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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第三章:天頂の論理干渉(ハッキング)と完全自動の絶対企業(オーバーロード・インク)

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第204話:前世の亡霊と白銀の鎮魂歌

 


 王都シュトルツの貴族街。夜の帳が下りた一角に佇む豪奢な館の奥深くでは、むせ返るような香水の匂いと、『極上・琥珀の魔酒』が放つ頽廃的な甘い香りが、分厚いビロードのカーテンの裏によどんでいた。


「おお……素晴らしい。このシロップを舐めるだけで、枯れ果てた魔力回路が若返っていくようだ。……あのグレン商会め、もっとよこせばいいものを……」


 豪奢なソファに脂ぎった巨体を沈め、黄金の液体をよだれと共に啜っているのは、ヴァルハイト王国の中枢に巣食う重臣の一人、バルタザール侯爵であった。


 その部屋の片隅。グレン商会の「天才経理係・セシル」として潜入している少女は、彼岸の亡霊を見るかのように、冷たく凍りついた蒼い瞳でその醜態を睨み据えていた。


(……バルタザール)


 色付き眼鏡の奥で、少女の瞳孔が憎悪に収縮する。

 脳裏にフラッシュバックするのは、一度目の人生――王宮という名の着飾った墓場での記憶。


 美貌の王妃として玉座の隣に座らされながらも、彼女の卓越した経済感覚を疎んだ重臣たちは、彼女の毎日の食事や茶に微量の毒を混入し続けた。胃の腑を焼くような激痛。失われた二度の命。

 そして何より、彼女の唯一の光であった侍女リーゼに「暗殺未遂」の濡れ衣を着せ、断頭台へ送った張本人が、目の前で魔酒に溺れるこの男だった。

「セレスティア様、お健やかに……」と微笑んで散ったリーゼの血の海が、網膜に真っ赤に焼き付いて離れない。


 少女の小さな掌が、爪が肉に食い込むほど強く握りしめられる。

(こいつが……こいつらが、私のすべてを奪った。なのに今、あの顔の見えない怪物のシステムの中で、のうのうと快楽を貪っているなんて……絶対に、許さない)


 復讐の黒い炎が、彼女の天才的な頭脳を危険な方向へと加速させた。


「……バルタザール閣下」

 少女は、見習い丁稚の卑屈な笑みを貼り付け、声を潜めて侯爵へと歩み寄った。


「なんだ、小僧。グレンの使い走りか。魔酒の追加は持ってきたのだろうな?」

「いえ、本日は特別な『情報』をお持ちしました」


 少女は懐から、偽造した物流ルートの羊皮紙を取り出した。

「実は、第三倉庫に保管されている『琥珀の魔酒』と原液シロップの警備が、明日の夜、手薄になります。自警団の巡回ルートに空白ができるのです。……もし、閣下の私兵がそこを押さえれば、グレン商会を通さずとも、莫大な魔酒の利権を直接握ることができるかと」


「な、なんだと……?」

 バルタザールの濁った瞳に、強欲な光がギラリと宿った。

「あの莫大な利権を、この私が……。ふん、辺境の成金上がりが王都の富を独占するなど、元より不愉快だったのだ。小僧、その情報、間違いないだろうな?」

「ええ。ご判断はお任せいたします」


 館を出た後、暗い路地裏で待機していたリーゼが、心配そうに少女の顔を覗き込んだ。

「お嬢様……。今の情報は、わざと暴動を起こさせるための餌ですね。ですが、あのような腐敗貴族の私兵を動かしたところで、あの『怪物』のシステムを崩せるとは思えません。むしろ、お嬢様ご自身の危険が……」


「分かっているわよ、リーゼ」

 少女は唇を強く噛み締めた。

「でも、あいつらだけは許せない。あの怪物のインフラを破壊する駒として、あいつらをぶつけるのよ。システムに打撃を与えつつ、過去の亡霊どもを一掃する……一石二鳥じゃない」


 強がる少女の言葉に、リーゼは悲しげに目を伏せた。

 それは、論理ロジックではない。ただの怨念に突き動かされた、危険な暴走だった。



 ***



 翌日の深夜。

 王都の物流を担う巨大な第三倉庫の周辺は、不気味な静寂に包まれていた。


 バルタザール侯爵の私兵たち、約百名。彼らは闇に紛れ、松明を消したまま倉庫の外壁へと肉薄していた。強欲に目を血走らせた彼らの目的は、少年の帝国を支える魔酒の強奪と、工場の破壊工作だ。


 少女とリーゼは、少し離れた時計塔の屋根から、その様子を息を潜めて見下ろしていた。

(さあ、喰い合いなさい。あの怪物の富と、私の過去の亡霊たちが、共倒れになればいいのよ)


 少女の心臓が、黒い期待と不安で早鐘を打つ。


 だが――。

 現実は、彼女の想像を絶するほど冷酷で、圧倒的な形をもって展開された。


 私兵たちが倉庫の鉄扉を破壊しようと武器を振り上げた、その刹那。


『――不法侵入エラーを検知。これより、害虫の駆除デバッグを実行する』


 夜気を震わせる、氷のように冷たく、感情を完全に排した少年の声。

 それはどこからともなく響き、空間そのものを支配した。


「な、なんだ!? 誰だ!」

 私兵たちがパニックに陥り、周囲を見回す。


 ドゴォォォォォォォォンッ!!!


