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遠雷のオーバーロード〜10歳の転生者は『雷魔法』と『神の蔵』で自由な自治都市を創る〜  作者: トール
第一章:大森林のサバイバルと雷霆の覚醒

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第009話:解体の極意と停滞する時間

 


『ポーン。レベルが上がりました。新しいスキルを取得しました』


 無機質でいて、どこか聖歌のような響きを持つAI音声が、脳髄の奥深くでゆっくりと波紋を広げていく。

 全身を浸していたレベルアップの熱が、指先の末端まで清流のように行き渡る。泥のように重かった疲労が霧散し、代わりに研ぎ澄まされた感覚が、森の湿った空気の粒子さえも捉えられるほどに鋭くなっていた。


 頭上では、強靭な蔓に吊るされた銀の獣が、風に吹かれてゆっくりと回っている。その眉間に刻まれた黒焦げの痕は、俺が放った稲妻が命を奪った確かな刻印だ。

 罠猟の勝利を完結させるのは、単なる殺戮ではない。その命を余すところなく剥ぎ取り、己の血肉と財産へと変換して初めて、この生存闘争は幕を閉じる。


 俺は逸る鼓動を鎮めるように深く息を吐き、かつて沈黙に終わったあの言葉を、確かな期待を込めて紡いだ。

「ステータス・オープン」


 刹那、視界に淡い燐光を放つ半透明の文字が浮上した。


 名前:トール

 種族:異世界人

 年齢:十歳

 職業:無職

 レベル:3

【HP 45/45】 【MP 60/60】

【STR 15】 【VIT 15】 【INT 16】 【RES 15】 【AGI 14】 【DEX 18】

 《スキル》

 マジックバッグ Lv.2

 解体・加工 Lv.1

 《魔法》

 雷魔法 Lv.1


「……来たか」

 熱いものが胸をせり上がる。レベルは順当に『3』へと上昇し、基礎能力の底上げを確認した。だが、俺の視線を吸い寄せたのは、新たに追加された『解体・加工 Lv.1』の文字列、そして『Lv.2』へと進化したマジックバッグの表記だった。


「解体・加工……。この腕一本で生き抜く俺には、最高のギフトだ」


 俺は蔓を断ち、銀の獣を地面へ下ろした。ドスリ、という鈍い重低音と共に土煙が舞う。百キロを超える巨体。流動的な美しさを湛えた銀の毛皮を前に、俺は銀色の牙ナイフを抜き放った。

 かつての俺は、深夜のオフィスで擦り切れるようにExcelのセルを埋め、マウスをクリックするだけの指先しか持たなかった。巨大な生物の解体など、本来なら途方もない苦行のはずだ。


 だが、「スキル」を意識した瞬間、世界が変容した。


 脳内に奔流のごとく情報の断片が流れ込む。骨格の接合部、筋肉の繊維方向、内臓の配置――まるで透視図のように、獣の身体の上に光り輝く「正解の切断線」が無数に浮かび上がったのだ。

 俺は吸い寄せられるように、ナイフの刃を腹部へ滑らせた。


 ズリッ。


 生々しくも小気味よい音。十歳の非力な身体とは思えないほど、手首は最も抵抗の少ない角度を正確に刻んでいく。硬質な銀の毛皮が、まるで熟れきった果実の皮を剥くかのように、ツルリと肉から離れていく。

「すごい……刃が吸い込まれていくようだ」

 溢れ出す血を最小限に抑え、一点の曇りもなく牙と爪を切り離す。霜降りのように脂が乗った鮮やかな赤身肉が、部位ごとに見事なブロックへと整えられていく。システムが「避けるべき箇所」を本能に直接警告してくれるおかげで、毒素や不要な臓器を傷つける懸念すらない。


 わずか数十分。手探りなら半日は要したであろう作業が、瞬く間に完了した。

 目の前には、美しく整えられた銀の毛皮、極上の価値を予感させる爪牙、そして数十キロに及ぶ肉の山が、整然と並んでいる。

 命を解体することへの嫌悪感など、疾うにない。そこにあるのは、過酷な世界を生き抜く糧を得たという、静かな、そして深い感謝だけだった。


「……さて、ここからが正念場だ」


 俺は、切り分けられた肉の山を見下ろした。

 レベル1のマジックバッグでは容量も少なく、何より内部の「時間」が停止している確証がなかった。ゆえにレッサーボアの時は、数日かけて燻製にするという「地獄の加工工程」を挟まざるを得なかったのだ。

 あの夜、コンビニで数百円で手に入れた温かい唐揚げ弁当の温もり、甘いプリンの味。それらが郷愁と共に脳裏をかすめる。この森には、鮮度を保つ冷蔵庫も、安全なインフラも存在しない。


 だからこそ、進化の真価を確かめなければならない。

 俺は十キロはあろうかというモモ肉の塊に両手を添え、巨大な倉庫の扉を開くイメージと共に唱えた。

「インベントリ」


 ヒュンッ。


 微かな風の鳴るような音と共に、肉の塊が文字通り「掻き消えた」。

「……っ!」

 脳内に構築された四次元の暗黒空間。その仮想の蔵の中に、今しがた吸い込まれた肉がポツンと浮かんでいるのがはっきりと認識できた。

 そして、何よりも俺を震わせたのは、その空間に付随する絶対的なルールだった。


 ――『空間内の時間経過:完全停止』。


「入る……入るぞ! しかも、時間が止まっている……!」

 歓喜に喉が震え、十歳の高い声が裏返った。

 生肉のまま、永遠に鮮度を保てる。この地獄の森において、それは文字通りの「神の蔵」を手に入れたことを意味していた。


 俺は残りの肉の山、牙、爪、銀の毛皮に次々と触れ、インベントリへ飲み込ませていく。

 百キロを超える一頭分の素材全てが、俺の意識の中にある四次元のポケットへと見事に収まりきった。跡に残されたのは、わずかに血と泥に汚れた地面だけだ。


「これで……保存と運搬の呪縛から、完全に解き放たれた」


 深い安堵の息が、森の冷気に白く混ざる。

 干し肉を作るための停滞した時間はもう不要だ。狩れば狩るほど、俺の蔵には「鮮肉」という富が蓄積されていく。これ以上のチートが他にあるだろうか。


 誰もレールを敷いてくれないこの世界。理不尽な搾取も、奴隷の如き奉仕も、もう二度と御免だ。

 戦国時代の堺の如く、経済と武力で領主らと対等に渡り合い、俺のしたいように世界を塗り替える。その壮大な自治都市への野望にとって、この「解体」の技術と「停滞する時間」の蔵は、計り知れないほどのアドバンテージとなる。


「待っていろよ、この森の命ども」


 振り返れば、無数のダイヤモンドを撒き散らしたように煌めく青い水面。

 必死の足掻きは終わった。ここからは、この広大な水源を起点とし、富と力を蓄積するための、終わりのない「収穫」の時間が始まるのだ。


 俺は銀色のナイフを鞘に納め、次の獲物の気配を探るべく、黒い棒を強く握り直した。


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