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遠雷のオーバーロード〜10歳の転生者は『雷魔法』と『神の蔵』で自由な自治都市を創る〜  作者: トール
第一章:大森林のサバイバルと雷霆の覚醒

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第012話:燐光の樹人と反逆の炎雷

 


 鉄羽鴉ギア・クロウの群れを水鏡の雷撃で殲滅し、一気に二つの階梯レベルを駆け上がった翌朝。

 俺は、四畳半の「城」を護る古木の隙間から漏れ出る黄金色の陽光を浴びながら、次なる一手へと想いを馳せていた。


 手元には、昨日回収した大量の「鉄の羽」。軽量でありながら、銀色ナイフの刃さえ弾きかねない強靭な素材だ。これを繋ぎ合わせ、俺の小さな身体を護る金属鎧スケイルメイルを編み上げたい。だが、そのためには羽同士を結束させる強靭な蔓や、継ぎ目を固める強力な樹液が不可欠だった。


 拠点周辺の「資源」は、すでに俺という捕食者によって収穫され尽くしている。俺は黒い金属棒を杖代わりに握り、腰にはレッサーボアの牙から打ち出した銀色ナイフを携え、さらに深い森の奥――まだ見ぬ未知の領域へと足を踏み入れた。


 そこは、これまでの森とは彩度が違った。

 青や紫の燐光を放つ葉が天を突き、巨大な天蓋となって日光を遮っている。足元の腐葉土からは、命が朽ちていく濃厚で湿った匂いが立ち上り、朝露を湛えた毒々しい葉が、怪しく虹色に輝いている。


「……妙だな」


 獣道のただ中で、俺は足を止めた。

 この森には、常に「音」があるはずだった。レッサーボアの重厚な蹄の音、小動物が枯葉を散らすカサカサという騒めき、あるいは鉄羽鴉の金属的な鳴き声。だが、今、俺の周囲を支配しているのは、耳の奥が痛くなるほどの不自然な静寂だ。

 まるで森そのものが息を殺し、俺という異物が通り過ぎるのを「待っている」かのような――。


 三十代のサラリーマンとして培った、危険を察知する冷徹な論理が脳内で警鐘を鳴らした。だが、その正体を見極めようと視線を巡らせた、まさにその刹那。


 ズバァァァッ!


「なっ……!?」


 足元の腐葉土が、爆圧を受けたかのように弾け飛んだ。

 地中から飛び出したのは、地龍のような太い「蔓」だった。それは意思を持った蛇のごとく蠢き、一瞬で俺の右足首を捕らえ、凄まじい力で上方へと引き上げた。


 視界が急激に反転し、天地が逆転する。

 十歳の小さな身体は、浮遊感と共に地上数メートルの高さまで吊るし上げられた。


「くそっ、括りスネアか!? 誰かが仕掛けた……いや、違う!」


 逆さまになった視界の先。そこにいたのは「仕掛け人」ではなかった。

 獣道の脇にそびえ立っていた、燐光を湛える巨大な樹木。その一本が、メキメキと骨を砕くような不気味な音を立てて身を震わせていたのだ。樹皮の表面には、人間の苦悶を貼り付けたような醜い亀裂が走り、無数の枝が触手のように蠢く。


 ――ルミナス・トレント(燐光の樹人)。


 この森の巨木に擬態し、通りかかる獲物を待つ植物型の捕食者。俺が知恵を絞って作った「罠」を、この魔物は数百年という時間の中で自らの肉体として体現してきたのだ。


「ギシ……ギシシシィィ……」


 木枯らしが吹き抜けるような、老婆の冷笑に似た音が樹木から漏れ出す。

 ルミナス・トレントは、足首を掴んだ根をさらに引き絞り、同時に無数の蔓を俺の胴体や腕に絡ませてきた。獲物の骨を粉々に砕き、その髄まで吸い尽くそうとする、ゆっくりとした、だが逃げ場のない暴力。


「ぐっ……、ぁ、がっ……!」


 ミシミシと、俺の肋骨が悲鳴を上げた。

 肺が圧迫され、酸素が途絶える。視界の端が赤く染まり、脳裏には「死」という冷たい文字が浮かぶ。レベルアップによる身体強化がなければ、最初の締め付けで俺の内臓は潰れていただろう。

