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10《カビ臭い竜》



 翌日の午前は出発の準備で終わってしまった。燃料の備蓄は豊富でかなり余裕があるが、缶入なので、給油一つにどうしても時間が掛かり……面倒極まりない。

 数日分の食料と装備を整え、午後一で西に向けて出発する。


 行けるところまでバイクで行き、そこから歩いて探索する予定だ。西に8km程進むと地面が少し登り調子になってきた。ゴロゴロとした岩も多くバイクでは安定しなくなったので降りて更に西へ2km程歩いてみる。


「ん、真明さん、このまま2キロ位先に生き物が居るみたいです。ちょっと大きいですね」


「ふむ……具体的には分からないか?」


「んー、鹿よりちょっと大きいぐらいの魔力なので……熊ぐらい? この森で熊見た事無いですけど……獅冬さん以外で。」


「その程度なら問題ないと思うが……、一応準備はしておいてくれ。」


 武器を構えつつ真っ直ぐ進むと森の開けた場所に出た。50m程の円形状、中心部には大きな穴が開いており、覗きこむと地下の空洞部に繋がっている。


 迷った末に入ることにした俺達は、滑り落ちないようブーツにアイゼンを取り付け、マグライトを片手に急斜面を慎重に降りていく。底に辿り着くと、それほど暗くはない。天井部を見上げると木の根が天井部を貫通して垂れ下がっている、地表に届くほどの隙間が何箇所もあるらしく、光が帯となり空洞内に差し込んでいる。


「なんか幻想的ですねぇ」


 うふふーと言いながら腕を絡めて寄りかかってくる。確かに綺麗な光景だが何が居るのか分からない。この世界の熊が普通だとは限らないのだ。纏わり付こうとする夏美の頭頂部にバシぃッ、っと指で弾くと、


「禿げたら責任とってもらいますからね! 一生!」


 と涙目で離れた。

 微かに聞こえるいびきの様な唸り声を頼りに奥へ進むと一際広い空洞部に出る。地面には大きな白骨が散らばっており、その奥で半目を開けていびきを上げているのは、西洋の竜。まさしくドラゴンと呼ぶべき姿だった。

 地面に蹲るようにして胴を翼で包んでいるので正確な大きさは分からないが、くすんだ赤銅色で……巨大だ。


「夏美……これがお前の言っていた……熊か?」


「え、あぅ、魔力の強さ的にはそれぐらいやったんやけどね!?」


 夏美の気配察知でも対象の物理的な大きさまでは感知出来ないと言う事か。

 魔力量が熊レベルだと言われても、さすがにアレと戦っては此方も無傷で済むとは思えない。気づかれる前に撤退するべきだと思い、体を反転しようとした時、


「お客かね」


 言葉を話すのか!? と内心驚愕する。この世界にきて初めて言語を介する知的生命体がよりによってドラゴンとは。

 半目だった、ボールのように大きな目がしっかり開いてこちらを捉えている。


 ピシっと、動きの固まってしまった夏美を背に隠すように立つと、右腕でベネリを構えつつ、左手のポケットに入れ、指を手榴弾のピンにかける、と同時に頭の中で脱出手順を組み立てる。


「夏美、発砲と同時に入り口に向かって止まらず走るぞ、行けるな?」


 振り向かずに小声で訊くと、頷くのが気配で分かる。


「ふむ、ワシは別にお主らを喰らう気はないんじゃが?」


「信用できん」


 そう言ってベネリのセーフティーを外す。


「待て待て、言っておくがワシらは一切肉を喰わんというわけでもないが、人族など喰らわぬよ。主食はこれじゃ」


 カチリっという音に反応したのか、竜はその首をゆっくりと伸ばし、洞窟の壁を齧ると重機の様な音を立てて咀嚼し飲み込む、そして口角を若干上げる。笑っているのだろうか。


「分かったかの?」


「あぁ、餌として喰われるという心配は無さそうだ。だが危害を加えないという理由にはならんだろう」


 銃口を少し逸らすが警戒は緩めない。


「なるほどな、それはその通りじゃ、聡いのぅ。引き止めたのは単なる暇つぶしじゃ。ワシはここで死を待つ身にしてもう二年になる。もうここから殆ど動けぬが……この通りなかなか死ねんでの。ここは人族は疎か、ワシの同族も一切寄り付かぬ場所での、退屈で退屈で気が狂いそうじゃった」


