50.アベルくんと英雄王ノヴァリス。
50.アベルくんと英雄王ノヴァリス。
図書室で[大長老の語るノヴァリスリス]を見つけて数日後。
ヴァレンティア城の官僚制度への改革は着々と進んでいる。
ヨハンとネスが率先的に動いてくれて、文官たちの配置や、不満の解消、新しい部署への編成を、俺とロッティーの立案に基づいて進めてくれている。
もう、ほぼ丸投げだ。
ネスが言ってくれた、頼れる大人達が頑張ってくれているわけだ。
ありがたい。
特に文官への直接交渉を、自分達で行わなければならないかなって思っていたから、本当に頭が下がる思いだ。
ああ、父さんはね、相変わらず目先の仕事に追われている。
ヨハンとネスに、改革はまだかって幽霊のように問うている姿は、憐れみを感じるね。
爺ちゃんとの剣の修練も続いている。
相変わらず、形をなぞるのと素振りだけだ。
剣先をぶれずに止めるのは本当に難しい。
3歳児の筋力では無理なのかな?
爺ちゃん?
爺ちゃんは元気にニッコニコだよ。
孫に教えるのがそんなに嬉しいのかね。
張り切っちゃって見てられない。
母さんのところで魔法の修練も始まる。
どこまで尻尾を出していいのか、匙加減が難しい。
ロッティーは一日で魔素を感じ取ることに成功していたから、それはしょっぱなからでも平気だろう。
でもあの人どこまで俺のことに気づいているんだ?
新しい魔法を教えてまで言っていたからなぁ。
ホント、つかめない人だぜ、うちのお袋様は。
さて、図書室からハンスに借りた、[大長老の語るノヴァリスリス]なんだが、とりあえず読了した。
興味深い本だったよ。
あれから、さらにいろんな発明をして村が豊かになって、商人たちも集まって、色んな需要が増えて、さらに人口も増えて、そしてセイナリア市が誕生した。
転生者としての記憶を基にこの世界へ落とし込んで街を大きくしたのか。
大したものだと思ったよ。
俺なんて、すでにヴァレンティア市とヴァレンティア城が便利になっているんで、何もせずぬくぬくと過ごしているだけなのにね。
大きくなっていく街を横目に15歳で旅に出る。
種族間の諍い、戦争に身を投じいつの間にやら旅人が、兵になり、兵の長になり、将になり、王となった。
その過程で大長老と出会い、種族間の騒乱を止めたいというノヴァリスに感化された大長老も手を貸すことになって、最終的には大規模なノヴァリス王国が出来てしまったと。
力だけではなく、人間としての魅力が十二分にあった人だったようだね。
どの部族、種族に対しても、基本、最初は話し合いで済まそうと努力をしているし。
でも何点か、引っかかるところはある。
まずは俺の目指すところ、剣と魔法の両立だ。
この人、やっちゃっているんだよね。
どうしたらそこに至ったのかは、大長老が見て語ったって事実だけだから、内容まではわからなかった。
でも、出来るって事実が分かったのは収穫かな。
それと、10歳で剣と体術で村では敵無しだったって話。
剣は、スピードと才能が有ればまあ、難しくはあるだろうけど勝つことは出来るのだろう。
しかし体術だ。10歳の子供が体術で勝つのは相当に厳しいはずだ。
まず体重。ウェイト差っていうのは攻撃の重さ、防御の強さに比例する。
サブミッションを取ろうにも、子供の筋力じゃ跳ね返されるだろうからな。
では、前世で武道をやっていたのであればどうか。
柔道、空手、レスリング、ボクシング、総合。これらを習っていたのであれば、明確な急所は教えてくれる。
そこを狙えばワンチャンあるかもしれない。
でも、それはワンチャンでしかない。その先がないんだ。
ああ、そうか忘れていた。
魔法を使ってのバフ、身体強化か。
身体強化は、筋力の強化、皮膚を含む肉体の強化。攻防一体の強化が図れる。
けど、どこの記述かは忘れたが、現在と同じく、優秀な戦士はバフを使っていたって書いてあったんだよね。
となると、いくら村人でもバフは使えたんじゃないかな?
皆が使えるとなると、やっぱり土台となる筋力がものをいうからなぁ。
流石のノヴァリスでも魔法は人から習ったって書いてあったし、身体強化は戦士系の人なら仕えたんだろう。
となるとなぁ。
うーん、わかんね。
村人たちと、ノヴァリスの身体的な明確な違いがあるってこと?
あるとすれば、「魔素タンク状態」か。
これは完全な一般人との違いだ。
全身に魔素が回って蓄えられている状態が、何かしら身体に作用しているのか。
俺の身体をもって一般に人との差異を証明するほかないか。
面倒くさいもんを見つけてしまったな。
それでね、この人、国を纏めあげるのに封建制度を使ったんだ。
中世ヨーロッパな文化レベルの今現在より、もっとレベル的に下だったんだろう。
きっとトップダウンで法や制度を強制できる封建制度のほうが合っていたんだろな。
まあ、分かる。
それまで各部族、種族がいがみ合って暮らしていたんだ、ある程度強制的に言うことを聞かせることが必要だった。
なんでいがみ合ったか?
