第010話:銀の滴りと野望の味
進化した『マジックバッグ Lv.2』の深淵へ、銀の獣の全てを飲み込ませ終えた俺は、その場に立ち尽くしていた。
「解体・加工」のスキルが導き出した、芸術品のような赤身肉。時間が凍りついた四次元の蔵の中にあれば、その鮮度は永遠に保証される。だが、自らの知略と力でねじ伏せたこの未知の美味を、今この瞬間に味わいたいという本能的な渇望が、胃袋の底から突き上げてきた。
俺はインベントリから、手頃な厚みのブロック肉と銀のナイフを引き戻した。
絡み合う巨根が天然の防壁を成す、四畳半の「城」へと帰還する。
乾燥した小枝を積み上げ、右手の黒い棒へ意識を研ぎ澄ます。
――パチリ。
指先を走る微かな静電気。棒の先端から放たれた蒼白の火花が、乾いた木肌を噛み、オレンジ色の炎へと成長していく。爆ぜる火の粉が闇を払い、安定した熱源となったのを見計らい、俺は平らな石を火の傍らへと据えた。
かつて銀色の毛皮を逆立て、血のように赤い双眸で俺を射抜いたあの獣。
その肉をナイフで贅沢な厚さに切り分け、十分に熱を帯びた石の上へと滑らせた。
――ジュゥゥッ!
鼓膜を震わせる、暴力的なまでに心地よい音。
辺り一面に、強烈な、それでいて気品を感じさせる香ばしさが立ち昇った。レッサーボアの野性的な匂いとは一線を画す、食欲という名の獣を直接殴りつけるような、濃厚な脂の香りだ。
表面がこんがりと黄金色に色づき、透明な脂が熱い石の表面を伝って滴り落ちる。俺は堪らず、その熱い肉片を口へと放り込んだ。
「……っ、……あつ、……うまい!!」
歯を立てた瞬間、肉の繊維が驚くほど容易く解け、閉じ込められていた熱い肉汁が口内を満たした。
レッサーボアのそれも贅沢なご馳走だったが、これは次元が違う。獣臭さなど微塵もなく、噛み締めるほどに重層的な旨味が脳髄を直撃する。レベルアップで癒えたはずの身体に、さらなる生命の熱が、底なしの活力が流し込まれていく感覚。
ふと、前世の記憶が網膜をよぎる。
深夜二時、疲れ果てた身体で立ち寄ったコンビニの、眩すぎるLED照明。数百円で手に入る、均質化され、管理された唐揚げ弁当や、滑らかなプリン。あの安全で平穏な味も、確かに俺の一部だった。
だが、今ここで汗を滲ませながら喰らっているのは、己の命をチップに賭けてもぎ取った、生の躍動そのもの――「命の味」だ。
(この極上の肉、そしてあの硬質な銀の毛皮があれば……)
美味を咀嚼しながら、俺の三十代の思考回路は、冷徹に次なる盤面を描き始める。
理不尽な身分制度に跪き、誰かのために消耗する日々はもう御免だ。権力という鎖から距離を置き、俺は俺として自由に生きる。
戦国時代の堺がそうであったように、圧倒的な経済力と、誰もが恐れる武力を両輪に、貴族や領主らと対等に、あるいはそれ以上に渡り合う。そんな自治都市を、この世界に打ち立ててやる。
その野望を現実へと引き寄せるための、これは最初の「資本」だ。
この広大な水源を掌握し、罠を仕掛け、「解体・加工」の異能で最高級の素材へと磨き上げる。それを「マジックバッグ」に蓄積していけば、いつか文明の光を見つけた時、それは俺に莫大な富をもたらす最強の手札となるだろう。
俺は次々と厚切りの肉を石の上で躍らせ、五臓六腑を貫いた水源の清冽な甘みを思い返しながら、狩人としての勝利を喉へと流し込んでいった。
この森の王へと至る、長い宴はまだ始まったばかりだ。