「死を待つ……寿命か?」


「やっと食いついたの! そうではない。病じゃよ。一族の中ではヘモス病と呼んでおる、人族がなんと呼ぶかは知らんがの。ここはヘモスに侵された者の墓場じゃよ」


 そう言って僅かに身体を覆っていた翼を持ち上げると胴体には鱗状の表面にビッシリと銀色のカビの様な物が密生している。


「かび臭っ!」 と咽る夏美を見て笑いながら、


「これがヘモス病じゃ、こうなるともう治らん。心配せんでも人族に伝染るという話は生きてきた数百年で一度も聞いたことはないのでな。安心して座るがいい。ワシはゴルナートじゃ」


「……端山真明だ、そのような所に土足で踏み込んで申し訳なかった。俺達は事情があってこの辺りの情報に疎い。此方としても話を聞けるならありがたい」


 これ程の個体なら訊き出せる情報も多いはずだ、とその場に座り話を始める。


 大陸に名称はなく、人間やそれに似た種族が住んでいる事。この森林地帯がティヴリスと呼ばれている事、内部に丘陵地帯や湖を含み、竜族の主食であるレグナイト石や豊富な鉱物の宝庫だが、竜種の生息域で在る事からここ数百年は周辺国も手を出さず不干渉地帯とされている事。以前には大小多数の国家が連合を組み、この森の侵略を試みたが、数で攻め入る人族と圧倒的な火力を持つ竜族の戦争は泥沼化し当時のゴルナートが竜を率いて連合の中心国家の城を焼き払って決着を付けた事。

 ゴルナートの知る限り全ての国家が君主制だという事や、森に近い国家、都市の位置やその名前に規模等様々な事を聞いた。後半で話しても問題無いと判断した俺は、俺達が別の世界から訪れている人間だ事も話しておく。


 時間はあっという間に過ぎ、時計を見るともう夕刻で天井から差し込む光も急激に弱くなってきた。

 もう緊張も取れたようなのでゴルナートの話し相手を夏美に任せ、承諾を得てテントを張らせて貰う。落ちている肋骨と思しき巨大な骨をロープで組み、ガスランタンをぶら下げてレトルトの食事を始めると、


