09《徐々に形作られる》
あっと言う間の一年だった。
周辺を探索した結果分かったのは、ここが東西に広がる森の中で、自宅前の林道を進むと20km程で森の南東に広がる平原部に出る。
北部には岩肌を露出させた小高い山々が北への森の侵食を防ぐように東西に連なっている。一度登ってみた時の高度計表示は304mだった。
南には、小さな野営の後や枯れた川跡が在るだけだった。
西側は夏美が大型生物の気配を感じると言うので深くは探索していない、精々2km程だ。
当初俺たちは、地球からの物資や複製効果に頼っていたがそのライフラインが切れた時の事を考え、最低限自給できるように森を開き畑を作ると共に倉庫を建て、様々な備蓄を順調に増やしていた。
周囲に増えたのは十畳程の倉庫が四棟と倍ほど、二十畳強の大型倉庫を六棟。燻製用の小屋が一棟。
全て、森を切り開いて平地を広げた際の木材を有効に利用して組まれたログハウスだ。屋根には増殖させたソーラーパネルと大型バッテリーで電源を確保している。
二ヶ月程前、自宅の少し北に獅冬の作業場と晴彦の研究室を兼ね備えた4DKの平屋も完成し獅冬と晴彦はそちらに移っている。
家を出る前に獅冬は、
「気ぃ利かせてやってんだぞ!」
と言い、晴彦は夏美にサムズアップしていたが、どのみち夕食は必ず四人で取るルールだし、俺には夏美とどうにかなる気は無い。無用な気遣いだ。
皆、個人で練習を続けていた魔法はかなり上達し独自の成長を遂げている。暫定的にだが魔法の発動に使う力を『魔力』、晴彦の開発した文字式を『魔術式』と命名した。
夏美はその膨大な魔力を完全にコントロール出来るようなり、俺は弾丸に風を纏わせ強化することに特化している。
晴彦は北の岩盤露出地帯から抽出した金属を精製して魔力を封入できる未知の金属を作り出すことに成功した。
なんとも在り来りな『ミスリル』という名を付けていたが、俺や獅冬は見た目から青銀と呼んでいる。
ミスリルの表面に魔術式を刻んだ後、魔力を込め魔法の効果を手軽に発動させる研究を進めているようで一定の高温や低温を保ち続けたり、水を出し続ける等の基礎研究は既に完成しているようだ。耐久性の実験も兼ねて晴彦達の自宅で暖房や風呂を沸かしたり、水の供給にと利用している。
研究を兼ねて精製し続けられている様々な地金や合金の塊は大型倉庫にびっしりと積まれており、それ以外にも必要に応じて作成した鉄製のクワ、スコップ等の農具やステンレス製の建築金具は倉庫の一つに収納している。
獅冬もライター用途以外の魔法を地味に練習していたようだ。丸太の皮を剥いだり木材をカットするのに高水圧の水を出して使っている。木材から水分を吸い出したりも出来るようで材木の乾燥期間が掛からず大幅な工期の短縮に一役買っている。
農作物の種や苗は木村に依頼し病害虫に強い品種を厳選して送ってもらったが苗は全て根付かず、こちらで根付いたのは一部の種子だけだった。
農業を始動させる上でそれ以上に問題になったのは水場不足。この豊かな森には不自然な程に水場が少なく、有っても湧き水のたまり場程度で農業に使える程ではない。
悩んだ末に俺達は自宅近くから畑予定地を通り抜ける水路を掘り、南の枯れた川跡まで接続し、その最上流地点の地中に巨大な青銀鉱の塊を埋めることにした。当然、表面に刻むのは水を生み出す魔術式だ。
計画が決まった日から、俺と獅冬はミスリル製のスコップが磨り減るほど、狂ったように毎日水路を掘り、晴彦が作った金属製U字溝を車で運び続けた。
実際、川跡に水路を接続できた時にはミスリル製スコップは何本もダメになっていた。
晴彦が数日掛かりで精製し、夏美が半日を費やして魔力を封入した四角く大きな金属塊は、晴彦曰く数年は農業用水を保証できるとの事だった。
水路は幅80cm。水の流れに依って土地が侵食されないようにと敷き詰められているステンレスのU字溝の中を濁りのない綺麗な水が流る様はとても美しく頑張って良かったと思える。
