねーセレスティアさん、さっきから真明さんの事、名前で呼ぶの止めて欲しいんですけど?」
シリアスな流れをぶった切って突然雲行きが怪しくなる。
「なぜだ?マサアキ様は好きに呼べと言ってくれた」
「そういう意味やないんです!!」
「わからないな。二人は夫婦でも無いのだろ?」
ギッっと言う音が聞こえそうな夏美のキツい視線を感じるが気づかないフリで食事を続ける。
「そうや……確かに夫婦ちゃう、今は。でも……そうや! セレスティアさん!あなたは新人やねん!」
「それは何となく分かるが……そうだ。これからはマサアキ様も私の事をセラスと呼んで下さい」
そこで夏美の臨界点を感じる、完全に関西弁に戻っておりこれ以上ここに居ると危険だ。グスタブにちょいちょいと合図して共に席を立ち幽霊の様に気配を消して階段を上がり二階のテラスに出てサッシを閉める。
「夏美はどうして……あいつも成人が近いというのに……ふぅ……」
「はぁ……姫様もいい年して……面白がって火に油を注がなくとも……はぁ……」
胸ポケットからタバコを取り出し、二人で一服している間もずっと下からけたたましい女の戦いが微かに聞こえていた。
おぺん様
ご感想とお気遣い本当にありがとうございます。