13《集落と義兄弟》
自宅までは文字通りあっと言う間だった。航空機とも、パラシュート降下ともまるで違う。独特の高揚感がある気持ちの良いひと時だった。
夏美はまた乗る前にぶつぶつと何か悩んでいた様だったが、万が一の転落が怖いので「俺の前に乗れ」と言うと激しく赤面し、結局カシードに頼んで乗せてもらっていた。
首を傾げているとゴルナートは、
「お主は聡明じゃが、とんと女心には鈍いようじゃの」
「……夏美はまだ十代だぞ。俺の母国では学生である年齢だ、女心もクソも早いだろう」
それを耳ざとく聞き取ったカシードに空中で説教されてしまったが、まぁ貴重な体験だと思っておこう。
自宅に着くと獅冬と晴彦を呼び出し、これからドラゴン達の所へ挨拶に行く、と伝えると二人共目を輝かせて準備に走りだした。
やはり幾つになっても男にとってドラゴンというのはロマンの一つで有るらしい。
数分後、後続のカザードとドレイク種達が到着したらしく、外に出ると森を広げた広場に誘導する。ドレイク種は殆どゴルナート達と姿も変わらず、少しだけ小型で若干細くしたような見た目だ。警備に来てくれたのは四頭。問題なく言葉が通じて安心する。
ドレイク種は好奇心旺盛な種族なのか一様にキョロキョロと興味深げに首を動かしている。
周囲の物は珍しいかも知れないが、銃器や大量の燃料を保管している倉庫も在るため、絶対に触らない事を約束させたのだが……ドレイク達からは、口には出さないものの、
「まさか自分たち竜族にそんな危険など(笑)」
という反応を色濃く感じたので、無言で倉庫からエアバースト弾を装填したXM25を取ってくると、炸裂距離を近めに設定し、箱型弾倉の六発を一息に射出した。立て続けに起こる高性能炸薬の爆発で森の一部が粉微塵に吹き飛ぶ所を見せると、
「こういう危険物も保管している。だから危ない。」
爆発の熱を肌で感じたらしいドレイク達は慌てて頷いた。こうして種族間の交流を深めていると準備が出来たのか二人が出てきた。
「わりぃな、待たせちまった」
駆け寄る獅冬の背中には大きな日本酒の酒樽が背負われている。
一瞬どっから持ってきたんだ、と思ったが、よく見れば自宅の上棟式で建築会社が準備してくれていた物だった。俺は日本酒が苦手で地下室に運び込んだ後、放置してあった物だと思い出す。
「土産は大事だからな! そして男の土産と言えば酒だ!」
と声高に言う獅冬に、ゴルナートは「ぬしとは良き友になれそうじゃ!」と喜んでいる。晴彦は向こうに設置するつもりなのか防災無線機を抱え、背中には丸めたソーラーシステムを背負っている。夏美もいつの間にか自家製の燻製を袋に詰めてきたようで、土産を用意していないのが俺だけかと気付くがもう遅い。
出発した一行は西の集落へ飛び立った。
集落といっても特に何かが有るわけではなく、アーノア湖と呼ばれる湖の畔にある巨大洞窟とその前の広大な広場を集落と呼んでいるらしい。
武器も携帯して来たが完全に邪推だったようで、非常に友好的に迎え入れられた。広場には多くの竜種がたむろしており、湖畔からは水棲種らしき竜が首を伸ばしている。
ゴルナートに拠ると、一口に竜族と言っても四種族に分類されているようで、大きな翼に逞しい上腕下肢を持つドラゴン種、大きな翼と下肢のみのワイバーン種、ドラゴン種の中型版であるドレイク種、細長い体に小さな翼のみで水中生活を好むリンドブルム種の四種族からなる部族だそうだ。
皆言葉も通じ、好戦的な気配は微塵もない。その大きな武力を振るう時は、理不尽に領域を侵された時や同族が危機に有る時のみらしく、意外と義理堅い種族なのかも知れない。総じて綺麗好きらしく、体は艷やかで、周辺に汚物が落ちているという事も無い。聞くと糞や抜けた鱗は決められた場所に穴を掘り、きちんと集積しているらしい。
色々と話をしているうちに広場の中心に着いたようだ。
「あー、皆の者よぅ集まってくれたの。少しワシの話を聴いてくれんか。ワシはの……ワシは既に五百有余年を生きておる。故にの、ヘモスに掛かっても半場諦めておった。もう十分に生きた。これがワシの運命じゃ、とな。じゃがこのマサアキ達のお陰で、今日。再び空を舞うことが出来たのじゃ。内心もう嬉しくてのぉ。四肢が震えたわぃ。」
ごぉっごぉっと笑う。
「じゃがの。死を目の前にして一度生きることを諦めた癖に、節操も無く生き永らえたワシが、長に戻るのは相応しく無いと思っておるのじゃよ」
