12《性別の判断が》
翌日、ゴルナートが待つ竜の墓場に向かう二人の荷物は前回と比べてかなり大きく重い。
俺は大きなバックパックに分解した噴霧器と高圧洗浄機で使用できるように急造した改造バッテリーを背負っている。
夏美は魔道具水栓と食料と多量の薬剤。どちらも相当な重量だが以前の数倍の体力を得ている俺達は大して疲労を感じない。
今回は早朝に出発した為、昼前には昼前には到着でき、洞窟内では立ち上がったゴルナートに迎えられた。
「もう立てるようになったのか」
「おぉ、よく来てくれたの。あのスプレーと言う霧の効果は絶大じゃな」
「今回はスプレーは使わない。それとそれだけ元気になって来たのなら後で手伝って欲しい事がある」
「ワシに出来る事なら喜んで何でもしよう」
そして、洞窟の壁に水栓を取り付けると、次亜塩素酸ナトリウムの濃い水溶液を作り、噴霧器と高圧洗浄機の組立を始める。
俺たちはマスクをしてカビが繁殖している所に噴霧器で丁寧に吹付け、五分ほど置いてから高圧洗浄機で洗い流すと、これが本来の姿なのだろう、見事に艶やかな赤褐色の鱗が現れた。
「この薬もよぅ効くのぉ。その道具も水竜の吐く水のようじゃ」
洗い終えると衰弱しきった大型爬虫類の姿は無く、神々しいまでの輝きを放つ巨大な竜が佇んでいた。
「……我ら竜族はの……古くからこの病に苦しんできたのじゃ。この世で最強の存在と人族や亜人にも恐れ敬われてきたが……病一つも克服できず、今はもう半数ほどに減ってしもうて百もおらぬ……」
そういって周りに散らばった巨大な白骨を見る。
「お主らがここを訪ねてきてくれたのは儂らを救うためじゃったのかも知れんの……」
「ゴルナート。感謝なら後でたっぷり聞かせてもらう。苦しんでいる同族がまだ居るかも知れんのだろう」
その言葉に大きく頷く。
「その同族がいるなら、ここに連れてきて欲しい。もう飛べるなら二時間ほど後で此処に。連れてこれないなら俺たちが直接現地へ向かう。」
暗くなると移動は困難になるし薬の効き目は長時間維持しない。機材のバッテリー容量もある。迅速に越したことはない。
「すまぬ……残念じゃが、まだ飛べるほどの力はまだ戻っておらんのじゃ……」
「俺たちの魔力を分けたりは出来ないのか?」
「お主らを喰らえばそれも叶うやも知れんじゃろうが……救ってもろうた相手に、ワシゃ死んでもそんな事はできん」
夏美はすすっとゴルナートに近づくと胸辺りに手を当て
「分ける……うーん、こんな感じよね? できてる? 大丈夫?」
「これは……! なんと自らの魔力を分け与えれる程に操れるとは! とんでもないの!!」
これも一年の訓練の成果だろう。ゴルナートの体が軽く発光し、欠けたりくすんでいた鱗が瞬く間に生え変わる。抜け落ちた鱗が地面に落ちて大きな金属音を響かせている。
「良かった。初めてだったからちょっと不安だったけど」
「ゴルナート、これで飛べるか?」
「十分過ぎる程じゃ。今ならこの大陸を一周しても落ちる気がせんの。ところでさっきの二時間後とはどういう意味じゃ?」
「時間。刻のことだ、俺達は一日を二十四分割して生活に役立てている……これを貸しておこう」
そう言って時計を外すとロープを使ってゴルナートの左腕に括りつける。
「なるほどのぅ、ワシらはそこまで細かく刻を用いぬが……それにしても何とも細かな細工じゃのう……輝きも美しいものじゃな。この丸い記号はなんじゃ?」
「それはオメガと読む。俺達の故郷の古い言葉で『大きい』など言う意味も持つ……今はそんな話はいい。もし連れてくるのが無理でも、この針がここに来るまでに一度報告に戻ってくれ、いいな? 俺たちはここに準備を進めておく」
「うむ、確かに借り受けた」
と、地響きを立てながら外に向かい、飛び立っていった。
「しかし……飛べるってのは羨ましいな。」
「そうですねー、今度乗せてもらいましょう! 二人で!」
