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【1】遠雷のオーバーロード ~ブラック企業を憎む元社畜、剣と魔法の世界を『産業革命』と『全自動システム』で完全支配し、星の理すら買収(M&A)する~  作者: トール
第二章:鋼鉄の産業革命と見えざる経済支配

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第111話:鋼鉄の馬車と白銀の動脈

 


 城塞都市の一角にそびえ立つ巨大な石造りの建築。そこからは、地響きのような重低音が絶え間なく吐き出されていた。蒸気機関という名の心臓が脈動するたび、鉛色の噴煙が冬の澄んだ空を侵食し、街全体に焦げ付いた石炭と熱せられた潤滑油の、鼻を突くような金属質の匂いを振りまいている。


 天才魔導具師バルカスと共に、幾夜もの熱病のような試行錯誤の末に産み落としたこの「心臓部」は、今や紡績機やミシンといった鋼鉄の怪物たちに命の血流を送り込んでいた。大商人グレンが近隣諸国から安値でかき集めた綿花は、この怪物の胎内を通り抜けることで、一分の隙もない白銀の糸、そして瞳を焼くほど鮮やかな色彩を帯びた衣服へと姿を変えていく。


 俺が構築した「産業」という名の新たな神。それは祈りも奇跡も必要とせず、ただ物理の理に従って世界の形を無慈悲に塗り替えつつあった。


 だが、生産力が暴力的なまでの爆発を見せる一方で、俺の脳内には赤黒い警告灯が点滅していた。この巨大な胃袋が吐き出す富を、世界へ流し込むための「血管」が、あまりにも細すぎるのだ。


 隠れ家の最上階、静寂が支配する執務室。

 アンティークの重厚な机を挟み、都市の金流を掌握するグレンが、深紅の絨毯に額を擦り付けていた。本来、彼の指先には金貨の冷たさを愛でるような狂信的な陶酔が宿っているはずだが、今の彼からは、使い古された雑巾のような疲労と、焦燥にじむ粘りつく汗の匂いが漂っている。


「グレン。物流の心拍はどうだ? 安全性の担保はできているのか」


 俺の問いかけは、静かだが鋭い剃刀のように彼の神経を逆なでした。グレンはびくんと肩を跳ねさせ、額に浮いた脂汗を上質な絹のハンカチで拭った。


「はっ……! ザイード殿が統べる『忍者』の監視網、そしてモヒカン殿の自警団による護衛……現状、これ以上に望みうる布陣はございません。ですが……」


 グレンの声が、乾いた喉の奥で震えた。


「運べる量が、あまりに少なすぎます……。工場の吐き出す荷は、すでに既存の馬車の収容限界を超えております。街道を埋め尽くす馬の糞尿の臭い、御者たちの怒号、そして何より、生き物ゆえの限界。馬が倒れ、車輪が泥に沈むたび、商機という名の血液が凝固していくようでございます……!」


 グレンが絞り出した言葉には、物理的な限界に直面した者の絶望が滲んでいた。

 どれほど効率的な工場を造り、どれほど鉄の意志で管理しても、それを運ぶのが「筋肉というタンパク質の塊」である限り、帝国の成長は頭打ちになる。俺が求めているのは、生命の揺らぎを排した、絶対的な定時性と圧倒的な質量輸送だ。


「必要なら、鉄の馬車を作るが」


 唐突な俺の提案に、グレンは弾かれたように顔を上げた。


「て、鉄の、馬車……? 鉄板で装甲を施した馬車、ということでございますか? しかし、それでは自重だけで馬の背骨が砕けてしまいます……」


「馬など使わない。鉄が自ら熱を喰らい、鉄の車輪で大地を駆けるんだ」


 俺は背後の闇――影の潜む場所へ向かって、短く命じた。


「バルカスを呼べ」


 数十分後。

 油と石炭の匂いを皮膚の奥まで染み込ませたバルカスが、転がるように執務室へ現れた。酒と博打に身を持ち崩していたかつての無気力な面影は、もはや塵ほども残っていない。トールがもたらした「物理法則(真理)」という名の劇薬に脳を焼かれた狂信者の眼光が、落ち窪んだ眼窩の奥で爛々と輝いている。


「ト、トール様! 第一工場の脈動は完璧、寸分の狂いもございません! 次はどのような……どのような真理(地獄)を、私にお与えくださるのですか!」


 俺は机の上に、一枚の羊皮紙を広げた。まだインクの匂いさえ新しい、未来の設計図だ。


「以前、お前に言ったはずだ。『この機関を車輪に乗せれば、馬を必要としない鋼鉄の荷車が、白銀の街道をタルタロスまで一瞬で駆け抜ける』と」


 バルカスは息を呑み、設計図に顔を近づけた。あまりの熱量に、彼の喉仏が大きく上下する。

 そこに描かれていたのは、巨大なボイラーを横たえ、ピストンの往復運動をクランクシャフトによって巨大な鉄輪の回転へと変換する、鋼鉄の獣の雛形。


魔力銀ミスリルを用いた高圧ボイラー……。これを、車輪に……? 正気ですか、トール様! この質量を動かすための圧力、それを支える『道』はどうなるのです!」


「道も鉄で造る。白銀の軌条だ。この怪物は、誰の命令も聞かず、ただ敷かれた理の上だけを狂ったように走り続ける」


 俺は窓の外、城塞都市を包み込む深い夜を見つめた。


「グレン、貴様にはこの『動脈』の敷設計画を任せる。バルカス、貴様はこの『鋼鉄の馬車』……機関車を完成させろ。馬のいななきが消えた時、この世界は本当の意味で俺の掌の上で回り始める」


 バルカスの瞳に、未知の神への畏怖と、それを己の手で具現化できるという冒涜的な歓喜が混ざり合った。


「……神をも恐れぬ、鉄の心臓……。わかりました。この命、錆び果てるまで捧げましょう!」


 蒸気機関の重低音が、部屋の床を伝って俺の足の裏を細かく震わせる。

 筋肉の時代は終わる。これからは、熱と鉄、そして俺が定義する「効率」という名の神が支配する時代だ。


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