「何とも不思議な道具じゃ、じゃが……どれもが実にその理に適っておる。こことは違う現世から来たとは……ワシの体も難儀じゃがお主らも相当難儀じゃの」


 ごぉっごぉっと洞窟に響く声で笑う。


 一瓶だけ持ってきていた洋酒をちびりちびりと飲んでいると、呑みたいというので渡そうとすると、もう手が上がらん。とのことで開けた巨大な口に流し込む。


「酔って襲ったら頭を吹き飛ばすぞ」


「せぬせぬ、久しぶりの楽しい夜じゃ、それにお主の持つジュウという武器より後ろで目を光らせている嬢ちゃんのほうがよっぽど怖いわ」


 と豪快に笑う。


「夏美の方が怖い? ……魔力が高いからか?」


「そうじゃ。その嬢ちゃんの魔力は底が見えん。最盛期のワシでも比較にもならぬ。多分その気になればワシなど一瞬で消し炭じゃの」


 また豪快に笑う。ドラゴンとも比較にならないとは……振り返ると背後でにっこり笑ってくる夏美の笑顔が怖い。


「それよりこの酒は実に美味じゃな。もうないのか?」


「今はもう無い。……機会があればまた届けよう。」


「そうか……残念じゃ……」


 とゴルナートは顎を地面に付け、鼻からブフーッっとため息をもらす。砂煙が舞い立ち、やはりカビ臭いな、と思った時に思いつく。考え通りなら効果は有るかも知れない。


「ゴルナート、少しその変色した部位をもらっても?」


 と謎のカビで色の変わった鱗を指さす。


「構わぬぞ、我らの鱗は人族達が高く買いとるじゃろう。酒の礼じゃ、いくらでも持って行くが良い」


「その変色した部位で良い、早くしろ」


「なんじゃ……せっかく良い鱗をやろうと言っておるのに……せっかちじゃのう。ほれ引っこ抜くがいい」


 少し上げた翼の根本、一番変色している部分の鱗を両手で掴み、グイグイと捻りながら引くとズボッと抜ける。


「もう鱗を抜かれても痛みも感じぬか……」


 と悲しそうなゴルナートを背に、鱗にこびり付いている物体を詳細に観察する。色は銀だが見た目と匂いは完全に地球でよく見かける真菌類……カビだ。

 だが石で擦ったり、ライターオイルを掛けて燃やしても、火魔法で炙っても数分で元に戻る。恐ろしい再生力だ。しかし予想通り、焼いた直後に消臭スプレーを掛けると劇的にその勢いは衰えた。ならばと救急用のアルコールを掛けてタオルで拭くとペースト状になったカビがごっそりと取れた。やはり多少特殊だろうとカビはカビだ。

 カビの取れた鱗の表面はツルツルとした金属光沢を取り戻してから変化もない。


「ゴルナート、カビ……ヘモスだったか。その体に付いてるのが取れれば治るのか?」


「そうじゃのう、これはワシらの魔力を吸って増えよる。ワシらにとって魔力とは生命力そのものじゃからの、体にヘモスが増えれば増えるほど体は衰え、やがて死ぬ。火炎を吐いて焼こうと水を浴びようと決して取れぬ……」


 火炎も吐けるのか……イメージ通りだな等と思いつつ綺麗になった鱗を投げる。ゴルナートは顔近くに落ちた鱗を初めは怪訝そうに、やがて食い入るように見つめるだす。


「こりゃ……どうなっとる。なにをすればこうも綺麗になるのじゃ!?」


 興奮するゴルナートを横目に、夏美に除菌スプレーを振って見せる。

 と意思が通じたようで、夏美も自分のバックパックから何故か二本も持参している制汗スプレーを両手に持ちゴルナートに笑いかける。


「さすがは真明さんです。やっぱり私の目に狂いは無いです」


 と言いながらゴルナートに近づくと恐れること無く両手のスプレーを噴射した。




 そこから二人して”竜の除菌”という初めての経験をする事になった。

 三十分後の洞窟内はカビ臭と除菌スプレーやら制汗スプレーの匂いが混ざり合いむせ返るようだが、救急用アルコールまで全て使い切った頃にはゴルナートの体に繁殖していた大半のカビは落ちていた。

 特に体臭予防の制汗スプレーは持続性が高いらしく、新たな繁殖も見られない。

 体が巨大なだけに全て落としきれた訳ではなく、まだ所々斑点状に残っているが、少しは楽そうだ。


「あぁ驚いた……心底驚いたわい。お主らはヘモス病の原因が何か分かるのか?」


「正確に分かっている訳ではない。だが恐らく真菌類の一種。俺達の故郷でカビと呼ばれるもののに近いだろう。楽になったか?」


「うむ、随分と体が軽い、この分じゃと歩けるぐらいには魔力も貯まるかもしれん」


「そうか、それは何よりだ。だが完全に取り除けた訳ではない。完治に向け、効くかは分からんがもっと適したモノを使ってみようと思うが……乗るか?」


「勿論じゃ! ……と言いたいが、ここの他にもワシらの墓場が有っての。ワシ以外にも感染しておる同族がおるやもしれぬ。長であったワシのみ救われるというのものぅ?」


 とチラチラと目線を遣ってくる。完全にこの後の展開を予想しているようだが、俺としても様々な情報の礼に協力するのは吝かではない。


「分かった。その他の個体にも、できる限りの協力を約束しよう」


 と苦笑交じりに夏美と顔を見合わせるとどちらともなく笑い出す。つられたゴルナートも笑い出し、かび臭い洞窟に二人と一匹の笑い声が響く。


 その夜は良い疲労感に包まれて寝袋に潜り込んだ。





アイリス様

ご感想ありがとうございます、とても励みになります。

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