14《ダメなことはダメ》
翌日の朝。
帰宅を控えカザードとカシードを受け容れる事、二人が俺と盃を交わした事などをゴルナートに伝えると、自分も盃を交わしたいなどと言っていたが、酒が呑みたいだけだろう、と言うと笑っていたことから半分は当たっていたらしい。
取り決めた事項は、その場で精製した青銀鉱製の板二枚に日本語で刻み、一枚ずつ保管する事にした。俺達は初めから竜族と会話をし、その言葉を問題無く理解出来ているが、やはりと言うべきか竜族は日本語を読めないようだ。しかしこれは形式的なもの。気分の問題だ、持っていて貰うだけで構わない。
余った薬と機材は引き渡して自由に使って貰う事。竜族で対処出来ないレベルに再発した時には駆け付ける事。代わりに有事や必要な時には手を貸して貰う確約を得た。
今後連絡は無線で取り合う事とし、ソーラーシステムを含めた保守を若いドレイク達に頼む。昨日ゴルナートに貸した腕時計はそれはもう気に入っている様子なので、晴彦にバンドを大きく拡張して貰ってから友好の証に進呈した。
基本的にはのんびりと暮らしているそうで、手伝いが居る時は何時でも呼び出せと言って送り出してもらった。
カザードとカシードの二匹……いや二人は受け入れ準備を待たずに来る気のようだが、別に必要な物が有るわけでも無いそうなので構わない。
「あ、あああ、あの真明さん! 帰りは私が前に乗ります!」
と急に夏美が叫ぶ。了解したが、昨日何を吹き込まれていたのかとても気になる。
自宅に戻った俺は、獅冬に魔術水栓付きの大きな水入れを作ってもらう事を頼む。いくら、石を食って生きていける種族でも水は必須だろう。この辺りには水場が無いし、用水路に首を突っ込ますのも忍びない。主食のレグナイト石は自分たちで掘るので必要ないと言われたが、たまには酒を貰えると嬉しいと言っていた。
その後、細々とした連絡を済ませ、木村からのメールを読んでから風呂に入った。
「現状必要か……? だが竜がいる様な世界だからな……悩むなら買っておくべきか……」
湯船に浸かりながら、木村からのメールの内容を思い出す。
『状態の良いM134の出物があるが必要か。要るなら数日中に返信してくれ』
との事だった。木村は俺の異世界云々と言う言葉を信じたのかは分からないが、最近は色々と気遣ってくれている。大抵の商品には何らかのオマケを付けてくれるし、こうしてあまり出ない物品を優先して此方に回してくれる。
今回も恐らく他に声を掛けるのを止めて待ってくれているのだろう。
M134は通称ミニガンと呼ばれる小型化されたガトリング銃だ。小型だが毎分で三千発を越える火力は凄まじいに尽きる。本来は車上や陣地に据え付けて使用する重火器なのでやはり小型化されているとは言え相当に重い。今の俺や獅冬の力なら容易に手で持つ事も可能だと思うが決して取り回しが良いとは思えない。
ガレージのメガクルーザーは自衛隊の一部にも配備されている車だし、車輌の屋根に取り付けても問題は無いだろうが、あの車はこの世界にもう一台しか無いのだ。個人的に気に入って購入した物だし、正直あまり戦闘事に突っ込みたくはない。
「そういえば晴彦が乗り物がどうとか言ってたな……」
竜の治療に向かう前に言っていた事を思い出す。獅冬と晴彦の工房や研究室を含む家には引越し時にしか入っていない。取り敢えずは研究室の見物も兼ね、購入は晴彦の意見を聞いて考える事にしよう。
二人が移り住んだ自宅は真明の家の北に建てられている。外観こそ平屋建ての大きなログハウスだが、中身は獅冬渾身の設計により高い耐震性を持ち、なおかつ住みやすいように家事動線を十分に考えて設計されている。晴彦の作成した生活魔道具も随所に使用されており実に快適だと聞いている。だがしかし。
(ここも一度大掃除させた方がいいな……)
技術屋肌の二人を纏めて住まわすとこうなると懸念していたが、まさに足の踏み場もない。
広い屋根の全面にソーラーシステムを設置しているため電力供給も潤沢で、4DKの室内は増殖させたパソコンや木村経由で取り寄せた測定器など様々な研究器具、工具で雑多に埋め尽くされている。
「んぉ、真明兄、さっそく来てくれてたんスか!」
いつからかは知らないが、いつの間にか俺は四人兄弟の長兄になっていたようだ。
「晴彦。取り敢えず三日以内に獅冬と此処を片付けろ。……それとこないだ車か何か乗り物を作っていると言っていただろう、参考までに聞きたいんだが実は……」
経緯と、M134がどの様な武器かを説明し、それを必要かどうか訊く。
「んーーーー!!! バッチリっすよ!! マジ神タイミングッス!!!」
と、おかしなテンションになって来た。こうなった晴彦は研究が一旦落ち着くか、意識を絞め落とすまで止まらない。
「分かった分かったから、取り敢えず見せてみろ。それから判断する」
