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遠雷のオーバーロード〜10歳の転生者は『雷魔法』と『神の蔵』で自由な自治都市を創る〜  作者: トール
第一章:大森林のサバイバルと雷霆の覚醒

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第013話:蒼水の大蛇と水底の死闘

 


 燐光を放つ樹人、ルミナス・トレントの焼け焦げた骸から手に入れた琥珀色の結晶。脳髄を蕩けさせるような甘美な余韻を舌に残したまま、俺はその秘宝を『マジックバッグ Lv.2』の深淵へと放り込み、再び「広大な水の鏡」へと辿り着いた。


 視界が開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、狂おしいほどに澄み渡った青の世界だ。

 天頂から降り注ぐ陽光が水面で砕け、無数のダイヤモンドを撒き散らしたかのように煌めいている。二日間の地獄のような彷徨の果てに勝ち取ったこの水源は、今や俺にとって唯一の安息であり、生存のための絶対的な拠点となっていた。


 樹人との死闘で全身にこびり付いたすすと、乾ききった泥を洗い流すため、俺は水際へと歩みを進めた。

「……っ、冷たい」

 波打ち際に足を浸すと、清冽な水の冷気が十歳の小さな肉体を鋭く包み込む。心地よい疲労の緩和に目を細め、顔や首筋の汚れを洗い流した。水面に映る俺のかおは、かつて満員電車に揺られ、徹夜続きの残業で死人のような隈を作っていた三十代のサラリーマンの面影は消え失せ、飢えた野性の瞳を宿していた。


 だが、冷たい水に身を浸した瞬間、培ってきた冷徹な論理が、脳内でけたたましい警鐘を鳴らした。


(――静かすぎる)


 風の音も、葉の擦れる音も聞こえる。だが、この豊穣な水場に当然存在するはずの「命のざわめき」が、この一角にだけは存在しない。水を飲みに来る小動物の足音も、浅瀬を泳ぐ小魚の影も。まるでこの水場そのものが、目に見えない巨大な「死」によって支配され、立ち入りを禁じられた墓所であるかのように。


 ふと、足元の青い水面が、不自然に盛り上がった。

 水そのものが意志を持って隆起したかのような錯覚。透明な青い鱗を持つ巨大な長虫――アクア・サーペント(蒼水の大蛇)が、保護色による完璧な擬態を解き、死の淵から一気に浮上してきたのだ。


「しまっ――!」


 叫ぶよりも早く、水面が爆発した。

 青い飛沫と共に躍り出たのは、この水源の最深部に君臨する主。

 丸太のような太さを持つ大蛇の尾が、鞭のようにしなり、俺の胴体を幾重にも拘束する。凄まじい膂力りょりょくと質量。そのまま光の届かない深い水底へと、強引に引きずり込まれた。


 視界は瞬時に、底知れぬ青の世界へと塗り潰された。

 肺の中の空気が強制的に押し出され、口から無数の気泡が漏れ出す。

 水圧と大蛇の締め付け。ミシミシ、という嫌な音が身体の芯から響く。肋骨が軋みを上げ、肺を押し潰そうとしていた。レベルアップによる身体強化がなければ、最初の数秒で俺の内臓は挽肉ひきにくと化していただろう。


(息が……っ!)


 水中での絶望は、陸上のそれとは根本的に次元が違う。逃げ場がなく、足場もなく、ただ確実に酸素だけが削られていく。

 俺は必死に腰へ手を伸ばし、レッサーボアの牙から打ち出した銀色ナイフを抜き放った。

 水の抵抗に逆らい、大蛇の青い鱗へ渾身の力で刃を叩きつける。


 ガキンッ!


 鈍い衝撃が手首を弾いた。全く刃が立たない。水属性の加護を帯びたその鱗は、物理的な干渉を冷酷に拒絶していた。

 大蛇は、もがき苦しむ俺を嘲笑うかのように巨大なあぎとを開いた。目の前に迫る、暗黒の口腔。

 俺を頭から丸呑みにし、胃袋という名の牢獄へ葬り去るつもりだ。


 視界が急速に狭まり、意識の縁がすすけ始める。

 脳裏を過るのは、元の世界の、あの窒息しそうな日常だ。

 満員電車で押し潰され、誰かの理不尽な命令に頭を下げ、魂が摩耗していくだけの日々。

(ここで死ねば……俺はまた、ただの家畜として終わるのか?)