隣人が気に入らない、神が違う、土地、水、山、木、森、気、金は俺の、俺達のもの。
これはいつの世も変わりない。
前世も大きい国が攻め込み、小さい国が逆転したなんてこともあった。
宗教的聖地のせいで、いつまでもいがみ合っている国もある。
今でもやってんのかね。何度も繰り返していたから、解決しようがないように思える。
同じ宗教から派生した同士が殺し合う。
どうかしてる。
まあ、前世の話は置いておこう。
ノヴァリスは広い土地、文化の違う種族、部族をそれでも国を統一した。
しかし、種族や部族のわだかまりは完全に払拭は困難だった。
隣人同士の諍いがあれば基本的にはその土地の領主を挟んで話し合いをさせた。
こじれたら、ノヴァリス自身も出張って話し合いをさせたらしい。
できるだけ法的ペナルティは与えたくなかったように本からは読み取れる。
それでもテロが起こり、内乱も起こった。
暴力には暴力で対抗するしかなく、軍を派兵もした。
こうして問題を一つずつ、問題を潰していったようだ。
地元領主の行いが悪ければ、毅然とした態度で対処したと書かれている。
お家取り潰しも何例かあるみたいだ。
権力を持つということは、統治する責任がある。
しかしその権力で横暴な振る舞いを行い、民草を蔑ろにした貴族には、法を持ってきっちり捌いた。
ただし、連座は嫌だったみたいだ。
幼い子供を殺すということは出来なかった。
現代人としてなんとなく理解できる。
しかし、命を残されたとしても、貴族から市民に落とされるのも辛いものがあっただろうな。
この様に、ノヴァリスは国父というだけではなく、名君として君臨した。
大したものだよ。
いわば前世からの記憶チートみたいなものが有ったとしても、一国を作るなんてとんでもないことだもの。
彼が残したもの、法や制度、教育などは、時代の変遷で変わったものもあるのかもしれないけれど、1500年たった今でも脈々と受け継がれている。
その歴史と法や制度の上で、ぬくぬくと暮らしている俺にはとても真似できないなぁ。
いや、マジで。
ああ、俺が進めていた行政改革なんて、ノヴァリスの偉業から比べれば塵芥のようなものだよ。
セイナリアの、ウイリアム祖父ちゃんの政策を真似してんだし。
ノヴァリスには腹心と言われる貴族たちもいた。
兵士として共に戦った仲間たち、志を同じくした様々な種族の族長や指導者。
こういった人たちの助けが有っての天下統一だった。
そして彼らが有力貴族となった。
ほとんどが人間だったが、獣人、エルフ、ドワーフ、ハーフリングもいた。
現在でも、ほとんどの貴族が領土を持ち、有力貴族として国を支えている。
ヴァレンタイン家もその一つだ。
長い歴史の上に俺も立っているってわけだね。
そして、何と言ってもエルフの大長老の存在が大きかった。
エルフ、ノーム、フェアリーなどの種族が妖精種と言われる。
その中で圧倒的尊敬を受けていたのが大長老だった。
これは今も変わらないよ。
現在でもご存命でいらっしゃる。
お幾つかは俺にはわからないけどね。
彼が見方にいたおかげで、妖精種と言われる種族たちはまとまり、ノヴァリス王国の国民となった。
前も言ったと思うけど、妖精種の中では積極的に国に関与するもの、関与せずにひっそりと暮らすもの、様々だそうだ。
希少種と言われる人達もいるらしい。
ぜひ会ってみたいな。
そして、国の平定から程なくして魔法革命が起こった。
魔法と魔道具が一気に進歩を見せた。
誰がどうやって起こしたかは書かれていなかったが、ノヴァリスが関与していたのは明らかだ。
ポータブルコンロや、照明機器、挙句の果てに発酵を促すため、水温を一定に保つ魔道具なんて言うものも作っている。
これはヴァレンティアの下水処理場で発酵促進のため元気に稼働中だ。
これらはどう考えても前世の記憶を持っているものが作ったとしか思えない。
魔法については、魔力を指に集中して事象を昇華するのが一般的だった。
しかし、ここから離れた場所に事象を起こすというブレークスルーが起こったらしい。
いつぞや母さんが父さんと祖父ちゃんが諍いをしていた時に、雷を落としたように。
その時は気づかなかったけど、たしかに距離をおいた場所に雷がおきた。
これはどうやっているのか、母さんに聞くしかないな。
未来はどうなるかわからない。
でも俺がもし旅に出るのなら、東にあるエルフの里に行って大長老にお会いしたい。
そしてその口からヴァリスの人となりを直接聞いてみたい。
喜びや苦悩、そして本当に転生者だったのか。
そういえば、娼婦男娼の人権問題。これに取り組んだのもノヴァリスだったそうな。
セイナリアに色町を作ったのは市民ではなく、王自らなんだそうだ。
結構好き者だったのかね。
英雄色を好むって言うからな。
こいつとは、旨い酒が飲めそうだ。
考えていたら眠くなったよ。
もう一眠りしよう。
ここまで読んでいただき、有難うございます。
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