(私が後に乗ったら真明さんを思いっきり抱きしめても不自然ではない! あぁでも後ろから抱きしめられるのも捨てがたい……あぁ………)
夏美が自分の身を抱きしめながら何かぶつぶつと悶えているが、寒気しかしないのでそっと離れると水栓を取り付けた壁の下から広がるように穴を掘る。今回は水路掘りの反省を踏まえて土魔法を多用する。 そのうち正気に戻った夏美も手伝い始め、約二十分程でゴルナートがすっぽり入れるほどの大穴が出来上がった。二人共土魔法を使えるのでかなりのハイペースだ。
これまでに俺達四人は主に使える魔法の系統が異なるという事が分かっている。俺は風と土、夏美は火と土、獅冬は風と水、晴彦は水と火だ。使おうと思えばそれ以外の属性も可能だが、尋常では無いほど疲れるので現実的ではない。
仕上げに穴の内側を夏美の大きな火球で溶かし固め水分が染みにくくする。完全ではないがやらないよりはマシだろう。十分と掛からずに溜池と化した大穴に粒上の薬剤をばらまくと、紛れも無いプールの匂いが漂う。水を触ると少し手がヌメる。十分な濃度だろう。
準備が出来た頃にゴルナートが二匹の竜を伴って戻ってきた。一匹は白く、もう一匹は濃いグレーだ。二匹ともヘモス病の程度はまだ軽そうだが無理して飛んだらしく、ぐったりと疲弊していた。簡単に説明し、一匹ずつ溜池に数分間浸かって貰う。
入って三十秒も掛からずに効果が感じられるらしく、死んで剥離したカビの塊がプカプカと浮かんでくる。数分で二匹目と交代し、最後に高圧洗浄機で死滅したカビの塊を吹き飛ばして完了だ。
仕上げに、夏美が少し魔力を分けてやったので、死を待つ者だったとは思えない程元気だ。
「マサアキとナツミ。ワシだけでなく、若い者まで救ってもろうた。本当に感謝じゃ。」
ゴルナートが深く頭を下げると若い竜も続いて深く頭を下げる。
「そこまで感謝される事はしていない。正当な情報の対価として協力したのだ、さほど金も掛かっていなければ労力も知れている。それが無くとも袖触れ合ったもの同士。多少なり協力するのは此方としては当たり前だ」
うんうんと夏美も頷く。
「なんとも謙虚な考え方じゃの……。ワシの鱗もいらんと断りおったし……まぁ命を救うて貰ったのじゃ、ワシの鱗など全て剥がしても釣り合わんのぅ……どうじゃ、とにかくワシらの集落に来んか? 何もない所だが歓待しよう。マサアキの他の仲間も一緒でよい。何ならワシらで迎えに行こう。のぅ、カザードにカシード、おぬしらもそう思わぬか?」
「はい、我らは長が墓に向かわれた後も新たな長を立てず悲しみに伏しておったのです、その長が健常に戻られ、ましてこの方々は我らの言葉を解するのです。文句を言うものは一人も居りますまい。」
「その通りですわ。それだけで命を救って貰った恩に報いるとは思えませんけど……歓迎致しますわ」
「どうじゃ、来ぬか?」
カシードってメスだったのか……見た目ではさっぱり性別の判断付かん。
「ふむ……俺としても面通りも兼ねて是非伺いたいとは思う……だが家を無防備に空けておくのも問題でな」
「そうか、お主らは異世界からの来訪者じゃったの。……拠り所の無いお主らにとって、自らの家は殊の外大切なのじゃろうな……」
「まぁそういう事だ」
「ならば、ワシがお主等の留守を守る者を手配しよう。竜族に守護させておれば問題あるまい? カザードよ、急ぎドレイクの何人かをマサアキらの家……ワシの気配ある所迄連れてくるのじゃ。マサアキ、これでお主らの仲間を迎えに行けばよいかの?」
「それなら問題はない。すぐに出るか?」
「そうじゃのう、ドレイク種の翼は早い。時を無駄にせぬようにワシらも向かった方が賢明じゃろ」
「なら急いだほうが良いな」
荷物をまとめると俺たちは洞窟の入口に向かって行った。
ご感想有難うございます。
アオイ様:気に入って頂け、とても嬉しいです。
タカナシネコ様:順位等は未確認でした、ありがとうございます。また覗いてみます。