 だが、このままでは遠からず、俺という存在は森の肥料へと変わる。


「……ふざけるな、俺は、俺のしたいように生きるって……決めたんだよッ!」


 肺の底に残ったわずかな空気を絞り出し、俺は叫んだ。

 激痛で震える左手を腰へ伸ばし、銀色ナイフを抜き放つ。


「ふんっ!」


 胴体を狙い、締め上げようと迫る太い蔓へ、銀の一閃を叩き込む。

 ズバッ、と熟れた果実を断つような小気味よい音が響き、青白い樹液が血飛沫のように舞った。だが、切っても切っても、地中から、あるいは幹から、新たな蔓が尽きることなく溢れ出してくる。

 宙吊りのままナイフを振るい続けるが、削られるのは俺の体力ばかりだ。


(物理で削っても埒が明かない……論理を回せ。相手は植物だ。なら、根源的な弱点がある)


 木材は燃える。そして、俺の右手に握られているのは、雷と熱の権化――黒い金属棒だ。

 単体魔法の『ライトニング・ボルト』では、この巨体を沈めるには決定打に欠ける。だが、もし「火と雷を嫌う樹木」の、その最も脆弱な「内側」に直接高圧のエネルギーを叩き込んだなら。


「俺を喰らいたきゃ……もっと引き寄せてみろッ!」


 俺は抵抗をあえて弱めた。

 獲物が屈したと判断したのか、樹人は「ギシシッ」と歓喜の振動を上げ、俺の身体を一気に引き寄せた。醜く歪んだ顔のような亀裂、その中心部へ。


 叩きつけられる寸前。

 俺は空中で身体を捻り、全魔力を黒い棒の先端へと収束させた。


「喰らええええッ!! 『ライトニング・ボルト』!!」


 ――バギィィィィィィッ!!!


 ゼロ距離で放たれた雷光。

 黒い棒が樹人の深淵へと突き刺さり、数万ボルトの電撃とプラズマの熱波が、水分を含んだ内部を瞬時に沸騰させた。


「ギ、ギェェェェェェェェェッ!?」


 凄絶な断末魔。

 樹人の内側から青白い火柱が噴き出し、一瞬で巨大な幹を地獄の業火が包み込んだ。

 足首を縛っていた蔓が炭化し、俺は自由を取り戻す。


「っと……!」


 燃え盛る樹人を蹴り、空中で身を翻して地面へと着地した。

 目の前では、先ほどまでの捕食者が天を焦がす巨大な松明と化し、激しく爆ぜている。やがて、芯まで焼き尽くされた樹人は、地響きと共に黒焦げの骸となって崩れ落ちた。


 直後、残骸から淡い光の粒子が立ち上り、俺の黒い棒へと吸い込まれていく。

 だが、レベルアップの音は鳴らない。一筋縄ではいかない次なるステージに足を踏み入れたのだと、俺の背筋を冷たい風が通り抜けた。


「……ふぅ。危ないところだった」


 滴る汗を拭いながら、俺は炭化した残骸へと歩み寄った。

 一方的な「狩り」に酔いしれていた俺への、森からの警告。だが、俺はただでは起きない。


『解体・加工 Lv.1』を起動する。

 視界に走る光のライン。焼け焦げた外殻の下、幹の最深部に「正解」が眠っている。

 銀色ナイフで炭を削り落とすと、そこから現れたのは、ソフトボール大の琥珀色の結晶だった。


 ナイフの先で僅かに削り、口に含む。


「……っ! 甘い……!!」


 舌の上でとろける、狂おしいほどの糖分と魔力の奔流。

 前世、残業明けのコンビニで買い求めたあの甘いプリン。その記憶すらも霞ませる、脳髄を蕩けさせるような芳醇な甘み。


 塩気と血の匂いに満ちたこれまでの生活に、初めて現れた「黄金の甘味」。

 疲れが瞬時に霧散し、身体の芯から幸福感が染み渡る。


「これほどの糖分と魔力……。将来、これを欲しがる奴はごまんといるはずだ」


 俺は歓喜と共に、その琥珀色の結晶を『マジックバッグ Lv.2』の深淵へ放り込んだ。

 どんな罠を仕掛けられようが、最後に喰らうのは俺だ。


 誰も人生のレールを敷いてくれないこの世界。理不尽な搾取も、奴隷の如き奉仕も、もう二度と御免だ。

 戦国時代の堺のような自治都市を築き、経済と武力で世界を塗り替える。その壮大な野望のためには、空の鴉も、森の樹人も、すべて俺の血肉と財産に変えてやる。


 琥珀色の甘い余韻を舌に残し、俺は黒焦げになった罠の残骸を背に、再び深い森の奥へと力強く歩みを進めた。


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