「そりゃそうッス! さすが真明兄! こっちッス!!」
連れられて向かったのは太いL字型を描く家の内側。外から見えない部分だ。そこに停まっている物を見て唖然とした。
「――――なんだこれは」
其処にあったのは、伝統的RPGに従ったらしい晴彦が在り来りな名を付けた強固な軽金属で出来たメガクルーザーより大きな物体。
大まかには流線型だが、ステルス効果をもたらすような多角的かつ多面体で構成された……巨大な将棋の駒の様だ。ガラス窓やドアらしき物は見受けられるが、車輪の様な物は一切見当たらない。上部には小さな円柱が横倒しに付いている。
「フッフッフー、真明兄、いいっスか。ちょっとこれ持って下さい」
持たされたのはジュースの缶程のミスリル製の筒。
晴彦が左手に持つ小さな箱のトグルスイッチを回すと突然、覗きこんでいた筒から顔に向け、猛烈な風が吹き出し、カランカランーと転がって行った。
「ぶはぁっ! 晴彦! これは……まさかホバーか?」
「イエス! その通りッス!」
正直こんなものまで作るとは。留まることを知らない才能に心底驚く。
「これはですねー、初期のミスリルを更に精製、改良してその強度と魔力の保持量を大きく上げたミスリル改! その名もミスリニウムで作ったんすよ! 全長は大体6.2m全幅2.5mッス!! 高さは測ってないんすけど感覚的に2.2mぐらいっすかね? あ、まだ色塗ってないんすけどそのうちちゃんと塗りますから! でですね、さっきの、あ、飛んでったやつですけど車体の浮上用にアレの高出力の大型版が底と、推進力として上面後部。推進力と方向転換の補助として車体側面に付いてるっす! 計算上は底部は半分、推進用は1/3でも生きてれば通常走行に近い走りが出来るはずっす! でもそもそも空気吸い込まないんで壊れる心配無いっすけどね! でもミスリニウムも魔力吸収しちゃうんで内部から魔法打てないし、このカッコで武装なしってのもどうもなーって悩んでたんすよ!」
アハハハーと、一人で笑いながらも説明は続く。
「後、マジ丈夫っす!! ミスリニウムはチタン合金より余裕で強いっすよ! 重さも相当軽いっす!それでですね、最高速度は六十ノット位、時速換算で百十キロは固いッス!! 浮上もフルパワー出したら一メートルは浮くんすよ!! ボディ全体がミスリニウム、いわば燃料タンクの塊なんで魔力のキャパも半端無くてですね! 計算上っすけど最大浮上&最高速度で走り続けても七百二十時間位は余裕っす!! 実際にはあんま重量ないんすよ! あぁ、いや、結構あるんすけどね、ゴルナート爺さんから竜が飛ぶ時に使ってる軽量化の魔法を教えてもらってですね術式組んで早速組み込んだんスよ!! いやマジ軽量化魔法素晴らしいっす!! 後ですね、機構的な部分はハンドル機構とドアロックぐらいのもんなんで、機械的な故障もまず起きないようにしてあるんすよ!! それでですね、窓ガラスは二階の部屋の防弾ガラスをはずし…………あ。」
饒舌がピタリと止まる。
「……晴彦。二階ってのは二ヶ月前までお前が寝泊まりしていた俺の家の二階だな?」
「そ、そうっす……」
晴彦の顔が軽く引きつり始める。自宅へは二人が引っ越した後も当然フリーパスだ。
「確かにうちの窓ガラスは全て分厚い強化防弾ガラスだな……車輌のガラスにはうってつけだっただろう?」
「そ、そうっすね……まさに求めていた以上のスペックでした……」
蒼白な顔で無意識に後ずさろうとしている腕をがっちり掴んで逃がさない。
「ほほー、勝手に家の窓解体して使うとはいい度胸だな……」
もう晴彦は全身から滲み出た汗が顎から垂れている。
晴彦が俺や皆のために様々な物を作り出すのは助かるし嬉しい。が、勝手に持ち出したこと。特に防犯用途の防弾ガラスを内緒で抜き取り続けていたと言う事に対しては強く怒っておく。
無防備な元晴彦の部屋の隣には夏美も寝泊まりしているのだ。俺自身慣れてきてしまっている部分もあるが、何が起きるか分からない世界なのだ。締めるべき所はきっちり引き締めておく。
静かな説教の後、晴彦を助手席に括りつけ、舌を噛まないようにハンカチで猿轡をしてから五十キロを越えるスピードで森に突っ込み三十分ほどテスト走行を兼ねた罰を与えた。何度か樹木にぶつけてしまったが、車輌に全く損傷は無いようで操作性と耐久性、共に抜群だ。
反省しているようだし、どうして俺が怒ったのかも理解している様なので、これで忘れる事にする。今度は自宅のガレージの前に停めて降りると、晴彦は立てないようだ抱えて下ろしてやりながら
「M134は購入しておこう。晴彦。同じ事をするなよ、必要な物があるならちゃんと相談しろ」
「は、はぃ了解っすぅうおうげろろろろろ」
と盛大にリバースした。
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