最終日に「そういえば、なぜ魔法で掘らなかったの?」と十代二人に聞かれた俺達二人ががっくりと膝を付いたのは忘れられない。齢二十五を超えると人間の頭は硬くなるのだ、全くその発想は無かった。
苦労の末、高度な品種改良のおかげで生育の早い作物は順調に育ち立派な実を付けた。既に大型倉庫の二棟は地道に増殖させたアルファ米や缶詰などの備蓄食料と、収穫できた作物、夏美が作った燻製を合わせてぎゅうぎゅう詰めだ。
これだけでも四人で二年以上は優に食べていけるだろう。
作業の合間を縫って、各自に最低限の銃器の扱いも覚えてもらった。何か有ってからでは遅い。
意外にも一番習熟の早かったのは夏美だ。元々素養が有ったのかは分からないが最近では長距離射撃において俺にも肩を並べる程の精度を出す。
小柄な体にロシア製の長いSV-98狙撃銃を背負って森に入り、その気配察知能力をフル活用して獲物を仕留めているようで、鹿のような動物をサバイバルナイフで淡々と捌く姿には初め驚いたが、もう慣れたし作ってくれる燻製も非常に美味い。
獅冬と晴彦の合作である、ステンレス製の分厚い金属板で木壁を挟みこむよう作られた大型倉庫二棟には、シェルターから運びだした発電機や防災無線にガソリン、プロパンガス等の主に備蓄燃料の保存に一棟を。
もう一棟は、増殖させた各種装備品とシグやベネリ、アサルトライフルF2000を五丁ずつ保管。それに加えて強力な敵に備え購入した手榴弾とXM25と呼ばれるグレネード銃を一丁保管している。数はもっと増やしても良かったが使える人間が四人しかいない以上、余り有っても仕方ないという判断だ。それらに使用する多種多様な弾薬とシェルターからオフロードバイク(KTM450SX-F)二台を増殖、備蓄している。
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その日の夕食後。
俺は食卓でビールを飲み、その隣で夏美は本を読んでいる。晴彦は難しい顔をしながらノートに新しい魔術式を書き、獅冬は鹿肉の燻製をツマミに晩酌している。
「俺達がここに来てそろそろ一年だ。備蓄も整ったし食料自給の目処も立ってきた。今後は手付かずの西の森と、林道から平原部に探索の範囲を広げてみようと思っているんだが」
「いいんじゃねぇか? しかしもう一年か……まぁそろそろいい頃合いだとは思ってた。 人選はどうする、ここを無人にする訳にはいかんだろう」
「あー、すんません……出来れば自分は残っときたいッス、今研究がめっちゃいいとこなんすよ。 今の研究が完成したら内燃機関よりも俄然長距離移動も楽になるものができそうなんすよ! いや基本構造は従来の物に近いんすけどね、中身は完全に別物で! 駆動部も完全オリジナルっすよ? 魔力を一度集束させてですね……」
「……すまん、出来上がってから見せてくれ。楽しみにしてる。晴彦は居残りだな。」
正直いつ迄続くか分からんので遮る。晴彦は何かを研究している時が一番幸せそうだ……。期待してて下さい! と言う晴彦に続いて、
「マサ、俺も残っててもいいか? 今醸造が佳境でな、あんま離れらんねぇんだよ。宅配便の受け取りはやっとくからよ。構わねぇか?」
獅冬が今チャレンジしているのは空いている大型倉庫を使っての自家製蒸留酒造りだ、巨大な蒸留器はもはや分解しないと倉庫から出せないので、倉庫は醸造専用の専用建屋と化している。獅冬も晴彦も大概ここでの生活をエンジョイしているが、それでも自分の仕事はきっちりこなしてくれているので問題ない。
「分かった、見てくるだけだし俺一人でも十分だろう。後を頼む」
「なら私着いてきます、バイクも乗れるようになりましたし。一人は危ないです。真明さんに何か有ったらどうするんですか。もう、いいですか。真明さんは私たちのリーダーなんだからしっかり考えて行動して下さい」
となぜか俺が怒られ、獅冬は「もう尻にひかれてんじゃねぇか!」と爆笑していた。
結局探索には二人で向かうことになり、今後も長距離を移動する際は必ず二人以上で行動する、というローカルルールが夏美により制定された。