 夜空を真っ二つに引き裂く、凄絶な雷鳴。

 雲一つない星空から、極太の青白い雷霆が、私兵たちの足元の石畳へと正確に突き刺さった。


「ギャアアアアッ!?」


 致死量の一歩手前に調整された電磁パルスが、百人の私兵たちの神経系統を一瞬にして焼き切る。剣を振り上げた姿勢のまま、彼らは白目を剥き、糸の切れた操り人形のように次々と崩れ落ちていった。


「な……」

 時計塔の上で、少女は息を呑んだ。

 百人の武装兵が、文字通り「一瞬」で無力化されたのだ。


 さらに、闇の中から蒼黒の制服を纏った『都市防衛自警団』が湧き出すように現れ、痙攣する私兵たちを無造作に縛り上げていく。


『過去の亡霊を使って俺の盤面を荒らすとは、随分と泥臭い手を打つじゃないか、セシル……いや、天才令嬢セレスティア』


「っ……!!」

 少女の背後、時計塔の影から声が響いた。


 振り返ると、月光を吸い込む『蒼黒の鱗羽鎧スケイルメイル』を纏い、漆黒の金属棒ブラック・ロッドを肩に担いだ少年の絶対者が、夜風に髪を揺らして立っていた。


 物理的な肉体ではない。大気中の魔力を編み上げて構築された、極めて精巧なホログラムだ。だが、その黄金の瞳は、少女の魂の奥底までを見透かすような圧倒的な威圧感を放っていた。


「あ、あんた……最初から、私の誘導に気づいて……!」

 少女は後ずさり、リーゼが咄嗟に主人の前に立ちはだかり、短剣を構える。


『気付くも何も、俺の「支配領域」の中で悪巧みをするなど、透明なガラスケースの中で爆弾を作っているようなものだ。……だが、失望したぞ』


 少年の冷徹な視線が、少女の蒼い瞳を射抜く。


『俺のシステムを論理でハッキングしようとしたお前の知性は、もっと美しいと思っていた。だが、今回の手口はどうだ? 前世の恨みという個人的な感情ノイズに振り回され、無能な貴族をけしかけるだけのアナログな破壊工作。……三流以下のエラーコードだな』


「っ……!」

 図星を突かれ、少女の顔が屈辱で真っ赤に染まった。

「あんたに……あんたに何が分かるのよ! あいつらは、私のすべてを奪ったのよ! この世界を機械みたいに支配しようとするあんたなんかより、ずっと醜くておぞましい化け物なのよ!」


 少女の目から、大粒の涙が溢れ出した。復讐の念と、自分の不甲斐なさが混ざり合い、彼女は小さな拳を震わせた。


『化け物? あんなゴミ屑どもが?』


 少年は鼻で笑うと、金属棒で眼下の光景を指し示した。

 そこには、騒ぎを聞きつけて引きずり出されてきたバルタザール侯爵の姿があった。彼は自警団に押さえつけられ、「魔酒を、魔酒をくれぇぇっ!」と涎を垂らしながら惨めに命乞いをしている。


 かつて少女を絶望の底に突き落とした恐るべき権力者は、少年の構築した「依存のシステム」の前では、ただの哀れな中毒者に過ぎなかった。


『見ろ。お前を縛り付けていた過去の亡霊の正体を。あんなものは、俺が創り上げたインフラの前にひれ伏す、ただの消費豚だ。お前が恐れる価値すらない』


 少女は、眼下の光景に言葉を失った。

 前世の巨大なトラウマが、あまりにもあっけなく、少年の冷徹な物理法則と経済支配の前で粉砕されていく。


『二度目の人生……まっすぐに生きてみないのかい? と、以前俺は言ったはずだ』


 少年のホログラムが、ゆっくりと少女へと歩み寄る。


『過去の亡霊に囚われ、復讐という暗い情念で盤面を汚すな。お前の才能は、そんな後ろ向きな処理に使うにはもったいない。……お前の敵は、俺だろう?』


 その言葉は、冷酷な宣告でありながら、奇妙なほどに少女の胸の奥の「凍りついていた部分」を溶かしていった。


 過去の恨みにとらわれるな。もっと高みへ来い。

 そう言われているように感じたのだ。


「……っ、この、傲慢なブラック上司……!」

 少女は涙を乱暴に袖で拭い、色付き眼鏡の奥の蒼い瞳に、再び強烈な反逆の炎を灯した。


「ええ、そうよ。あんな過去の亡霊なんて、今の私にはどうでもいいわ。……私の目標は、あなたという完璧なシステムを、私の頭脳で完膚なきまでに論理崩壊オーバーロードさせることだけよ!」


『くくっ……いい目だ。その意気で、せいぜい俺の退屈を紛らわせてくれ』


 少年のホログラムは、残酷で美しい微笑みを残し、夜風に乗って青白いノイズと共に霧散した。


 後には、静まり返る王都の夜景と、憑き物が落ちたように晴れやかな表情を浮かべる少女だけが残された。


「……お嬢様」

 短剣を下ろしたリーゼが、安堵と少しの心配を込めて声をかける。


「もう大丈夫よ、リーゼ。過去の恨みは、あの怪物が全部システムで轢き潰してくれたわ。……腹が立つけどね」


 少女は、少年が消えた夜空を睨みつけながら、不敵な笑みを浮かべた。

 復讐というノイズを完全にパージした彼女の天才的頭脳は、これより純粋な知略戦において、少年という絶対者へと牙を剥く準備を整えたのだった。







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