ざわざわと悲しげな声が上がり始める。
「ワシは集落を出て、マサアキ達の力になろうと考えておる。命を救って貰ったのじゃ。これぐらいが妥当じゃとな」
此方に目を遣ってくるが、そんなことは初耳だ。三人も驚いている。そんな中カザードとカシードの二人が前に進み出てくる。
「長、お待ちください。彼らに命の借りを持つのは我ら二人も同様に御座います。我ら二人も一度は死を覚悟した身。長には長にしか出来ぬ事が御座います。マサアキ殿達の力と為るのであれば我らこそが相応しいかと」
「そうですわ、御出立された時よりはるかに元気なご様子。長にはまだまだ働いてもらわねばなりませんわ」
「ふむぅ……マサアキはどう思う」
「ゴルナート……どう思うも何も話が突然過ぎるだろう。確かに手が増えるのは此方としても助かるが……、皆が長としてゴルナートを必要としているのであれば異を唱えるつもりはない。だが、どちらが来るにしても急な話だ。此方の受け入れ態勢が整うまでは待って欲しい」
「それはそうじゃの。まぁ受け入れといっても我らは平らな地面さえ有れば何も要らぬが……細かい話は後で詰めるとするか。では……客人を持て成すとしようぞ!」
その声を待ってましたと言わんばかりの咆哮が重なる、その轟音にたっぷり五分ほど耳鳴り以外何も聞こえなかった。
大きな焚き火を囲み、採ってきてくれた大きな魚や猪のような肉を焼いて食べる。調味料を持って来なかったことが悔やまれるが十分に美味い。竜種は総じて酒類に目がないらしく、獅冬はゴルナートと酒好き数匹を交えて背負ってきた樽酒を美味そうに少しずつ呑んでいる。
夏美はメスの竜たちと小さな焚き火を囲み、炙った自作の燻製を分け、それを齧りながら恋愛講座のような物を受講している、あまり変なことは吹き込まないでくれる事を祈ろう。
晴彦は洞窟入口の大岩にソーラーシステムを設置し終え、洞窟内で好奇心旺盛な若いドレイク種達に防災無線の使い方をレクチャーしている。
皆それぞれ楽しくやっているようだ。少し離れて見守りつつ、ウイスキーの瓶を傾けながら煙を吐き出す。
あの日、西を探索する事に決めて本当に良かったと思う。
「私はまだ齢百を越えませぬが……、皆がこれほど楽しげな宴は初めてです」
背後から声が掛かる。
「カザードか……カシードもいるか。俺達はそんなに歓迎されているか?」
振り向かずに言う。
「はい。そもそも我らの言葉が通ずる人族が初めてですので。実は……改めてお礼とお願いを申し上げたくお邪魔致しました。この度は……」
「いや、いい。それと恐らく君らが俺たちの元に来ることに為るのだろう? なら堅苦しいのは抜きだ。……カザードにカシード。俺達が、君らからすれば異世界から来た人間だと言うことは既に知っているな?」
「ええ、ゴルナート様から聞いたわ」
「その異世界、俺たち四人の故郷、日本と言う国にな『盃を交わす』という言葉があってな」
「それはどういう意味なのですか?」
「簡単に言えば盃……まぁ酒を飲む容器だ。それを交換し合い同じ酒を飲んだ相手同士を自分と同等、兄弟だと認めあう儀式のような物でな。もし俺達の所に来るなら俺達と同等として迎えようと思っている。
ただしな、この世界に他に人間が居ると知ってしまった以上、今後俺たちは君等が人族と呼ぶ者たちと接触を図るつもりでいる。人は群れなければとても弱い生き物でな。俺たちが移住するのか、他所から人が来るかは分からんが、まぁ俺達四人以外の人族との共存共栄を快諾して貰わねば話にならんと思ってな」
勿論隷属関係では無いが、と付け足す。
「なるほど。その為の酒……いやサカズキですか。雅な風習ですな」
カザードとカシードは顔を見合わせると同時に首を下げ、
「「そのサカズキ、お受け致します」」
と声を揃えた。
カシードが瓶を受け取り器用に蓋を取って一口、続いてカザードも一口呑んだ後、瓶を返してくる。それに俺も続き、一口飲むと立ち上がって、二人に向き直った。
「これで俺達三人は兄弟分だ。宜しく頼む」
「此方こそお願い致します、兄上」
「宜しくお願いしますわ、我らの兄さま。」
まだ俺が幼い子供だった頃、妹か弟が欲しいと切に願った時期が有った……有ったがしかし。まさかドラゴンの……それも年上の妹と弟が出来るとは思わなかった。
だがこれも良い。きっと上手くやっていけるだろう。そう信じて三人で酒を飲み交わすのも悪くない。