 ――ふざけるな。


(俺は、俺のしたいように生きるって……決めたんだよッ!!)


 俺は薄れゆく意識の深淵で、四次元の暗黒空間とリンクする言葉を、祈りのように強く念じた。


(インベントリ……!)


 瞬間、俺の手の中に、岸辺に残してきたはずの「黒い金属棒」が実体化した。

 マジックバッグは単なる倉庫ではない。必要な時に、必要な殺意を、瞬時に手元へ召喚する究極の武力だ。


 俺は大蛇の口の中へ、自ら飛び込むように右腕を突き入れた。

 大蛇の牙が俺の肩を深く抉り、血の華が青い水中に広がるが、痛みはもう、闘志を燃やす薪にすぎなかった。

 外側が硬いなら、内側から焼き切るまで。


 だが、水中での放電は、伝導体である水を介して俺自身にも牙を剥く。

 肉を切らせて骨を断つ――いや、魂を削って命を奪い取る。


(喰らええええええッ!! 『ショック』!!)


 ――バギィィィィィィィィィィィィッッ!!!


 水底の世界が、白夜のような光に呑み込まれた。

 黒い棒の先端から放たれた数万ボルトの青白い閃光が、大蛇の口腔から内部へと突き抜け、血液を瞬時に沸騰させる。


「ギャガァァァァァァッ!?」


 大蛇の巨躯が内側から膨張し、激しい痙攣けいれんと共に水流を狂わせた。

 高圧電流は容赦なく水中へも漏れ出し、俺の神経を、細胞を一瞬にして焼き焦がそうとする。

 全身を貫く、脳を焼くような激痛。

 だが、大蛇の肉体が巨大な絶縁体代わりとなり、致命的な感電だけは免れた。


 締め付けが解け、俺は大蛇の口から右腕を引き抜くと、水面へと向かって全力で蹴り上がった。


「ぶはっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 水面から顔を出し、むさぼるように空気を肺へと流し込む。

 酸素の味が、これほどまでに甘いものだとは知らなかった。

 背後では、内部から黒焦げになったアクア・サーペントの巨大な死骸が、ゆっくりと、力なく水面に浮かび上がってきた。


 死骸から立ち上る淡い光の粒子が、吹雪となって俺の黒い棒へと吸い込まれていく。

 レベルアップの音は鳴らない。だが、俺の肉体には、水底の主から奪い取った膨大な生命力の熱が、熱い奔流となって流れ込んでいた。


「……勝ったぞ。この水源は、俺のものだ」


 俺は重い足取りで岸辺へと這い上がり、泥の上へ大蛇を引き上げた。

 荒い息を整えながら、『解体・加工 Lv.1』を起動する。

 視界に変容が走り、光り輝く「正解の切断線」が大蛇の身体を包み込んだ。


 銀のナイフが大蛇の鱗を滑らかに剥ぎ取っていく。

 水属性の耐性と強固な防水性を誇るこの青い鱗は、将来の防具として、あるいは高価な取引材料として、計り知れない価値を持つだろう。

 鱗の下から現れたのは、白身魚のように透き通り、それでいて驚異的な弾力を予感させる、美しく輝く極上の肉だった。


 俺は、青い鱗と数十キロに及ぶ大蛇の肉を、次々と『マジックバッグ Lv.2』の深淵へ放り込んだ。

 停滞する時間。神の蔵。ここに収められた資産は、決して腐ることはない。


「……また一つ、支配の基盤が整った」


 水辺からの奇襲という、最大の死角を排除した今、この広大な水源は名実ともに俺の「領地」となったのだ。

 戦国時代の堺の如く、経済と武力で世界を俺の色に塗り替える。

 その野望を実現するための「資本」を手に入れた俺は、無数のダイヤモンドが煌めく水面を見つめながら、不敵な笑みを深く、その身に刻み込んだ。


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